幕間:竜の身体
主人公ハクの視点です。
片翼でも全身を包めるほどに大きな翼、太くとげとげしい尻尾。鱗に覆われ、指が鋭い爪へと置き換わった手足。獰猛な獣を思わせる牙に、瞳孔が縦に割れた瞳。
ベースこそ人間の身体ではあるが、明らかに人外と呼べる姿。
それでもいまいち迫力に欠けるのはベースが11歳の少女だからだろう。
溢れ出る魔力にさえ目を瞑れば少数だが存在している竜人、あるいはリアルな竜のコスプレをしている少女だ。
「前より迫力があるね」
「おおー」
「ほんとに竜みたい……ね、ねぇ、触ってもいい?」
「だ、ダメですよ。真面目な話なんですから」
「話には聞いていたけど、初めて見たわ」
「大丈夫なのか? その、体に異常とかは……」
「今日もお美しいです、ハクお嬢様!」
私の周りにいる人々が口々に言う。
今いるのはサリアの家の一室。集まっている面々は、お姉ちゃん、サリア、リリーさん、ソニアさん、アリシア、王子、そしてエル。
なぜこんな風に集まっているのかと言えば、私の竜状態の検証のためである。
先日、エルによって私は竜の子供であると明かされた。正確には、体の構造は人間に近いものだが、それは精霊である母によって作られたもので、人間でありながら竜であり、精霊であるというよくわからない状態なのだが。
その際、少し取り乱して竜状態になった結果、とんでもない力があることが判明したので、今後同じようなことがあった時にきちんと制御できるようにできることを確認しておこうということになったのだ。
見届け人として誘ったメンバーは私の竜状態を知っている人物を中心に選んだ。リリーさんとソニアさんに関してはお姉ちゃんに話をする時にたまたま話を聞いて参加しただけに過ぎないが、一応竜状態については話していたし、見せても問題ないだろうということでそのまま一緒に来ることになった。
アリシアについては竜状態についてはあまり知らないが、サリアに並ぶ友達の一人だし、見せておいた方がいいということで誘った。
本当なら町の外で集まった方がいいと思ったのだが、この大人数で外に行くのは少し不自然だし(特に王子)、他の人に見られない場所、というだけだったらちょうど誰も近寄らないであろうサリアの家があったのでそちらに集まることになった。
「やっぱり、この状態だと少し気分が高ぶります」
「大丈夫? 暴走しそうだとか、そういうことはない?」
この状態になるのは二度目。一度目は感情の高ぶりによって意図せずして変化してしまったが、今回はちゃんと自分の意思でこの姿になった。
なってみて思うのは、魔力の高まり。
元々、ゴーフェンでのギガントゴーレム討伐のあたりから魔力の高まりというか、乱れはあったのだが、この状態になるとそれが解放され、体中に魔力が溢れんばかりに巡っている。
感覚だけで言えば、通常時の十倍以上はあるだろうか。魔力がありすぎて漏れ出て行ってしまうため、今魔法を使ったら魔力過多でとんでもない威力になってしまう気がする。
魔力のせいか、気分も高揚していて今ならなんでも出来そうと思えてしまう。
暴走する、というほどではないが、いざ戦闘になったらやりすぎてしまいそうだ。
「今のところは大丈夫だけど、若干好戦的になってるかも」
「顔が赤いのはそのせいか? それに、若干頬が緩んでいる気もする」
「そう? 私にはいつものハクちゃんに見えるけど」
王子の言うことにリリーが反論する。
ちなみに、王子であるということはリリーさんやソニアさんには伝えてない。ただの学園の生徒として伝えている。
王子自身も変にへりくだられるのは好きじゃないそうなので、これくらい砕けた喋り方の方がいいだろう。
王子の言う通り、私の顔は若干緩んでいる。と言っても、ほんのわずかにだが。しみついた無表情はそう簡単には変わらないらしい。
むしろ、そのわずかな変化に気付けた王子は私のことをよく観察していると言える。
「身体能力などはどうなの?」
「かなり上がってると思う。今なら王都一周しても疲れなさそう」
「へぇ、あんなに体力無かったのに」
意外そうにつぶやくのはアリシアだ。
竜状態になったことによって体も竜に近づいているのか、力に関してはかなり上がっていると思う。
試しに王子と腕相撲をしてみれば圧勝することが出来た。
脚力も相当強化されていて、多分本気で跳べば城壁ぐらいなら飛び越すことが出来ると思う。
防御力に関しても竜部分に関してはかなり硬く、リリーさんが軽く剣で小突いてもびくともしなかった。生身の部分に関しても通常時と比べれば硬くなっている。
「確かにこれは竜と言われても納得できるわ。こんな鱗初めて見た」
「か、感覚もあるんですか?」
「はい。でも、結構鈍いみたいです」
リリーさんがちょんちょんと翼を触っているのをソニアさんが心配そうに見守っている。
一応、触られている感触はあるが、布越しに触れられているような感じであまり感触はない。
人間にはない未知の器官だから、というわけではなく、腕や足を触っても似たような感触だった。
竜は痛覚が鈍いのかもしれない。
「ハク、今魔力押さえてるよな? 苦しくないか?」
「んー、そこまでは。いつもと同じ感覚だし」
一度本格的な魔力の奔流を当てられているサリアは今の私が意図的に魔力をセーブしていることに気が付いたらしい。
何の制御もせずに魔力を放出してしまうと恐らく殺気と似たようなものになってしまう。
お姉ちゃんとかは耐えられるかもしれないが、王子とかソニアさんとかはそのまま気絶してしまいそうだ。
だから、そうならないように魔力の放出を押さえている。感覚としては、通常時の魔力の燻りと似ていると思う。
水でいっぱいになったコップに蓋をして、そこからさらに無理矢理水を流し込んでいるみたいな。完全に漏れるのを防ぐことはできないけど、騙し騙し少しずつ漏れ出している感じ。
だから、ちょっともやもやすることはあるけど、苦しいわけではない。
「そっか。ならいいんだけど」
「今のハクお嬢様は竜と同等の存在ですから。竜にできることなら何でもできるとお考え下さい」
「竜にできることが何でも……」
歴史に語られる竜の伝説は多い。
山を一瞬にして更地に変えた。町をブレスの一息で消し炭にした。強力な魔法で天候すら操った。などなど。
人間とは比べ物にならないほどの強靭な体。宮廷魔術師でも及ばないほどの魔法の扱い、竜の代名詞とも言われるブレスの存在。それがすべてできると言われれば、黙りこくるのも仕方ない。
しかも、それを証明しているエルが同じ竜であると知っているサリアや王子はその凄さをより実感できた。
「まだ少し慣れないかも……」
もの凄い力があるのはわかる。その制御の仕方も本能なのかなんとなくわかる。だけど、いまいち実感が持てない。
私はただの人間で、練習によってちょっと魔法が使えるようになっただけのただの小娘だ。
それが、いきなり竜だと言われて竜の力を渡されてそれはお前の力だよと言われてもよくわからない。
この力は容易に人を傷つけることが出来る。それこそ、小指を曲げるだけでこの場にいる人達を全員抹殺できるだろう。それがたまらなく怖かった。
何としても、この力を使いこなさなくてはならない。大切な人を守るためにも。
「少しずつ慣れていきましょう。大丈夫、私が手取り足取り教えて差し上げますので!」
「僕も手伝うぞ!」
「わ、私もだ!」
「私も」
エルの一言にみんなが続いていく。
みんながみんな、私のことを考えて言ってくれているんだということがわかって胸が熱くなった。
その日は日が暮れるまで様々な検証をすることになった。おかげで、だいぶ竜状態の扱い方というものが見えてきた気がする。
一番はこの力を使わないことだが、いずれ使う時が来るかもしれないし、その時に使いこなせなければ最悪の結果を生んでしまうかもしれない。
そんな時が訪れることがないよう祈りつつ、検証に励んでいた。
感想、誤字報告ありがとうございます。