第百九十八話:転移魔法
転移魔法と聞くと好きな場所に一瞬で移動できるとても便利な魔法のように思える。
実際そうだし、もし自在に使えるようになれば革新的な魔法だろう。
例えば通常長距離の連絡手段として主に用いられるのは早馬による移動や伝書鳩による手紙のやり取りなどだ。術者さえいれば通信魔法という手もあるが、距離が延びるほど消費する魔力も増えるためあまり使用されていない。通信の魔道具を使うという方法もあるが、それも同様である。
そんな時に転移魔法があれば一瞬で移動できるためスムーズな連絡が可能だ。
また、転移による移動をすれば旅の工程を圧倒的に短縮できるし、道中で魔物や盗賊に会うこともないので安全面でも優秀だ。
これだけ聞けば、転移魔法は素晴らしい魔法だと思う。
だが、流石にそんな都合のいい魔法は存在しない。他の手段に何かしらのデメリットが付きまとうように、転移魔法にもデメリットは存在する。
まず使用する魔力の量。
転移する場所が遠ければ遠いほど消費する魔力は増大していく。
先程通信魔法の話があったが、消費魔力だけで言えば同じ距離でも少なくとも倍はかかるだろう。この時点で、ほとんどの人間は魔力量が足らず、使用できない。
それでも、エルフのような魔力に長けている種族であれば多少の距離であれば使えるものもいるかもしれない。だが、そこでもう一つの問題が上がってくる。
転移魔法は自分が思い浮かべた場所に向かって体を転送する魔法だ。転送の際には一度身体を魔力の塊へと変換し、空気中にある魔力を伝って目的の場所へと移動し、そこで体を再構成して元の姿に戻ることで完了する。
その場からパッといなくなり、目的地にパッと出現するというような都合のいい魔法ではないのだ。
そこで、何が問題かと言われれば、体を再構成するというところにある。
体を再構成する際、体は魔力の塊となっているので通常の魔力と同じように様々な物質を透過する。だから、転移先に生き物がいたりすると、それと混ざってしまうことがあるのだ。
相手の身体を完全に乗っ取る形で混ざってしまうならまだいいが、下手に中途半端に混ざってそれぞれの思考が独立していると、お互いの思考が混ざって自分を保てなくなり、最悪の場合そのまま発狂する。
仮に、発狂せずに持ち直したとしても、体はいびつなものになってしまうだろう。腕が余分に生えていたり、頭が二つあったり、そんなキメラのような姿になってしまう。
身体が混ざってしまうというのは生き物だけに限らず、例えば転移先に巨大な岩があれば体が岩となってしまって動けなくなったりなど、下手をすれば人生終了なパターンもある。
そうならないために、主に転移魔法を使用する竜ははるか上空を転移場所に設定するらしい。
空ならば周りに障害物はないし、生き物も存在しない。空を飛べる竜ならではの方法と言える。
もちろん、転移先を厳密に指定し、先の安全を十分に保障してから転移すれば地上に転移しても問題はないが、そう言った危険性もあるため人類の中では禁忌魔法として使用を制限されているらしい。
だったら私も使うなよと言われるかもしれないが、転移事故を防ぐというだけだったら私も同じように空に転移すればいいだけの話なので別にいいかなと思ってる。
それに、転移先を厳密に指定し、先の安全を十分に保障して、というのは転移魔法陣で既に使用されている。
これは先人の知恵というほかないけど、使いこなせればとても便利な魔法だし、使わない手はないのだ。
今なら竜の翼もあるし、やろうと思えば飛行魔法もある。それに、ただ着地するだけだったら軽く浮遊魔法をかけてやればいいだけの話だ。
まあでも、街中ではあんまりやらないようにしている。
単純に空から人が降ってきたら驚かれるだろうし、街中に行く理由はほとんどサリアやエルに付き合って買い物したり、ちょっとギルドに顔を出したりする程度なので転移してまでやるほどか? という感じだ。
やるのは鈍らないようにたまに受ける日帰りの依頼や一人で薬草を採取したりする時に使う程度。
まだ実験段階ということもあってそこまで遠くにはいっていない。いきなり長距離を移動しようとして失敗したら怖いからね。
「ハクお嬢様、今日も森ですか?」
「うん。ちょうどいい泉を見つけたから、ポーション用に少し汲んで来ようと思って」
ここでいう森はいつも行っているダンジョンがある森ではなく、少し街道を行った先にある別の森だ。
まあ、もしかしたら繋がってるかもしれないから本当に別の森かどうかはわからないけど、使いこなせるようになるために少しずつ転移距離を伸ばしていっている。
少しお茶してた影響もあってすでに日も傾き始めているけど、転移を使えば一瞬で行き来ができるのでこの時間帯でも問題ない。
「では、小瓶を持って行きませんとね」
「それはすでに買ってるから大丈夫」
以前は小瓶すら自作していたけど、流石に時間がかかるのと、強度の問題とかもあるので素直に買うことにしたのだ。
昔と違って今ならお金もあるしね。
ちなみに、ポーション用の小瓶は結構高い。正規品は簡単に割れたりしないようにエンチャント系の魔法をかけているらしく、そのせいで高くなっているのだとか。
まあ、そもそも硝子ってだけで高いんだけどね。ポーションの値段の半分くらいは瓶代なんじゃなかろうか。
「今日も出かけるのかー?」
「うん。晩御飯までには戻るよ」
「そっか。気をつけてな」
部屋に戻り、冒険者用の服を着てから外へ出る。
サリアには転移魔法のことは教えてある。
最初は夜にこっそり抜け出して、とかして秘密にするのも手かと思ったけど、夜は夜行性の魔物が多いから探知魔法があると言っても危険だし、睡眠時間を削ってまで秘密にする意味もないかと思って素直に打ち明けた。
ちなみに、私の正体が竜だと知っている人間には大体打ち明けている。
転移魔法はいざという時の切り札にもなりうるだろうし、情報共有しておくのは大事だろう。
『ハク、いってらっしゃい。気を付けてね』
『うん、アリアもサリアのことよろしくね』
転移魔法は使用する術者しか移動できない。つまり、アリアは連れていけないのだ。
いや、私にくっついていれば出来ないことはないだろうけど、その場合転移した先で混ざらないように一度距離を取ってから戻るという過程を踏まなくてはならないため少し面倒になる。
魔力体となっている時は細かな作業をするのは難しいのだ。
妖精は魔力生命体で元々身体が魔力でできているから人間よりは安全かもしれないけど、それでも多少の危険があることは事実。森に一人で行くというのはそれはそれで危険かもしれないが、竜の子である私がそうそう後れを取るわけもないということで信用してもらっているため、こうしてお留守番という形にも同意してくれた。
今回行く泉は以前見つけたものと同様に魔力がしみ込んでいるアリアが好きそうな場所だったから本当は連れて行ってあげたいけど、それは後で転移魔法抜きで行くことにしよう。
「それでは、参りましょうか?」
「うん」
エルを伴って寮裏へと移動する。部屋から転移してもいいのだが、出来る限り余計な障害物はない方がいいので外に出たのだ。
「……よし、転移!」
魔法陣を思い浮かべ、魔力を込める。
僅かな余韻を残して、私の姿は掻き消えた。
感想ありがとうございます。