第百九十六話:竜と精霊の役割
話を聞いていてわかったことは、私は自分自身を竜の子、ないしは精霊の子などと認識はしていなかったということだ。
世話係であるエルに対してはまず仰天し、恐怖して逃げまどい、時には粗相することもあったとかなんとか。
食事として出された魔物の死骸などにも手を付けず、もっぱら母であるリュミナリアさんから魔力補給を受けて生活していたらしい。
リュミナリアさんには結構懐いていたようで、エルから逃げた先は大体リュミナリアさんの下だったようだ。
そんな生活がしばらく続き、次第にエルにも慣れ始め、普通に接することが出来るようになってくる。
初めて心を許してくれた時の話はそれはもう盛大に盛り付けられて語られた。
だいぶ脚色が入っている気がするが、まあ、エルにとってはそれだけ嬉しかった出来事なんだろう。
話を聞いている限り、性格的には私というよりは白夜の性格が強く出ているように思う。
これってつまり、元の人格は白夜の方ってことなのかな?
でも、それだと少しおかしい。
白夜は異世界の人間の記憶だ。エルが言うように妖精のように自然と意思が宿って生まれたというのなら、異世界の記憶というのは不自然だ。
考えられるとすれば、あちらの世界で死んだ私はこの世界で転生を果たし、記憶を持ったままたまたまハクとして生まれたってことかな。
そりゃ人間の記憶を持って生まれたのに出会うのが竜じゃ驚くよね。人間に近い姿を持つというリュミナリアさんに懐くのもわかる。
なんとなく辻褄は合ったかな?
「いかがですか? 思い出せましたか?」
「まあ、なんとなくは……」
正直話を聞いてもピンときていないが、私の中にある白夜の記憶とエルから聞いた私の印象はどことなく似ていた。だから、多分合っているんだと思う。
魔法の発現や竜の力の発露、血統ゆえか妙に高い魔力。
エルと打ち解けてからは魔法の研究や竜の力の制御に明け暮れていたらしい。
私らしいと言えばらしいかな。今でも同じようなことやってるし。
「私のお父さんやお母さんはどんな人だったの?」
「ハーフニル様はたいそう立派な方でした。最古のエンシェントドラゴンとして竜達をまとめ上げ、魔物を管理し、王としての責務を全うされておりました」
竜とは世界の管理者という一面も持つらしい。
各地にある竜脈の乱れを直し、狂った魔物を諫め、時に間引き、不必要に世界が乱れないように管理するのが仕事らしい。
驚くべきことに、竜は人間達と敵対する気は全くなく、むしろ犠牲が出ないように魔物を押さえてくれているのだという。
竜は魔王に従う人類の敵であり、世界を乱す魔物の上位種という話が学園ではされていたような気がするが、その話とは全く真逆だ。
あれ、じゃあ竜を殺すのはまずいことなんじゃ……。
昔、多くの竜が倒されたことを聞かされた身としては少し心配になる。
「奥様は慈愛の象徴のようなお方でした。傷ついた同胞を癒し、育み、ハクお嬢様に向けるのと同じくらい大きな愛で皆を包んでおりました」
竜が管理者ならば精霊は監視者とでもいうべき存在らしい。
魔法の補助をするという側面も持つが、それはついででしかなく、先に言った竜脈の乱れを感知し、竜に伝えることが仕事らしい。
気まぐれ故にその報告はいい加減なものが多いらしいが、それを選り分け、意味のある報告にするのが上位精霊、引いては精霊の女王の務め。
なんだか新事実がポンポンと出てきて反応に困る。
簡単に言うと、竜は実はいい奴で、精霊は竜の味方ってことかな?
印象としては、出来すぎた両親だと思う。
前世での両親も決してふがいないというわけではなかったが、片や竜の王で、片や精霊の女王。どう考えても私にはもったいないくらいの逸材だ。
未だに顔は思い出せないが、二人が私のことを愛してくれていたということはエルの話で十分伝わる。
少し、会いたいかも。そう思った。
「ハクお嬢様がいなくなった後は大層落ち込まれて、ハーフニル様は人間に対する恨み言を呟いておりました。ですが、奥様に諭され、管理者である自分が世界を乱してはいけないと厳しく律されておりました」
そういえば、私を封印するに至った経緯は、攻め込まれて危険が及んだために別の大陸へと逃がした末のことだったと聞いている。
竜ですら苦戦する相手なのだから相手はとんでもない化け物か、と思っていたけど、エルの口ぶりからするとどうやら相手は人間だったようだ。
まあ、確かに人間でも竜は殺せる。身近に竜殺しもいるしね。
「お父さんは、どうなったの?」
「攻め込んできた勇者とその仲間達によって撤退を余儀なくされ、竜の谷の最奥へと篭られました。勇者達は封印した、と思っているようですが、実際は勇者によって乱された場所を整備するために長い眠りについただけです。それも、生き残った竜達の献身によってつい最近目覚めましたけどね」
勇者か。そういえば、そんなのもいたね。
もしかしたら倒されてしまっているかも、とも思ったが、よくよく考えればエルがここに来たのはハーフニルさんの指示だ。生きてて当然か。
それでも、だいぶ苦労はさせられたようだけど。
ひとまず、無事なようで何よりだ。
「会いに行った方がいいのかな……」
「ハーフニル様も奥様も非常に会いたがっておりましたが、ハクお嬢様の幸せを優先すると判断したようです。お二人に会えば記憶の封印も緩みましょうが、一度は完全に記憶を消してしまったわけですからね、少し会いにくいのかもしれません」
話を繋げていく限り、両親とはすでに七年近く会っていないということになる。
私のことを溺愛していたらしい二人からしたらそりゃ会いたいだろう。
でも、逃がすためとはいえ記憶の封印なんてものを施してしまったから会いづらい。
もし、会っても記憶が戻らずに誰ですか? なんて聞かれたら親としては悲しいだろう。それが怖いから会いにくい。
私としては竜の王やら精霊の女王やら大層な名前が気になって少し会いにくいかなぁとは思うけど、私の両親なわけだし、会えるなら会ってもいいとは思う。
でも、話を聞く限り少なくとも竜がいる場所は別の大陸だ。気軽に会いに行ける距離ではない。
学生の身としては少し難しいかな。
「お望みであれば、転移魔法をお使いになられてはいかがでしょう。それならすぐに会いに行けますよ」
「転移魔法?」
転移魔法とは、望む場所に一瞬で移動するという魔法らしい。
空間属性という聞き慣れない属性の魔法で、竜が世界各地の竜脈を整備するためによく使用する魔法の一種なのだそうだ。
確かに、それならば移動の時間を考えなくてもよいため会うのは容易いだろう。というか、そんな魔法があったら通商とかが様変わりしそうなものだけど……。
と思ったけど、空間魔法に必要な魔力はかなり多いらしく、距離が延びる毎に使用する魔力も多くなっていくらしいので人類で使いこなせる者はほぼいないのだとか。
言うなれば、竜専用の魔法ってことだね。
「どうやればいいの?」
「簡単に言えば行きたい場所を思い浮かべて、魔力でこう、バシッとやる感じです」
急に雑になるのやめて欲しい。なんだ、バシッとって。
まあでも、なんとなく言いたいことはわかる。
イメージ的には行きたい場所を思い浮かべ、そこに繋がるゲートを作るようなものだろうか。あるいは、魔力を媒介にして自分の身体をそこに運ぶという形かもしれない。
音だけで言うなら通信魔法が似ている気がするが、体ごと運ぶとなると少し難しそうだ。
試しにざっとイメージして魔法陣を組み立ててみるが、だいぶコストが重い。
これじゃ上級魔法を通り越して最上級魔法って感じだろうか。普通にやったら一瞬で魔力がなくなって倒れてしまう気がする。
というより、まず根本的な問題が残っているんだよね。
「行きたい場所を思い浮かべるって、私場所を知らないんだけど」
「あっ」
行きたい場所を思い浮かべるってことは、少なくとも行きたい場所のことを知っていないといけないわけで、記憶が封印されてしまっている私では竜の谷の場所を思い浮かべられない。
しまったという顔をしているエル。
たまに見せるこのポンコツ臭は何なんだろう。竜って頭いいはずなんだけどな。
それでも一応魔法陣を考えながら、私はジト目でエルを見つめていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。
今回で第六章は終わりです。幕間を数話挟んだ後に第七章に移行します。




