第二百二話:王様の事情
「……で、何ですかあれ?」
聖教勇者連盟から来たという四人がいなくなり、静かになった応接室。
先程までは氷点下に達しているのではないかと思われた室内だったが、徐々に温かさを取り戻していた。
いや、私は気にしないんだけど、王様とか護衛の人達が寒そうにしてたから少し暖めてあげたのだ。
室内で魔法を使うのは少し危ないけど、今の私の魔法制御力ならば問題ない。これも竜化の恩恵だね。以前だったらこんなにうまく扱えなかったと思うよ。
「まずは詫びさせてほしい。約束を守れずに済まなかった」
王様が深々と頭を下げる。
客人の手前、さっきは割と軽めに謝罪していたけど、王様もこのことには胸を痛めていたらしい。
護衛の人達が何人かあたふたとしているけど、それも気にした様子がない。ルシエルさんだけは落ち着いた様子だったけど。
「いや、まあ、いいんですけどね? 勇者共が話を聞かない自己中心的な人の集まりだって言うのは知っていますし、権力だってあるんでしょう? なら仕方ないですよ。むしろ、ハクお嬢様のことを喋らなかった事を褒めてあげたいくらいです」
「そう言ってもらえると助かる」
王様がようやく顔を上げる。
一応権力者なのだからそう簡単に頭なんて下げない方がいいんだろうけど、これも王様の人柄が伺える。
エルも若干不機嫌ではあるが、特に王様を責める気はないのかあっさりと許した。
「あれは宣言通り、私を殺りに来たってことですか?」
「いや、今回は様子見のつもりだったらしい」
事の発端は三日前、あの四人が唐突に城に来城してきた事だったらしい。
彼らは聖教勇者連盟の親書を携え、ここに来た恐れがある竜について王様に話を聞きたいと迫ってきたらしい。
聖教勇者連盟は世界でも有数の戦力を保持しており、それらは災厄の際に世界を守るために動員されるとあって、どの国からも信頼が厚い。
それは裏切ればいざという時に自分の国を守ってもらえなくなるからという理由があるが、もっと下手を打てばその圧倒的な戦力を持って国を滅ぼされる可能性もあるからだと王様は言っていた。
世界の平和のために必要と判断されれば国を消すことだって平気でやる連中らしい。実際、彼らによって滅びた国が過去にあったそうだ。
最初は渋っていた王様だったが、ちらちらと脅すような言い回しをされたこともあって喋ることになってしまった。だが、私のことまで話すことはなく、話したのはエルの内容だけだったようだ。
「聞かれたのはこの国に来たと思われる竜について、だからな。ハクのことまで喋る必要はないだろう?」
「まあ、確かに」
実際はエルがこの国に来た理由は私なわけで、全くの無関係というわけではないのだが、確かにこの国に来たと思われる竜についてだけだったらエルのことだけで事が済む。
案の定、それを話すと彼らはすぐに討伐するべきだと訴えてきた。王様はエルが危険な存在でないことを訴えたが信じてもらえず、ならば実際に会って確かめようという話になり、今日の呼び出しに繋がったらしい。
「やけに好戦的ですね」
「まあ、聖教勇者連盟は召喚によって呼び出した勇者もそうだが、それらをサポートすべく集められた人材も化け物じみた戦闘力を持っている。恐らく、彼らだけでも竜の討伐は可能だと考えているんだろう」
「そんなに強いんですか?」
「ああ。『流星』のメンバーはいずれもAランクの冒険者だ。パーティ全体だとSランクとなっている」
確か、聖教勇者連盟は保護と称して転生者を集めて回っているという話があったはず。となると、あの人達も転生者なのかな?
アリシアの話だと、転生者は何かしら特別な能力を持って生まれてくるらしい。確かに、アリシアも10歳とは思えないほどの剣の達人ではある。
パッと見た感じの印象としてはみんな若くてそんな凄い冒険者には見えなかったけど、何かしら凄い能力を持っているのだとしたらその自信も当然なのかな。
「打って出てきますかね?」
「どうだろうな。本部からは様子見して出来れば討伐という指示があったらしい。一応釘も刺したし、すぐに関わってくることはないだろうが」
エルの実力の一端は彼らも肌で感じたはず。あの気温の変化がただの気のせいだなんて思う愚か者ではないだろう。
それを見た上で勝てると思っているのなら相当な手練れだと思う。不意を突かれたらエルでも勝てるかどうかわからない。
ルナさんの言い方だと市民を巻き込むような戦いは望んでいなさそうだったから、街中にいる分には多分手は出してこないだろうけど、それもいつまで続くか。
指令通りに様子見だけして本部に報告だけして帰るというのが一番だろうけど、あの剣幕を見る限り引き下がらないだろう。
そもそも、本部に報告したとして恐らく討伐命令が下るだろうから、追加の戦力を送ってくるかもしれないしそっちの方が不利なのかな?
どっちにしろ、面倒なことに変わりはない。
別に暴れようとかそんな気は全くなく、ただ平穏に暮らしていたいだけなのにどうして邪魔してくるのか。気持ちはわかるけどね。
「とにかく、十分に注意していてくれ。何かわかればすぐに知らせる」
「わかりました。ありがとうございます」
相手は王様ですらおいそれと手出しできないような権力を持っている集団。もしこのまま引き下がる気がないなら絶対にいつか仕掛けてくる。
私にできることは、常に周囲に気を配ってエルに危害が及ばないように監視することくらいだ。
幸い、彼らの魔力は覚えた。探知魔法を使えば居場所はすぐにわかる。
「ハクお嬢様、ご心配なさらなくてもいざとなれば潰しますから大丈夫ですよ?」
「それはそれで問題だけど……エルが心配なの」
エルは竜の谷では私の専属だったせいで非戦闘員だったらしいけど、これでも長き時を生きているエンシェントドラゴンだ。その力は通常の竜種とは比べるべくもなく、人状態でもかなりの威力を誇る上級魔法を駆使することが出来る。
いくら相手が特異な能力を持っているとはいっても、そうそう後れを取ることはないだろう。
でも、アグニスさんという例がいるように、単体でも竜を狩ることが出来る人間は存在している。しかも、今回はそれをしうると思われるのが四人もいるのだ。警戒するに越したことはない。
「大丈夫ですよ! 私がハクお嬢様を置いて死ぬなんてことはあり得ません!」
「エル……ありがとう。絶対死んじゃダメだからね」
今となってはエルも私のかけがえのない家族だ。それがいなくなってしまうかもしれないと思うと少し怖い。
でも、過剰に怯えるのも身動きが取れなくなってしまう。
大丈夫、しっかりと対策さえとっていればエルが危機に陥ることはない。むしろ、危機に陥ったところで何でもない顔で乗り切ってしまう確率の方が高いだろう。
それにいざとなれば、私が何とかすればいいのだ。私にはそれだけの力があるのだから。
「ええ、お任せください!」
気が付けば私はエルに抱き着いていた。
エルは喜色混じった声で抱き返してくれる。その声が心強くて、少し安心できた。
ふと、周りを見れば微笑ましい目で私達を見つめている王様の姿があった。
今の私の行動を顧みて、その目線の意味に気付いた私は若干顔を赤らめながら手を放したが、肝心のエルが放してくれなかったのでしばらくの間羞恥に耐えることになった。
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