第百九十七話:噂の編入生
第七章開始です。
春の麗らかな日差しは徐々に熱量を強め、暖かいから暑いへと変わってくる頃。私達は新たに始まった学園での授業に精を出していた。
入学シーズンに二年生に編入してきたエルの存在は瞬く間に学園中に知れ渡り、今でも様々な噂が飛び交っている。
元々、平民でありながら歴史上初のBクラス入りを果たしたということで私も注目されていたのだが、二人目の出現によって私とエルの関係が色々予測されて行ったのだ。
それは私の姉弟子という話だったり、姉妹という話だったり、はたまた愛人だという話だったり、様々な話がある。
特に多いのはとある貴族家のメイドという話。これはエルが私のことを学園内でも構わずハクお嬢様と呼ぶことから来ている。
平民ではありえないような魔法の才能を持つことから、私はどこかの貴族の隠し子で、何かの理由で身分を隠して学園に通っているのだというのが有力な説なのだそうだ。
もちろん、私は特殊な事情はあれどただの平民だし、調べたところでどこぞの貴族家との繋がりなど出てこない。しかし、その出生については謎なことも多いようで、それがまた憶測を呼んでいるのだとか。
なんというか、もう好きにしてくれって感じ。
この手の噂は反応すればそれだけ話が大きくなっていくわけで、私の何気ない行動一つでさらなる勘違いが生まれてしまう。
そんなものにいちいち関わっていたら疲れるだけだし、所詮は噂だからということで放置している。
以前のようにサリアが危険な目に遭うような攻撃性の高い噂なら多少は警戒もするけど、今回は別にそういうわけでもないし、特に問題はない。
エルは丁寧な口調ではあるけれど、私以外の人間に対しては意外と冷酷な一面もある。けれど、私が特別に命令しない限りは特に何かすることはない。
まあ、攻撃されたら軽く脅かすくらいはするかもしれないけど、それくらいならいいだろう。
一応、何をされても相手に怪我させることがないようにとは言い含めているので大丈夫だと思いたい。
いや、ここ数か月のエルの様子を見る限りそこら辺はあまり心配はしていない。ただ、それとは別の問題が発生している。
「え、エルさん! これ、よかったらどうぞ!」
「おや、ありがとうございます! クッキーですか? とっても美味しそうです!」
「た、たまたま町に出た時に買ったもので、お口に合えばいいんですが」
「大切に食べさせていただきますね。あ、後で何かお礼しますから!」
「お、お礼だなんてそんな! 大丈夫です! そ、それでは失礼します!」
そう言って去っていく男子生徒を手を振って見送るエル。
現在放課後なのだが、このようなやり取りがすでに三回もあった。
別に今日が特別というわけではない。ほぼ、毎日のようにこういったイベントは発生する。
先程のようにエルに何かお土産を渡す者、お茶会に誘う者、ストレートに告白する者、その内容は様々だが、共通しているのは皆、エルに好意を持っているということだ。
端的に言うと、エルはかなりモテるのだ。
かなり整った容姿に人懐っこい性格、誰に対しても感謝を忘れず、困っている人がいれば積極的に手を貸していく。平民という触れ込みではあるが、明らかに高い教育を受けているであろう仕草。しかもBクラスに入れるだけの高い実力まで持っている。これでモテないわけがなかった。
私も何度か告白されたことはあるが、サリアにくっついているという事情もあり、そこまで多いわけではなかった。まあ、サリアのイメージが改善されてからはまたちょくちょく来るようにはなっていたけど、流石にエルほどではない。
相手は貴族から平民まで様々。中には高学年の者や一年の後輩の姿まである。
誰に対しても優しく、というのは私がエルの印象をよくするためにそうしろと言ったからだし、原因の一端は私にあると言えばそうなのだが、正直ここまでモテるとは思わなかった。
でも、思わせぶりな態度を取ったり、本当に嬉しそうにからからと笑う(ように見える)から勘違いする男子も多い。
少し自重させようかとも思ったが、それをするとそれはそれで問題を起こしそうなので手を出せずにいた。
「ハクお嬢様、クッキー貰っちゃいましたよ! みんなで食べましょう!」
「あー、うん、そうだね」
メイドとして優秀なのはこの数か月でよくわかっている。
学園なので料理や洗濯はやる必要はないが、部屋の掃除やお茶の用意、着替えなど様々な場面で役に立ってくれている。
まあ、今まで自分でやってきたことだから別に必要ないと言えばそうなんだけど、それを言うと捨てられた子犬のような顔をするから仕方なくやらせている。
私なんかにメイドが付くとか正直他の貴族の生徒達に顰蹙を買いそうなんだけど、今のところそういった苦情がないのが救いだ。
「あ、それは今人気のお店のものですわね。新作だとか」
「常に行列ができる店ですのよ。よく手に入りましたわね」
シルヴィアさんとアーシェさんがクッキーを見て驚いている。
人気店のものをプレゼントに、というのはもう何度も見た。このクッキーもすでに何回か同じ店のものを貰っている。
でも、エルはそんなことおくびにも出さない。毎度初めてもらったかのように大喜びする。
そんなだから勘違いする男子が増えるんだと言いたいが、エルに自覚はなさそうなのが頭の痛いところだ。
唐突に編入してきた挙句、私にべったりと張り付く様は以前のサリアを思わせたのか、シルヴィアさんもアーシェさんも割とすぐにエルを受け入れてくれた。
たまにサリハクに続くエルハク!? とか、新たな本のネタができましたわ! とかよくわからないことを口走っているけど、なんなんだろうか。
「せっかくですし、食堂で食べますか?」
「私達も食べていいんですの?」
「まあ、エルがいいと言っていますし。いいよね、エル?」
「はい、もちろんですとも!」
教室を出た後に貰ったものはそのまま部屋に戻ってサリアと三人で食べてしまうことも多いけど、今回は教室でもらったので友達がいる。
そこまでの量はないが、毎日毎日甘いものばかり食べていては太ってしまうだろう。こうやって分散できるならいいことだ。
その後、食堂に移動してからみんなでクッキーを楽しんだ。
人気店のクッキーというだけあり、中々に美味しかった。
エルが気を利かせて紅茶を入れてくれたこともあり、なかなか有意義な時間を過ごせたと思う。
「ハクお嬢様、今日のご予定は?」
「今日はこのまま寮に帰るよ。転移魔法の練習もしたいしね」
「かしこまりました。では、僭越ながら私もお手伝いさせていただきます」
いつもなら研究室に顔を出すところだけど、最近は新しい魔法を覚えたこともあってその練習に費やすことも多い。
エルに教えてもらった転移魔法だが、流石に竜の谷に行くことはできないけど、それ以外の私が実際に行った場所なら行くことが出来るのだ。
私が行ったことある場所なんて王都以外だとカラバの町くらいしかないけど、それでも十分に便利だ。
今のところは王都内の細々とした移動にしか使っていないけど、いずれはもっと距離を伸ばしていきたい。カラバの町だけで見ても、挨拶したい人は多いしね。
「それじゃあシルヴィアさん、アーシェさん、また明日」
「ええ、また明日」
「また明日ですわ」
感想ありがとうございます。