第二百三話:不安
しばらくの間エルに抱き枕にされていたが、私が小さく放してと要求するとようやく放してくれた。
エルに抱き着かれるのは、まあいつものことだからいいんだけど、流石に王様の前でこれをやるというのは少し恥ずかしい。
学園ならば私とエルの仲は周知されているのでそこまで気にならないが、王様には一応主従の関係として認識されていたのだ。それが崩されてしまったようで顔の熱がなかなか引かない。
「と、ところで、エルのこと普通に喋ってますけど、いいんですか?」
ひとまず話題転換をしようと先程から気になっていたことを切り出す。
普通に喋っている、というのは王様の背後に仕えている護衛騎士とルシエルさんについてだ。
エルが竜であるということは一部の人を除いて秘匿されているはず。そりゃあ、竜が国内にいるなんて知れたらパニックになってしまうからね。当然の措置だ。
宮廷魔術師として重要な立場にいるルシエルさんはともかく、単なる護衛騎士にエルのことをばらしてしまってもいいのだろうかと気になっていた。
「ああ、大丈夫だ。そういえば、紹介していなかったかな?」
「されてませんね」
「ならば紹介しておこう。お前達、自己紹介を」
「はっ!」
三人いる護衛騎士のうち一人が私の前で礼を取る。
気にしていなかったが、どうやら女性のようだ。
「私は近衛騎士団団長、カミルと申します。こちらの二人は私の部下で、右がサイン、左がメルヴィスです」
赤紫色の髪が美しい長身の女性。ちょっとクールな印象を受ける。
カミルさんの紹介で同じく礼を取った二人はサインさんが男性、メルヴィスさんが女性のようだ。
いずれも騎士団の甲冑を着ており、腰には長めの剣を佩いている。
ただの護衛かと思っていたけど、団長様だったか。でもよく考えたら王様の護衛なんだからそれなりの人が付くのは当たり前か。
近衛騎士団って言うくらいだから精鋭なんだろうけど、まさか女性が騎士団長とは思わなかった。
「ハク様とエル様のお話は聞き及んでおります。エル様より聞かされました」
「エルが?」
「はい。ですのでご安心下さい」
まあ、すでに事情を知っているというなら特に問題はない。王様直属の騎士団なのだから、秘密の漏洩も心配ないだろう。
それにしても、エルがここに来たのはこれで二回目のはずだけど、一回目の時は王様しかいなかった気がする。一体いつの間に知り合ったのだろうか?
王様に聞かされたって言うならわかるけど、エルが話したって言うのが少し気になる。
「まあ、エル殿にも秘密の付き合いというものがあるのだよ」
王様の背後に控えていたルシエルさんがからからと笑う。
前は私に対して結構当たりが強かったけど、今ではすっかり柔らかくなったものだ。
エルに何かしら秘密の付き合いがあるというのは少し気になるけど、まあ、悪いことでないなら別に構わない。というか、ずっと私に付きっきりじゃつまらないだろう。
王様とも仲がいいようだし、こうした繋がりはむしろ大事にするべきだ。
「ならいいんですけど。……それじゃあ、そろそろ帰りますか」
「ああ、気を付けて帰るんだぞ」
「はい」
王様に一礼して部屋を後にする。
長居してしまったせいか、外に出ればすっかり暗くなっていた。早く帰らないと門が閉まってしまう。
私達は足早に学園の寮へと帰還した。
翌日、昨日あんな連中に会ってしまったこともあり、いつもよりピリピリとした雰囲気で寝たせいか少し寝不足気味で起床した。
常識的に考えて、学園の寮に夜襲を仕掛けてくるなんて絶対にありえないのだからそこまで警戒する必要はなかったんだろうけど、やはり気になってしまうのだ。
探知魔法を広げて例の四人の居場所を探ってみる。すると、どうやら宿に泊まっているようで、建物内に四人固まっていた。
今のところ動き出す気配はない。まだ寝てるんだろうか?
まあ、転生者だとしてもそこまで人間離れしているというわけでもないだろうし、寝る間も惜しんで何かするなんてことはないだろう。
本当に気を張りすぎだった。
私は探知を中止し、授業の準備に入る。
「んー、おはよー」
「おはよう、サリア」
サリアも起き出し、着替えた後に朝食を食べに食堂へと向かう。
一応、サリアには話しておいた方がいいかな?
エルの事を知る人にはなるべく警戒を促しておいた方がいいだろう。朝食の合間に私は昨日会った出来事を話すことにした。
「……っていうことがあったんだけど」
「へぇ」
サリアの反応はいまいちだった。
興味がないというわけではないけど、自分には関係ないって感じ? そりゃあ、確かにエルがどうなろうとサリアには関係ないけど、ちょっと冷たい反応にしょんぼりする。
「だからその、サリアも何か気づいたら知らせて欲しいんだけど、いいかな?」
「いいけど、心配しすぎじゃないか?」
サラダを口に放り込みながら何気なしに言うサリア。
確かに、私が想像しているような最悪のシナリオになる可能性は極めて低い。けれど、ゼロじゃない。だからこんなにも不安なんだ。
「エルが負けるわけないじゃん。ハクはエルの事信用してないのか?」
「そんなことはないけど……」
エルの実力はサリアも知っている。実際に戦ったところを見せたわけではないけど、度々見せる圧倒的強者のオーラを見るだけでわかるだろう。
エルのことを信用していないわけではない。むしろ、痛いくらいに信用している。だからこそいなくなるのが不安なんだろうけど、あまりに心配しすぎるのも迷惑なんだろうか。
「そんな心配するより、どうやったら心配事がなくなるかを考えた方がいいと思うぞ」
「なるほど……」
確かに、心配事があるならその元凶を絶ってしまえば心配事はなくなるわけで、こうして不安だなんだと悩むよりは有意義なのかもしれない。
私の心配事は何だ? 竜を倒すだけの実力を持つ冒険者が現れて、エルを狙っているからだ。
ならば、その元凶を絶つためにはその冒険者をどうにかする必要がある。
一番簡単なのは排除してしまうことだ。だけど、それは今回は悪手だと思われる。
なぜなら、彼らの後ろには聖教勇者連盟という強力な組織がいて、彼らと同等かそれ以上の戦力をいくつも保有しているからだ。
彼らを殺したところで既に報告がいってしまっているなら追加の人員が送られてくるだけ。むしろ、より強力な戦力と戦う羽目になってしまうかもしれない。それでは意味がない。
そもそも、殺すこと自体あまりやりたいとは思わないし。
ならばどうするか。エルに危険がないことを証明し、手を引いてもらう他ないだろう。
聖教勇者連盟に目を付けられず、無駄な殺生もせずと考えればこれしか道はない。
なんだ、悩む必要なんてなかったじゃないか。
「……そうだね。確かにその通りだ」
「だろ?」
「ありがとう、サリア。おかげでやるべきことが見えたよ」
竜は悪だと断言している連中にエルが無害であることを証明するのは少し難しいかもしれないけど、これも平穏な日常を送るためだ。
まずは彼らの事を知ることから始めよう。何か糸口を掴めるかもしれない。
私はサリアにお礼を言い、立ち上がる。
さて、まずはどこから攻めてみるべきだろうか。
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