第二十二話:身体強化魔法
そんなこんなで街での買い物を済ませると、ロニールさんと別れてギルドへとやってきた。
日没前の中途半端な時間なせいかあまり人はいない。酒場の方に何人か飲んでる姿が見受けられたが、あの人達は暇なのだろうか。
そのまま受付まで足を運び、シャーリーさんに話しかける。
「こんにちは」
「こんにちは。今日は遅いですね。今からでも依頼に向かいますか?」
「いえ、今日はちょっと聞きたいことがありまして」
街道封鎖の件でギルドが討伐隊を募集しているらしい。シャーリーさんなら詳しい話を知っているだろう。
私の言葉にぱらぱらと書類を捲ると、一枚の紙を差し出してくる。
「こちらの依頼のことですね。内容は街道に蔓延る魔物の掃討。複数人のパーティを組んでもらい、事に当たることになっています。これがどうかしましたか?」
「出来ればその依頼を受けたいのですが」
「まあ……。わかりました。それでは、ギルド証を貸していただけますか?」
「はい」
依頼を受け付けてくれるのかと思ったが、いつもとは違いギルド証に水晶のような不思議な球を近づけて何かをしている。何してるんだろう。
しばらくして、ギルド証が返還された。先程まで白色だった金属板は銅色となっている。内容を確認してみると、ランクが変化していた。
「あの、これは……」
「この依頼はEランク以上の方でないと受けられないのですが、ハクさんなら日頃から丁寧な仕事をしていますし、もうEランクに昇格しても問題ないと判断しました。この依頼の受領を許可します」
「おお……ありがとうございます」
おお、なんだかあっさりランク上がったなぁ。まだ冒険者になってから数日しか経ってないんだけど、そんな簡単でいいのだろうか。
まあ、おかげで依頼を受けられるみたいだし、ここは素直に喜んでおこう。
「討伐の決行日は明後日となります。明後日の正午にギルドへとお集まりください。そこで顔合わせの後、討伐に向かっていただきます」
「わかりました」
時間も中途半端なので依頼の詳細を聞いてからそのまま宿に帰ることにした。
宿に帰り、明後日の依頼について考える。シャーリーさんに聞いた話だと、出没しているのはゴブリンやフォレストウルフなどの比較的弱い魔物ばかりなのだそうだ。しかし、その数がやけに多く、強引に通り抜けようとした商人の馬車が襲われ、怪我をしたことから封鎖がかかったらしい。
普段は森に潜んであまり姿を見せないはずということだったが、どうしていきなり出てきたのだろうか? そこが少し引っかかるが、障害となるなら排除しなければならない。
そういえば、明後日と言えばマリーさんのところに服を取りに行く日だな。集合は正午だし、朝に取りに行けばちょうどいいかな。他にも人が来るらしいし、こんなボロボロの服では格好がつかないだろうからね。
「それで、何か作戦はあるの?」
「一応ね。うまくいくかはわからないけど」
常時依頼以外での討伐依頼は初めてだ。森で戦う限りでは特に苦戦もしなかったけど、今回は集団戦となる。いつもとは勝手が違うと考えた方がいいだろう。
私が得意としているのは先手必勝だ。相手よりも先に気が付き、一撃で首を落とす。暗殺者のような戦い方だ。
でも、集団戦となればそれだけでは対処できない場面も出てくるだろう。誰か一人を相手している間に別の誰かに攻撃されるなんてことがあったら非力なこの体では一撃で致命傷になりかねない。
そこで使うのが身体強化魔法だ。身体強化魔法はその名の通り、身体能力を上昇させる補助魔法。これを使えば腕力を強化して剣を振る力を高めたり、脚力を強化して速度を上げることが出来る。しかし、それらは一つ一つの消費は軽いものの全身にかけるとなればかなりの魔力を消費するし、一か所に集中できないためか効果も激減していくため、要所要所で部分的に強化して使うのが普通だ。
攻撃の威力を上げたりする分には便利な魔法だが、防御に使う分には少し扱いづらい魔法でもある。魔力を鎧のように展開して防御することはできるが、敵の攻撃に合わせて受ける部分にピンポイントで発動させるためにはかなりの反射神経が必要となるし、死角から攻撃されたりしたらそもそも反応できない。
そこで使うのがアリアに教えてもらった魔法を常時発動するという手法だ。防御魔法を常時展開することが出来れば、不意に攻撃を受けても致命傷を避けることが出来る。しかし、防御魔法も万能というわけではない。鎧すら着ていない私がまともに攻撃を受ければ致命傷とまではいかなくても怪我を負うはず。それはできれば避けたい。
もっと効率的に、攻撃を受けるのではなく避けることを考えるのだ。そう考えた時、どこを強化したらいいかと言われれば、答えはおのずと見えてくる。
それは目だ。
仮に足を強化したとしても、敵の攻撃を見極められなければ避けることはできない。それに、速度だけ早くなっても目がそれに追いつけなければ意味がない。だからこその目の強化だ。
「なるほどね。でも、そんなことできるの?」
「うーん、それはやってみないとわからないかな」
動体視力が強化されれば敵の攻撃を見極めることが出来る。そうすれば、おのずとどう動けば避けられるのかがわかるだろう。しかし、問題なのは目を強化したところで望んだ効果が発動するかどうかがわからないことだ。
身体強化魔法で主に強化するのは腕や足が基本となる。防御魔法で体の各所を守ることもあるだろう。でも、目を強化するというのはアリアも聞いたことがないらしい。
まあ、普通に使ったら目の前が魔法陣で埋め尽くされて視界確保できないだろうから当然と言えば当然だけど。
だけど、アリアのおかげで魔法陣に隠蔽魔法をかけることによって魔法陣を見えなくするという方法を得たことによってその問題は解消された。後は、ちゃんと本当に動体視力が上がるのかどうかを確かめるだけだ。
「とりあえずやってみるね」
身体強化魔法を思い浮かべ、そこに隠蔽魔法を重ね掛けするようにイメージする。いつもやっている魔法を目に集中させ、常時発動できるように魔力を流し続ける。
集中するために閉じていた目をゆっくりと開けてみる。すると、すぐに視界の変化に気が付いた。
「なんか、目が良くなった?」
見えている景色は同じ。しかし、先程までよりもより鮮明に見える気がする。壁の染みやアリアの服の皺もくっきりと見ることが出来る。試しに窓の外を見てみると、遥か遠くにあるはずの家の窓越しに歩く人の姿すら見ることが出来た。
「これは、単に目が良くなっただけかなぁ」
「イメージが足りなかったとか?」
「そうかも。色々試してみるね」
遠くが見通せるのは便利ではあるが、私が求めていた効果ではない。奇襲に対しては探知魔法の常時発動ができれば回避できそうではあるが、反応できなければ意味がない。
魔法に頼らず自力でセンスを磨けってことなのかな? でも、もうちょっとでできそうな気もするし……。
「うーん、これなら、行けそう、かな?」
色々条件を変えながら試していたら、気が付けば外は真っ暗になっていた。晩御飯食べそこなっちゃったよ……。
しかし、成果はあった。完成した魔法を試してみると、アリアの動きがまるでスローモーションのようにゆっくり動いているように感じた。喋っている時の口の動きも鮮明に捉えることが出来る。これなら十分実用に足るだろう。
調整していく過程で消費する魔力が増えたせいで二重魔法陣を使用せざるを得ず、一から魔法陣を書き直したという苦労もあったけど、一日かけずに完成したことは喜ばしい。
魔法はイメージに強く依存するから効果を想像さえできれば割と簡単に作ることが出来る。しかし、イメージに強く依存するからこそ曖昧になりやすい。魔法陣の文字や形の意味を理解し、応用できるからこそ魔法を作るなんてことが出来るのだ。
多分、魔法の研究をしている人とかがいればもっと高度な魔法を使えるんだろうなぁ。そんな人がいるならぜひ会ってみたいものだ。
魔法を作るっていうと凄いことのように聞こえるけど、私が使っているのは初級や中級の魔力消費が少ない魔法ばかりだから、その分調整も加えやすい。流石に上級魔法の改造なんて今はできないからね。いずれは弄ってみたいけど。
「魔力消費は大丈夫?」
「うーん、思ったよりは使わないかな。万全の状態なら一日くらいは持つけど、魔法で戦いながら使うとなると、半日持つかどうかくらい?」
本番ではこれに加えて探知魔法も常時発動状態で使うつもりだ。それに加えてさらに魔法を放つとなると、流石に消費が多すぎる。まあ、元々身体強化魔法は高い精度を要求される魔法だし、それを常時発動となれば消費魔力が増えるのは当たり前だけど。
まあ、明後日の戦いで足を引っ張らないくらいには使えるでしょう。魔法攻撃が主体だから接近するつもりもないし。あくまでこれは保険だ。
「まあ、危なくなったら私も手を出すから。ハクは思いっきり暴れるといいよ」
「ありがとう。それじゃあ、今日はもう寝ようかな」
晩御飯を食べ損ねてしまったが、今日はお昼に食べていたおかげでそこまでお腹はすいていない。
明かりを消してベッドに潜りこめば、眠るのにそう時間はかからなかった。
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