第百九十九話:迫る足音
聖教勇者連盟ルナ(新キャラ)の視点です。
「……む?」
頬を撫でる生ぬるい風に僅かばかりの違和感を覚えて振り返る。
しかし、視線の先には何もおらず、私達が歩いてきた街道があるだけだった。
「どした?」
「……いや、何でもない」
先頭を歩くセシルの声に視線を前に戻す。
何やら妙な魔力の流れを感じ取った気がするのだが、どうやら私の気のせいだったらしい。
恐らく、これからの任務の事を考えていて気を張っていたからそんなふうに感じたのだろう。気を抜きすぎるのもダメだが、緊張しすぎるのもよくないな。
「何か感じたのです?」
「ちょっと、魔力の流れを感じた気がしたんだがな。多分、精霊かなにかだろう」
後ろを歩くシンシアが少し心配そうに声をかけてくる。
私にとってはまるで妹のような存在だ。
大丈夫だと頭を撫でてやると、くすぐったそうに目を細めている。
その表情が可愛らしくて、思わず私も頬が緩んでしまう。
「あー! ずるいずるい! エミも撫でてー!」
私とシンシアの間に割り込むようにエミが飛び出してきて私の腕に頭を擦り付けてくる。
年齢上はシンシアよりエミの方が年上なのだが、精神年齢はエミの方が断然低い。
まあ、これには少し事情があるのだが、本能的な強さなのか実力はしっかりしているので甘えん坊なところを除けば特に困ってはいない。
苦笑しながら頭を撫でてやれば蕩けるような笑顔を見せてくれる。
シンシアが妹なら、エミは近所の仲のいい小学生だな。
「お前らいちゃつくのもほどほどにな」
「別にいちゃついているわけではないんだが」
「セシルさん、王都まであとどのくらいなのです?」
私とシンシア、エミのこれらのやり取りは毎度のことで、それを見るたびにセシルは苦笑しながら頭をかいている。
若干、羨ましそうにしているが、流石に女子三人の輪に入ってくる勇気はないのかいつも特に何もしてこない。
素直になればいいものを。そうすれば、頭くらい撫でてやるというのに。
一応言っておくが、私は別にセシルのことが好きとかそういうのじゃないからな。断じて!
「もうそろそろだ。多分、夕方頃には着くんじゃないか?」
「いよいよか。何事もなければいいのだが」
そろそろ目的地に着くということで身を引き締める。
私達に与えられた任務はいわゆる斥候。先んじて状況を確認し、本部に連絡することが役割だ。
手に入れるべき情報は一つ。竜について。
これは、先日セフィリア聖教国で竜が目撃されたということから来ている。
幸いにも、竜はセフィリア聖教国を素通りしていったが、我々聖教勇者連盟からすればただ襲われなかったからラッキーというだけでは済まない。
竜は基本的に竜の谷という場所に住み、そこから出てくることは稀だ。一応、火山や氷原などの僻地に生息することもあるが、それらも人里に降りてくることはあまりない。
その竜が今回わざわざ人の住む区域まで飛んできた。これはただ事ではない。
かねてより、竜は魔王復活のために方々に手を伸ばしてきたとされている。だから、今回もその一環ではないかと本部は当たりを付けた。
もし、竜が魔王復活のために暗躍しているのだとしたら何としても止めなければならない。
そこで、竜が飛び去った方角を考え、別大陸へと渡った可能性を示唆し、ちょうどその大陸にいた私達に白羽の矢が立ったわけだ。
私達に求められているのは最高は竜の討伐。最低限の仕事としては竜の目的の調査とその報告だ。
今、王都に向かっているのは竜が最後に目撃されたのが王都だったから。そこで姿を消したとなると、竜はおそらく王都に潜伏している。
竜は人に化ける能力を持っているから探すのは大変だけど、私の能力をもってすればそう難しいことではないはずだった。
「もし竜を見つけたら、私がやっつけてやるのです!」
「エミもー! それでルナお姉ちゃんに褒めてもらうのー!」
シンシアとエミが張り切っている。
本来の任務は調査だが、正直私達の戦力ならば竜が相手でも討伐することは可能だと思われる。よほど相性が悪いだとか、不利な地形に追い込まれるでもしない限りは。
もちろん、王都内で戦闘にでもなれば多くの被害者が出るだろうから下手に手出しはできないが、それでもやりようはある。
かくいう私も、どちらかと言えば討伐してしまいたいと思っていた。
「まずは宿を取って冒険者ギルドに顔を出してみるか。その後、出来れば王との対談だな」
「ねぇ、それって大丈夫なのか? 私達の身分的に」
「大丈夫だろ。聖教勇者連盟が正式にお願いしに来るんだ。相手もおいそれと断ることはしないはずだぜ」
聖教勇者連盟は魔王討伐の際に活躍した勇者を呼び出す召喚術、勇者召喚の魔法陣を持っている。
現在でも、世界の危機と認定される事象が起こる度に勇者召喚は行われ、世界の平和を守ってきているのだ。
そんな勇者を庇護している聖教勇者連盟に面と向かって楯突つける国などあまり存在しない。下手をすれば、いざという時に守ってもらえなくなるのだから。
だから、正式に親書を持って王に面会を申し込めば、ほぼ確実に面会はできると思われる。
まあ、面会できたとしても王が竜について知っているとは限らないけどね。
「今回の竜騒動、ルナはどう思うよ?」
歩きながらちらりと私の方を振り返るセシル。
今回の任務を受けた時、若干違和感を感じたのは私だけではないようだ。
「竜が何の目的もなしに人里に来るなんてありえない。でも、今までの傾向から言って魔王が絡んでいるとも思えない」
竜の行動はかなり謎に包まれているが、基本的には魔力の濃い場所に現れ、魔力を回収して回っている。多分、それらのリソースを使って魔王復活を企んでいるんだろうと思われるんだけど、今回訪れた場所は別に魔力が濃いわけでもなんでもない。
というか、魔力濃度が高いというのは人にとっては有害なので、基本的に人がいる場所にやってくることなんてなかったのだ。
それを踏まえると、何か別の目的があるように思える。
「だよな。別に町を破壊しようってわけでもなさそうだし、いまいち理由がわからない」
竜が魔王関連以外で動く理由。主要な町を攻撃するなどと言った目的以外に、そんなの皆目見当もつかなかった。
竜は魔王の配下であり、世界を滅ぼさんとする邪悪の化身なのだから。
「……案外、行方をくらましていた仲間が見つかったから迎えに来た、とかかもな」
「まさか。竜がわざわざそんなことする理由ないでしょう」
竜の仲間意識はそこまで高くないとされている。
仮にはぐれた仲間がいたとして、わざわざそれを迎えに行こうとする竜がいるなど考えられなかった。
その後も、あーだこーだと議論を飛ばし合いながら歩いていく。
遠くには王都の城壁がうっすらと見えていた。
「もし、竜が仲間を迎えに来たんだとしたらどうする?」
「そん時は仲間もろとも始末するだけさ」
竜に仲間がいようがいまいがするべきことは変わらない。
聖教勇者連盟の目的は私達のような異世界からやってきた転生者を保護することにもあるが、同時に世界を蝕む脅威を排除することも含まれている。
私達は彼らに協力する代わりに衣食住と自由を約束され、不慣れなこの世界でのびのびと生きることが出来るのだ。
もちろん、戦いを望まない者には無理に戦場に連れ出すことはないが、私達は彼らのために剣を振るうと決めた。
それが恩返しになり、同時に世界のためだと思ったから。
「ま、気楽に行こうや。俺達は竜と戦う物好きな冒険者、それくらいでいいだろ」
「……そうだな」
使命なんてたいそうなものじゃない。自分がそうしたいからそうする。
自分がやりたいように生きるだけなのに色々考えこんでしまうのは前世からの私の悪い癖だろうか。
これ以上の考察は不要。後は王都に着いてからでも考えよう。
傾きかけた太陽を見てふっと息を吐いた。
感想ありがとうございます。