幕間:心配でついてきたら
冒険者リリーの視点です。
王都は非常に活気があった。
二重の城壁に囲まれた広い街並み。店の数ならばカラバも負けてはいないが、カラバとは比べ物にならないくらい人が多く、ともすれば迷子になってしまいそうだった。
護衛依頼で一緒に来ていた他の冒険者の道案内がなければ冒険者ギルドにも宿にも辿り着けなかったかもしれない。
カラバは田舎というほど廃れてはいないが、それでも初の王都ということですっかり街並みに酔ってしまっていた。
元々カラバの町を拠点に活動し、離れてもせいぜい隣の町程度だった私達が王都まで足を延ばした理由はただ一つ。ハクちゃんに会うためだ。
今から半年以上前、カラバの町に現れた女の子。
まだ10歳にもなっていないであろうにも拘らず、年齢を偽って冒険者となり、パーティも組まずに一人でせっせと依頼をこなしていた。
お金がないのか、衣服はとてもボロボロで、体格も小さく、かなり痩せているのが印象に残った。
最初に見た時は孤児かなにかかと思ったほどだ。
しかし、彼女は強かった。
毎日毎日森に挑んでは多くの魔物を狩って帰ってきていた。
【ストレージ】と呼ばれる珍しいスキルを持ち、小物ではあるが首を綺麗に刈り取って持ってくることから首狩り姫なんて渾名まで付けられていた。
極めつけはBランク級の魔物であるオーガまで討伐してしまったのだから信じられない。
そんなハクちゃんがカラバの町を飛び出したのはオーガ討伐の少し後。なんでも、王都に姉らしき人物がいるという情報を手に入れたから会いに行くのだという。
てっきり天涯孤独の身と思っていたのだが、その様子からすると随分前から離れ離れになっているようだった。
私達はついていこうとしたが、護衛の枠があと一人だからと私達の誘いを断り、一人で王都に向かってしまった。
その時、王都では闘技大会が開催されていた。お姉さんは冒険者らしいからそれに出場するのだろう。うまく会場に入れれば十中八九見つかるはず。
心配ではあったが、その時はお姉さんに任せて見守ろうという結論に至った。
しかし、それからしばらく経ってもハクちゃんは帰ってこなかった。
冒険者ならば長い期間会えなくなることはままある。そのまま二度と会えないなんてこともあるだろう。
未だにお姉さんを探しているのか、それとも無事に見つけて一緒に暮らしているのか。
どちらかはわからないが、もしもハクちゃんが不埒な輩に襲われていたらと想像するといてもたってもいられなくなった。
ハクちゃんは強い。魔法だって使える。でも、それでも幼い少女なのだ。
「結局、私達が心配するまでもなかったってことね」
「そうですねぇ……」
結果から言うとハクちゃんにはすぐに会うことが出来た。
偶然にもハクちゃんがギルドを訪れていたからだ。
それで近状を聞いたら……何というか、想像を絶する結果だった。
闘技大会準優勝、王都を襲った変異オーガの掃討、Aランク冒険者紅蓮のアグニスとタイマンして勝利、Aランク級の魔物であるギガントゴーレムの討伐。
かなり時間が空いたとはいえ、あまりにも濃い内容とその凄さに口が開きっぱなしだった。
少なくとも、オーガを相手に大怪我してた少女と同一人物とは思えなかった。
しかも聞けば、竜っぽい翼まで生えてきてしまったとか言う珍妙な出来事にまで遭遇しているらしい。
もう何から突っ込めばいいのかわからなかった。
「ハクちゃんて、一体何者なのかしら?」
「こう言っては何ですけど、人間とは思えませんよね」
聞いた話が全て本当だとするならば、ハクちゃんは宮廷魔術師にも引けを取らないほどの魔術師ということになる。
魔術師が近接型の相手とタイマン勝負して勝てるということは身体能力もかなりのものだろう。
あの年で魔法がかなり使えるという点から見ても、見た目が子供でもかなりの年齢を誇るエルフと言われた方がまだ納得できる。
あるいは、人の姿に化けた竜とか。
……いや、それはないか。竜は人の姿に化けられるけど、滅多に人里に降りてくることはないと言われている。人に紛れて暮らしているなどありえない。
となるとエルフだが、それもないと言える。
エルフは特徴的な長い耳を持っているから、それがないということはエルフではないということだ。
あるとすれば、ハーフエルフという線だろうか。遺伝の仕方によっては長い耳の特徴が現れないこともある。
それなら見た目通りの年齢ではないということで魔法が使いこなせるのも納得できるし、魔力の多いエルフの子供なら大規模な魔法も使えるのかもしれない。
気になる、が、直接聞くわけにはいかないだろう。お姉さんであるサフィさんなら何か知っているだろうか。
「おいあんたら、天使ちゃんの知り合いか?」
ぶつぶつと考え事をしながら依頼を眺めていると、ふと冒険者の一人に話しかけられた。
天使ちゃん、というのはハクちゃんのことだろうか?
思わず警戒して剣の柄に手を伸ばしてしまったが、その冒険者は気にすることなく話しかけてきた。
「なあ、何か知ってるなら聞かせてくれないか? あ、俺は怪しいもんじゃない。ただ、あの子のファンなんだ」
「ファン?」
「そう! ここにいる奴らは大抵そうだぜ。なあみんな!」
男が呼びかけると酒場にいた連中が口々に声を上げる。
まさかむさ苦しい男連中がハクちゃんに手を出してるんじゃ、とも思ったが、話を聞く限りそういうわけではなさそうだ。
曰く、酒のお酌をしてもらっただとか、手作り料理を食べさせてもらっただとか、怪我を治してもらっただとか。そういうちょっとしたきっかけで仲良くなったというだけらしい。
学園に通っている今でも休みの日には顔を出しているらしく、ついた渾名が癒しの天使。
首狩り姫が癒しの天使とは、そのギャップに思わず笑いが零れた。
「知り合いなんだろう? よかったらここに来る前の天使ちゃんについて聞かせておくれよ」
カラバの町にいた頃は余裕がなかったからか、ただ淡々と依頼をこなしているだけだったハクちゃんがここに来てそんな奉仕活動をしているとは思わなかった。
だが同時に、ハクちゃんらしいとも思う。
あの時、オーガの振り下ろしに臆することなく、ソニアを庇ったあの行動は人を思いやる気持ちがなければできないことだ。
ハクちゃんはとても優しい。きっと、私が想像するよりもずっと。
「いいわ。話してあげる。ハクちゃんの凄いところをね」
まるで娘を自慢する母親のような気分になりながらカラバでの出来事を披露する。
ギルドは一時、聖職者に教えを請う信徒の如く、静まり返った。
本当は冒険者個人に関して詮索することはご法度なんだけど、冒険者もギルド職員もそれを諭すことはない。
ただ、ハクという天使の冒険譚を聞きたいという一心だった。
「面白いことやってるみたいだね」
そこに、さらに詳しい話を知る人物が登場した。
神速のサフィとあだ名されるAランク冒険者。ハクちゃんの姉だ。
初めは窘められると思ったが、なぜかサフィさんも乗り気なようで、喜々として妹自慢をしてくれた。
ギルドの心はハクちゃんにくぎ付けになっていた。
昼頃から始まったハクちゃんの過去の暴露大会は夜まで続き、結局その日依頼を受けた者は一人もいなかった。
サフィさんから語られたハクちゃんの境遇に心を痛めた冒険者達はより一層ハクちゃんのことを見守ろうという意志を強めたことは言うまでもない。
感想、誤字報告ありがとうございます。