第二十三話:討伐前日
翌日。起きて伸びをしているとくぅっと可愛らしくお腹が鳴った。流石に晩御飯抜きはダメだったかな。何だか少し頭も痛いし。
頭痛なんて久しぶりだなぁ。魔力溜まりにいた頃が懐かしい。あの頃は毎日激しい頭痛に悩まされていたからね、軽く鬱になった時もあったよ。今ではいい思い出だけどね。
さっさと食事を済ませ、ギルドへと向かう。
今日は常時依頼を受けてまた森に行くつもりだ。明日のために休むっていうのも手だけど、ポーションを作っておきたいというのが一番の理由。
手持ちのポーションは全部ロニールさんに渡しちゃったからね。万が一の時のためにもある程度の在庫はあった方がいいだろう。
ギルドで依頼の受領を済ませ、早速森へと向かう。
いつもの泉に向かう道中、また魔物が襲ってきたが、手早く倒した。今回は練習も兼ねて私も探知魔法の常時発動を心がけている。ただ、それでもアリアの方が気付くのが早い。この辺はもう経験の差としか言いようがないのでこれから頑張っていこう。
泉に着くと、すり鉢を取り出してポーション作りの準備をする。いつもなら先に竈を使って小瓶を作る作業をするが、今回は考えがあるのだ。
地面に魔法陣を書き、形の指針となる模様を描き込んでいく。以前すり鉢を作った時と同じだ。違うのは、今回作るのが小瓶そのものということ。
考えてみれば、硝子を構成する成分は土に含まれている珪砂や石灰等だ。実際作る時も土を熱して作っていたのだから、土魔法でも作れるんじゃないかと考えた次第。
ただ、単純に土魔法だけでは出来上がるのは陶器のような小瓶になってしまうのでさらに火魔法を付け加える。竈で熱する工程を魔法で済ませるのだ。
二重魔法陣を用いてそれぞれに文字と模様を描き込み、繋げる。描く量は多いが、すり鉢の時に比べたらまだましだ。
……そういえばどうやって火魔法を付与しよう?
魔法の属性は魔法陣の色で決められている。土魔法は茶色。火魔法は赤だね。
今まで複合した魔法なんて使ったことなかったけど、というかそもそも複合なんてできるのかな?
とりあえず、二重魔法陣のうち一つを火属性に置き換える。形を土魔法の魔法陣で定義し、それを補助する形でくみ上げれば行けるかな?
しばらく試行錯誤して出来上がった魔法陣を起動させると、地面に数個の小瓶が出現する。確認してみると、手作りしていた物よりも透明度が高く、形も均一でより既製品に近くなった気がする。
これなら十分だ。思ったよりもうまくいってよかった。
無事に小瓶も作れたのでポーション作りに入る。今回は小瓶を作る分の時間が浮いたから結構作れそうだ。
黙々と作業を続け、途中魔物を追い払いながら作ること数時間。低位ポーションが二十個ほど出来た。
前より少ないが、せっかく色んなポーションを手に入れたのだからと途中から別のポーションを作っていたから仕方ない。
解毒やスタミナ回復等は低位ポーションを作ったことでコツを掴んだのか、割と簡単に作ることに成功した。
中々に苦戦したのは中位ポーションだ。素材はあったが、調合の配分が意外に難しい。【鑑定】を使っても思ったように効果が発現してくれず、結局出来上がったのは低位ポーション。うーん、まだまだ甘いね。
本当はもっと色々試してみたいのだが、流石に夜森の中にいるのは危険だ。魔物の動きが活発になる。
日が暮れる前に森の外に出ると、いつも通り子供達が薬草採取をしていた。
その中にラルス君を見つけたので手を振って挨拶すると、こちらに近づいてきた。
「今から帰りか?」
「はい。ラルス君も今から帰りですか?」
「まあな」
「では、一緒に帰りましょうか」
子供達を引き連れ、一緒に町へと帰る。
森での一件以来、ラルス君が私に対して怒ることはなくなった。助けられたというのもあるけど、魔法の実力があるって認められたからかな。
そういえば、酒場で絡まれた時にリュークさんを呼んでくれたのってラルス君だったよね。お礼言っておこうかな。
「ラルス君、この前はありがとうございました」
「な、何だよ急に」
「ギルドで私が絡まれた時、助けを呼んでくれたんでしょう?」
「ま、まあな……」
あの時は適当に受け流して逃げるつもりだったけど、リュークさんが止めに入ってくれたおかげでだいぶ助かった。
負けるつもりはなかったけど、不快だったのは間違いないからね。
「そ、それより、お前、明日街道の討伐に行くんだってな」
「はい。でも、どうしてそれを?」
「受付のお姉さんが言ってたのを聞いたんだよ」
若干頬を染めながらそっぽを向くのが不思議で顔を覗き込むように見上げると、さらに顔を背けられてしまった。何か変なことでも言っただろうか。
「その……お前なら大丈夫だとは思うけど、気を付けろよ」
「はい、もちろんです」
「絶対無茶するんじゃないぞ! 死んだら承知しないからな!」
勢いよく振り返るのでびっくりして一歩引いてしまった。
ラルス君は討伐依頼は避けて薬草採取などのなるべく危険が少ない依頼をこなす慎重派だから魔物討伐の依頼は心配なのだろう。
低級魔物ばかりとは言え、大群に勝負を挑むのだからわからなくはない。でも、私だってやられるつもりは毛頭ない。
素直に心配してくれるのがちょっと嬉しくて、ちょっと背伸びをして頭を撫でてあげた。
「な、何すんだよ!?」
「ありがとう。でも、負けるつもりはないから安心して」
さらに顔を赤くするラルス君にそっと微笑むと、先に帰ると言ってすたすたと足早に去ってしまった。
うーん、年下扱いしたのが気に入らなかったのかな? どうも前世の記憶のせいか子供扱いしてしまう。本来なら私の方が年下なのにね。
他の子供達とも別れ、ギルドで依頼達成の報告と納品を済ませる。今回は襲ってきた魔物が多かったせいかいつもよりも換金額が高かった。
ギルド証にお金をしまい、足早にギルドを後にする。ポーションを売ろうかとも思ったけど、明日使うかもしれないしとりあえず持っておこうと思って酒場には寄らなかった。
宿に帰り食事とお風呂を済ませて部屋へと戻る。
「いよいよ明日だね」
「うん。ちゃんと練習しておかないと」
初のきちんとした討伐依頼。私がいなくても他にもたくさんいるらしいから多分大丈夫だとは思うけど、参加したからには足を引っ張るつもりはない。
戦闘で使う魔法も構築したし、ポーションも用意できた。準備万端のはずだ。
私は目に身体強化魔法を施すと同時に探知魔法を発動させる。その瞬間、周囲の景色の流れがゆっくりになり、辺りに散らばる生き物の気配を感じられる。
ここは宿屋だから近くに客と思わしき人の気配や、町に広がる無数の人の気配を感じる。探知魔法との同時使用も問題ないようだ。
身体強化魔法と違って探知魔法は簡単な魔法だから消費はかなり少ない。アリアの言っていた通り、微々たる量だ。これなら一日中発動させていても問題なさそう。
アリアに協力してもらい、目の強化に慣れるように軽く体を動かす。目に見えていなくても、探知魔法の効果でなんとなく場所はわかるし、来る方向さえわかればあらかじめ体を動かすことは容易い。
「うん、いい感じじゃない?」
「そうだね。後は実戦でどれだけ使えるかだ」
多分大丈夫だろうとは思っているけど、やっぱり少し心配になる。
もし焦ってうまく魔法が使えなかったら、不意を突かれて攻撃されたらどうしよう。死の危険があるというのはやはり慣れない。
一度は諦めようとした命ではあるけど、今はアリアがいる。アリアを残して逝くのは嫌だ。死とは程遠い、平和な日常に生きていたという記憶も死を恐れさせている要因の一つかもしれない。
……まあ、くよくよ考えても仕方ないか。自分で決めたことなのだから、最後までやり遂げるのが義務というもの。この依頼、必ず達成して見せよう。
しばらく練習した後、明日のためにベッドへと入る。
多少の不安は残るが、自分の信じた決意は心の中のもやもやを吹き消してくれた。
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