幕間:ささやかな宴会(前編)
下級貴族の令嬢アリシアの視点です。
どうやら投稿する順番を間違えていたようで、この話は「幕間:竜の身体」よりも前の話となっています。
お詫びと言っては何ですが、今日は二話同時に投稿します。
その日はいつもの通りに道場に通い、ひと汗流して帰ってきたところだった。
一応貴族なのだからと家までの道中を馬車でという声を鍛錬のためという理由で断り、歩いて帰ってきたところ、どうやら俺に客が来ているらしい。
急いで着替えた後、この十年間で染みついたご令嬢スマイルを顔に張り付けて応接間に行くと、そこにいたのは俺の親友であるハクだった。
「あら、ハク。あなただったのね。いらっしゃい」
「お邪魔してます」
ハクの姿を認めて緩みそうになる頬を気合で保ちつつ、笑顔を向ける。
ハクと二人っきりならば別に本性を露わにしてもよいのだが、今回は他にも客がいるようだ。
と言っても、ほとんどは私のよく知る人物。いろんな意味でお世話になったサリアと、ハクのお姉さんであるサフィさん。だが、最後の一人は見覚えがない。
年齢はサリアと同じくらいだろうか、長い水色の髪が特徴的な可愛らしい女の子だ。
「ハク、そちらは?」
「あ、うん。こちらはエル。私の……友達?」
なぜか疑問形になるハク。
学園の先輩かなにかだろうか? 知り合いではあるけど、友達と呼べるほどではないとか?
そんな疑問を持っていると、エルと呼ばれた少女は丁寧にお辞儀をして自己紹介をした。
「初めまして。エルと申します。ハクお嬢様の世話係を申しつかっております」
「世話係? メイドかなにかかしら」
「まあ、そんな感じ、かな?」
予想外の答えに少し面を食らう。
私の記憶ではハクは平民で、しかも決まった家を持たない冒険者だったはずなんだけど、学園限定で専属のメイドでもつくのだろうか。
いや、それだったら入ってすぐに報告に来てるよな、多分。
「今日はエルのことを紹介するのと、私のことについて知ってもらおうと思ってきたんだよ」
「ハクのことはよく知ってるつもりだけど、何か訳アリとか?」
「うん。だから、出来れば人払いをしてもらえるとありがたいんだけど……」
「わかった」
俺が後ろで待機していた執事に目配せするとそれを受けて退出してくれた。
お姉さん達を連れてきたってことは転生者関連のことじゃない。学園での友達を紹介するって雰囲気でもないし、何の話だろう?
「私も聞いてないんだけど、重要なことなの?」
「うん。驚かないで聞いてほしいんだけど……」
サフィさんも知らされていないらしく、首を傾げている。
唯一サリアは知っているのか、少し得意げな顔をしていた。
なんだろう、少し腹が立つ。
「まずエルのことなんだけど。実は、エルは竜なんだ」
「えっ」
「り、竜?」
俺が呆けた表情を浮かべるのに対し、サフィさんは腰に佩いている剣に手を伸ばして身構えた。
その様子に、ハクが慌てて危険はないということを説明する。
いや、まあ、ニコニコと微笑んでいるこの人が竜だなんて信じられないけど、ハクが嘘を言うとは思えない。
確か竜って、人類の天敵とか言われてる存在だよな……というか、確かハクの世話係とか言ってなかったっけ? 竜をメイドにするって、一体どういうことなの……。
「お望みであれば証拠をお見せしますが、どうなさいますか?」
「み、見せてくれるなら?」
「かしこまりました。では、間違って気絶しないように気を付けてくださいね?」
その瞬間、部屋の気温がぐっと下がったように感じた。
冬も終わり、春の暖かな空気が流れ込んでいる日和だというのに、この部屋だけまるで冷蔵庫にでもなってしまったかのような錯覚を覚える。
刺すような痛みを感じるのは、単に寒いからではないだろう。
先程までにこにこと笑っていた少女の背中からはメタリックな質感を持つ紺碧の翼が生え、夥しい量の魔力がグルグルと渦巻いている。
このままだと、殺される……!
本能的に感じ取った恐怖は俺の身体を自然と後ずらさせた。
「おわかりになりましたか?」
次の瞬間、刺すような殺気は消え失せ、少女に生えていた翼も霧散する。ただ、冷たい空気が流れる部屋は先程の光景が嘘ではないと告げていた。
「だ、大丈夫?」
「え、ええ、なんとか……」
ハクが手を差し伸べてくれたことで、私はようやく自分が尻餅をついているんだと気づいた。
震える声でハクの手を掴み、何とかソファに座り直す。
やばい、ちょっとちびったかもしれない……。
「ハク、今のは……」
「お姉ちゃんも大丈夫?」
「ま、まあ、一応……」
私と違ってサフィさんは固まりこそしたものの倒れることもなく、対峙していたらしい。
流石高ランク冒険者だと思いつつ、全く動じていないハクに違和感を覚えた。
いや、予め事情を知っていたからというのはわかるけど、だとしてもサリアのように多少なりともびっくりした表情を見せるのが普通ではないだろうか。
これもハクの無表情スキル故だろうか。あれだけの殺気を食らって無表情でいられるならハクはどんな相手でも平静を保てると思う。
「今のが見せたかったの?」
「うん。それで、私の話に繋がるんだけど……」
正直今のでもお腹いっぱいだけど、エルさんが竜ということからどうやってハクに繋がるのだろうか。
サフィさんはあ、もしかして。みたいな顔してるけど、私には見当がつかない。
「実は……私も竜みたい」
「え、えええ!?」
ハクのトンデモ発言に思わず腰が浮く。
いや、確かにハクは強いけど、それは転生者だからだ。
異世界から転生してきた転生者はギフトとして様々な力を持って生まれる。かくいう俺も剣の天才? ということで生まれてきたし、ハクも同じようなものだと思っていた。
だけど、まさか人間ではなく竜だなんて誰が予想できるだろうか。
そりゃあ、この世界には色んな種族がいるし、転生者が必ずしも人間に転生するとは限らない。
エルフやドワーフの奴もいるだろうし、もしかしたら魔物として転生している人もいるかもしれない。でも、竜って、最強種とも言われる竜に転生するって、それはないでしょう。
「本当だよ。ほら」
そう言って実に軽い調子で腕を出す。すると、手先が鱗に覆われ、指が鋭い爪へと変化した。
さっきの翼よりは地味だし、威圧感も感じないけど、確かに竜と言われればそうかな、とは思う。
「考えたけど、やっぱり二人には知っておいて欲しいと思ったから」
「なるほどね」
ハクに起こった出来事、エルさんとの関係性、それらを聞いている限り、ハクは間違いなく竜だということがわかる。
正直、そんなすごいものなら何でもできるのではないかとハクの強化を喜ぶ気持ちもあるが、同時に人類の目の敵にされている種族に転生していることに同情する気持ちもある。
せめて、俺だけは親友のままでいようと思った。
「でも、出来ればこのことは黙っていて欲しいの。ばれたら、色々と面倒なことになると思うから」
「それはそうでしょうねぇ」
強い力というのは武器にもなるが、同時に面倒事を引き寄せる餌ともなる。
ハクが糾弾されるにしろ利用されるにしろどちらも望まない結果を生むことは明らかだった。
「大丈夫、秘密は守るわ」
「私も。ハクを危険に晒すようなことはしないと誓う」
「ありがとう、二人とも」
僅かに微笑むハク。微笑みともいえないようなほんのわずかな表情の変化だけど、多分笑っているんだろうと思った。
「では、この話はこれで終わりということで! 皆さん、ささやかながら宴会を開こうと思うのですが、いかがでしょう?」
「宴会?」
僅かに重くなった空気を払うように、エルさんが明るい声を上げた。
ハクもそれについては把握していなかったようで、可愛らしく首を傾げている。
中身は男のはずなんだけど、あれはわざと何だろうか。ここに男がいたら絶対くぎ付けになっている気がする。
「はい! こちらです」
そう言ってエルさんが虚空に向かって手を伸ばすと、次の瞬間にはその手に大きな瓶が握られていた。
透明度の低い安っぽい瓶ではあったが、それはまさしく酒だった。
感想ありがとうございます。