第二百一話:一触即発
「単刀直入に聞こう。何が狙いだ?」
「狙いと申されましても、私はハクお嬢様のお世話をするために来たのですが」
「そんなわけないだろう! なぜ竜がわざわざ町まで来て一人の人間の世話をしなければならないんだ!」
バンッ! とテーブルを叩いて身を乗り出してくるルナさん。
鋭い目つきも相まって中々に迫力がある。だが、エルはそんなのどこ吹く風で可愛らしく首を傾げている。
「そう申されましても事実ですし。あ、可能なら連れ帰るようにと言われましたが」
「ならなぜそうしない? 人間一人を攫うことくらい竜ならば簡単だろう?」
「ハクお嬢様がそう望まれましたから。まだここにいたいと」
エルの言っていることはすべて事実だが、どうにも信じられていないらしい。
というか、私の事人間だって言ってるけど、王様に全部聞いてるんじゃないのかな?
ちらりと王様の方を見てみる。気づかれぬように軽くウインクを返された。
なるほど、本当のことは喋ったけど、すべて喋ったわけではないと。
「……ハクと言ったな。君は、何者だ?」
話の矛先がこちらに向く。
これ、正直に答えていいんだろうか。どう考えても、平和に話し合いましょうって雰囲気じゃないよね。
多分、場所が場所なら問答無用で襲い掛かってきてそうだし、私まで竜だというと私まで危険にさらされそうだ。
ここは無難に返しておこう。
「一応、Bランク冒険者をしています。今はオルフェス魔法学園に通っていますけどね」
「ほう、その年でBランクとは。確かに、ただ者ではない気配を感じるが」
ルナさんの目がきらりと光る。
よく見ると、ルナさんの目は左右で色が違うようだった。片方は黒、もう片方は青。なんだか珍しいね。
「それで、そこの竜に世話されているらしいな」
「ええ、まあ……」
「君は竜がどういう存在なのかわかっているのか?」
どういう存在か。もちろん、わかっている。
教科書通りの答え方をするなら竜は魔王に加担した悪党で、世界を危機に陥れる人類の脅威というのが正解だろう。
だけど、私は本当の竜を知っている。少なくとも、学園で教えられるような人類の脅威では断じてない。
竜は世界の管理者であり、世界のバランスを保つ者だ。そのために、魔物の数を減らしたり、竜脈などの魔力を散らしたり様々な活動をしている。
この人達の期待している答えとしては前者なんだろうけど、それはちょっと、言いたくないなぁ。
「もちろん。でも、竜はそこまで危険な存在ではないと思いますよ」
「なぜそう言いきれる? そこの竜がどういった意図で君に付き従っているのかは知らないが、いつか裏切られるかもしれないぞ?」
「それはないです。エルは私の大切な人ですから」
「ハクお嬢様! 私も大好きですよ!」
エルが感極まった様子で私に抱き着いてくる。
ちょっと大事な話をしているから黙っていて欲しい。見てよ、私に抱き着いたのを見てみんな腰を浮かせている。
そんなに警戒しなくてもいいと言っても、まあ無駄だよねぇ。
「……セシル、どう思う?」
「……どうって言われてもな。とてもじゃないが竜には見えん。だが、お前の見識ではそうなんだろう?」
「……ああ、間違いなく。だが理由がわからない。なぜ竜が人間に固執するのか」
なんかひそひそ話してるけど、全部聞こえてるんだよなぁ。
今の私は竜状態が解放されたせいか素の状態でもそこそこ身体能力が上がっているのだ。それでも、体力は全然ないけど……。
向こうの考えとしては、竜が私に執着する理由がわからなくて不気味だってことなんだろう。
私が人間ということで通すなら確かにおかしなことだ。うーん、どうやって誤魔化そうかな。
「……君がその竜と親密な関係なのはわかった。なら聞かせて欲しい、君はなぜ竜に傅かれることになったんだ?」
私達の様子を見て少しは態度を改めたようだ。
鋭い目線はそのままだが、声色は若干落ち着いてきた。
私がエルに世話される理由ねぇ……うーん。
「なぜも何も、私はハクお嬢様が生まれた時からお世話をするように仰せつかっております。そこに何か問題が?」
「生まれた時からだと? どういうことだ?」
考えていたらエルが喋ってしまった。いや、決定的なばれ方じゃないからまだ取り返せるけど、エルに私が竜だということを隠すように言わないと喋ってしまいそうな気がする。
私は慌ててエルの袖を引っ張った。どうしたの? とでも言いたげな顔が向けられる。
私はそっと耳打ちして私のことを隠すように言った。
「君はまさか、竜の谷で育ったのか?」
「いや、何というか、そこらへんは記憶が曖昧でして……」
実際、竜の谷で過ごしたという記憶はあるにはあるが、それはエルとのシーンだけで大半は思い出せていない。
ルナさんだけでなくセシルさんまで首を傾げている。
す、凄い疑われてるけど、本当のことなんで勘弁してください。
「……なるほど、君のことが少しわかった気がするよ」
「そ、そうですか?」
な、なんか勝手に納得したっぽい? でも、絶対勘違いしてる気がする。
でも、下手に言い訳して変に思われてもあれだし、ここは何も言わないでおこう。
「そこの竜」
「エルですよ。名前も覚えられないですか?」
「……エル。私達は貴様を葬る義務がある」
ルナさんがついにエルの方に向き直った。
その瞬間、周囲の温度ががくっと下がっていく。
これは、エルが発している冷気のようだ。笑顔のままだけど、ちょっと怒ってる?
「ほう、人間如きが私を倒すと?」
「貴様がその子を保護するために来たというのはわかった。だが、いつ暴れ出すかわからない反乱分子を人里に残しておくことはできない。貴様がすぐさま帰るのなら追いはしない。今すぐその子を解放し、帰るがいい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。エルは今や我が国の市民だ。勝手な真似はよしてもらおう」
今まで黙って話し合いを見守っていた王様が割って入る。
確かに、学園に入る際に市民権が必要だということで市民証を発行して貰ってはいたが、形式だけかと思っていた。
ちゃんと、一人の市民としてエルを認めてくれていると思うと少し感慨深い。
ルナさんもまさか王様から反撃を貰うとは予想してなかったのか、面を食らったように後退った。
「……正気ですか? 相手は竜ですよ? 守るべき市民を危険に晒すおつもりですか?」
「エルはそのようなことはせんよ。ちゃんと約束もしたしな。聖教勇者連盟の働きは素晴らしいと思っているが、丸く収まっているところを乱すのは止めてもらいたい」
王様はエルの肩を叩いてにやりと笑った。エルも、にっこりと笑ってそれに返す。
やっぱりこの二人結構仲いいよね? いつの間にそんなに仲良くなったのやら。
流石に、王様が拒否しているのに強引に事を進めるのは憚られるのか、悔しそうに拳を握っていた。
「……わかりました。今日のところは引き下がりましょう。ですが、私達は何度でも言います。竜は倒すべき脅威だと」
そう言って立ち上がる。すっかり会話の外にいたシンシアさんやエミさんもそれにつられて立ち上がり、部屋を後にした。
これは、なんとかなった、のかな?
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