幕間:竜の魔法
竜のエルの視点です。
ハクお嬢様は非常に可憐で高潔なお方だ。
竜の王である我が主人、ハーフニル様と精霊の女王である奥様、リュミナリア様の間に生まれた御子。
その生まれからして、高貴な方には間違いないのだが、何よりも注目すべきはその愛らしい容姿だ。
精霊であるリュミナリア様を元に作られた人間の身体。肌は白く、触れれば折れてしまいそうなほどにか細い手足。
正直、私が触れたら本当に一瞬で壊れてしまいそうで、なんでそんな脆弱な体にしたのだろうと疑問に思ったこともある。
今思えば、先を見通していたのではないかとも思う。
なにせ、ハクお嬢様がお生まれになってからわずか数年で人間どもが攻め込んできて最強種たる竜が退けられるだなど、私では想像もできなかった。
ハクお嬢様が人間の身体ではなく、竜の身体であったならばあの時の戦いで命を落としていたかもしれない。そう思うと、ハーフニル様の慧眼には感服する他ない。
長い時を経たもののこうして再会することもでき、私は嬉しさで天にも昇る気持ちだった。
「こっちが食堂で、あっちにいくと……」
現在、私はハクお嬢様に学園内を案内されている。
ハクお嬢様は人間としてここ数年を暮らし、学園という場所で学問を学んでいるらしい。
正直、勉強ならば私がすべて教えてあげることが出来るが、人間としての生活を満喫したいというハクお嬢様たっての願いなので私はそばで見守ることにした。
その結果、何人かの人間に私が竜であるということを公開することになったが、存外話のわかる人間ばかりでそこまでいざこざにはならなかった。
私達を襲ってきた勇者など、碌に話も聞かずに問答無用で襲い掛かってきたというのに。爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「訓練場は外と地下にいくつかあるんだけど……そういえばエルはどんな魔法が使えるの?」
表情こそ変わらないが、若干首を傾げているから単純に興味があるのだろう。
竜は基本的に自身の属性に特化した魔法しか使えない。ハーフニル様のような特殊なエンシェントドラゴンなら話は別だが、私ではそんな芸当はできない。
私が司るのは氷属性。今は人間姿だからしないが、竜の姿であれば常に周りに氷晶を纏わせ、相手を攪乱したり防御に使ったりしている。
ハクお嬢様の希望であればそれらを見せてもいいが、恐らくハクお嬢様が言いたいのは人間姿ではどれくらいのことが出来るのか、ということだろう。
もちろん、人間姿でも同じような魔法は使えるが、何分体が脆いため下手をすると自傷してしまう。それを考慮すると、あまり強い魔法は使えない。
「よければお見せしましょうか? 訓練場、というものがあるのでしょう?」
とはいえ、それもやりようはある。
ともあれ、実際に見てもらった方が早いだろう。そう思い、私は訓練場に行くことを提案した。
「そうだね。行ってみようか」
今日は休みらしいが、学園の施設は開放されている。生徒であれば誰でも利用できるのだ。
いつもは研究室に赴いたり図書室で本を読んだり、部屋で魔法の研鑽をして過ごすらしいのだが、今回はわざわざ私のために時間を割いて学園の案内をしてくれている。
それくらい一人で回れるのに、ハクお嬢様はどこまでもお優しい。
以前と同じようにお傍で仕えることが出来て本当によかったと思う。
「それじゃあ訓練場に……あれ?」
ちょうど外に出ていたということもあり、外にある訓練場に向かったのだが、どうやら先客がいたようだ。
切れ長の目に金髪が特徴的な優男。どうやら一人で魔法の練習をしていたようで、周囲はほんのりと湿り気を帯びている。
ほうほう、どうやら水魔法の使い手のようですね。
「王子、魔法の練習ですか?」
「ん、ハクか。そうだ」
「王子も練習とかしてるんですね」
「まあな。王子たるもの、いつ戦場に駆り出されるかわからない。それに、守りたいものもできたしな……」
王子と呼ばれた男はちらちらとハクお嬢様の方を見ながらわずかに顔を赤く染めている。
ほほう、なるほどなるほど。ハクお嬢様に目を付けるとは中々見所がありますねぇ。
魔力は人間にしては中々のもの。子供でこれなら十分多い方でしょう。
ですが、流石にハクお嬢様を預けるには程遠いですねぇ。
「それでハク、そちらは?」
「ああ、エルです。先日Bクラスに編入してきました」
「よろしくお願いしますね、王子様」
「エル……ということは君が例の?」
「多分ご想像の通りです」
王子というからには先日話した王の息子なのだろう。つまり、私の正体を知っている可能性がある。
この口ぶりからすると多分知っているんだろう。別にばれて困るものではないが、下手に漏れてハクお嬢様の傍にいられなくなるのは問題だ。
「そうか……よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ?」
表情が引き締まり、こちらへまっすぐ視線を向けてきた。
竜と知って少し緊張しているみたいだけど、恐怖しているというわけではなさそうだ。
なかなか肝が据わってるじゃないですか。ちょっと脅かしてみましょうかね?
「ハクお嬢様、せっかくですし王子様にもご覧になっていただきましょう?」
「え? まあ、そうですね」
「魔法か?」
「はい、ハクお嬢様に私の魔法が見たいと願われたもので」
ここは訓練場、王子もすぐに私がやりたいことを察したようだ。
訓練場は複数人が同時に魔法を放てるように広く作られているが、王子は静観の構え。
まあ、それはそうだろう。竜の魔法がどれほどかというのは知りたいだろうし。
さて、少しばかり本気で撃ちますか。
「では……アイシクルストーム」
私は軽く片手をあげ、軽く詠唱する。
その瞬間、周囲の空気が一気に温度を下げ、辺りに白い霧が立ち込めた。
そして、轟音と共に的が吹き飛ぶ。後に残されたのは、粉々に砕かれた数枚の的の残骸だけだった。
「ふぅ、こんなものでしょうか?」
竜の魔法は基本的に上級魔法ばかりだ。魔力が人間とは比較にならないほど多いし、体も大きい。だから、細かい狙いを定めることが出来ない。
今は人間姿のためだいぶ加減したが、それでもこれほどの破壊力があれば宮廷魔術師くらいにはなれるだろう。
さてさて、王子の反応はどうかな?
「凄い! エルは氷属性なんだね」
「……」
無邪気に褒めてくれるハクお嬢様と違い、王子は呆然と固まったままだ。
この程度で恐怖するようじゃ、ますますハクお嬢様を預けることはできない。
竜と匹敵するほどの力を持てとは言わないが、せめて宮廷魔術師に匹敵すると言われるくらいには力を身に着けて欲しいものだ。
「ハクお嬢様を守るなら、これくらいはないと、ね?」
「ッ!? あ、ああ、そうだな……」
ハクお嬢様も好いているというなら見守りますが、ハクお嬢様の様子を見る限りこれは王子の一方的な想いの様子。
ならば、身の程をわからせてやった方がいい薬になるというもの。
別に恨みはありませんが、ハクお嬢様を守るというならそれなりの覚悟を示してもらわないとね。
にっこりと微笑んでやれば悔しそうに拳を握り締めるのがわかる。
まあ、人間が竜に敵わないのは当たり前の事。そう悲観することはない。
「……今はまだ、力は弱いかもしれない。だが、それでも私は守りたいものを手放すわけにはいかない。たとえ、理不尽な脅威に晒されたとしても」
「ほう……」
竜であると知っていながら私に啖呵を切りますか。これは意外に、芯が通っているのかもしれませんね。
私を睨みつけるその目に恐怖はない。あれだけの力の差を見せつけられたのに。
王子が実力の差をわからないほど馬鹿というわけではないだろう。
どんな強敵が相手でも、必ずハクお嬢様を守る。そう言った強い意志が感じられる。
そこまでの気概を見せられるなら、チャンスくらいはあげてもいいかもしれませんね。
「では、あなたに魔法を一つ授けましょう。と言っても、使いこなせるかはあなた次第ですが」
人間の使う魔法と竜が使う魔法は少し異なる。
同じ魔法であっても、イメージの仕方が違うからだ。
竜は属性によって住む環境が異なる。多くの竜は竜の谷で暮らしているが、中には属性ごとに居心地のいい場所に住むこともある。
火属性なら火山に、氷属性なら雪山にと言ったようにね。
だから、そうした厳しい環境で育った竜達がイメージする魔法はより洗練されたものになり、人間のものより強力になりやすい。
これは言って伝わるものでもないが、この人間ならばあるいはその極致に辿り着けるかもしれない。
そんな思いを胸に、一つの魔法を教えた。
これが使いこなせるかどうかは王子次第。どう転ぶか、これから見物ですね。
「エル、王子と何を話してたの?」
「んー、内緒です」
会ったばかりなのに内緒話をしていた私達を不審に思ったのか、ハクお嬢様はいつもと変わらぬ表情で問いかけてきた。
これはあの男の覚悟を見定める儀式。
あの魔法を修得できるようなら、私も一角の戦力として認めてあげようと思います。
首を傾げるハクお嬢様を愛おしく眺めながら、私達は訓練場を後にした。
感想ありがとうございます。