第百九十五話:思い出話
だいぶお疲れの様子のエランダ先生に思わず首を傾げる。
確かに、昨日は夜遅くまで作業をしてたし、疲れていると言えば疲れているんだろうけど、そこまで寝不足気味になるほどだっただろうか?
勧められるがままに椅子に座り、出された紅茶をいただく。
それだけなのになんだか凄く申し訳なくなってくるから重傷だと思う。
「ど、どうしたんですか?」
「ああ、ただの寝不足だから心配しないでおくれ」
思わず聞いてみたが、儚い笑みを浮かべるだけだった。
これどう見ても徹夜した顔だよね。
もしかして、私達が帰った後何か問題があったのだろうか。
ちらりとエルの方を見てみる。
あの後、保健室にはエルが残っていたはずだ。エルなら何か知っているかもしれない。
「どうかしましたか?」
「いや、別に……」
当の本人はのほほんと紅茶を楽しんでいる。
それにしてもエル、人間姿になったのはかなり久し振りだと言っていた割には人間の身体を使いこなしている気がする。
いや、加減を間違えて行き倒れるくらいだからそうでもないか。
「……確かに話を振ったのは私だけどね、まさか一晩中話されるとは思わなかったよ」
「はぁ……」
どうやら何かを話されたらしい。ということは、やはりエルだよね?
改めてエルの方を見ると、ああ、と納得したような顔で手を合わせていた。
「エランダがハクお嬢様の話を聞きたいというのでお話しておりました」
「私の話、ですか?」
目をぱちくりとさせる。
私の話なんか聞いてどうするんだろう?
そりゃあ、竜の子供だから色々興味深い話はありそうだけど、それだけで一晩中経つとは思えないんだけど。
首を傾げていると、エランダ先生はため息を吐きながらジト目で私の方を見てきた。
「そりゃ気になるだろう。平民の身でありながら陛下の推薦で入ってきたし、入学テストでは破格の魔法を見せつけたって噂も聞いたし、発表会の時はサリアを庇って大立ち回りをしたって聞くし、興味が沸かないわけがないだろう?」
「そう、ですか?」
「そうなんだよ。そこに降って湧いてきた竜の話。これで気にならない奴がいたら感情がないのかと疑うところだよ」
サリアのことで気を張っていたとはいえ、そんな評価を受けているとは思わなかった。
まあ確かに、謎の平民の編入生、しかも平民としては初ともいえるBクラスへの昇格。これだけでも話題にはなるか。
ただでさえ、ハクサリだのサリハクだの言われているし。意味はよくわからないけど。
「それで、一晩中?」
「……そうだよ。寝かせて欲しいって言っても辞めなかったからね。よっぽど君のことが好きなんだろう」
今一度深いため息をつくエランダ先生。
私の話か。そういえば、私ってどんな子供だったんだろう?
恐らく幼少期の頃、戦禍に飲まれてこの大陸に逃げのび、森に封印されていたと聞いた。
なら、そうなる前。生まれた頃の私はどんな存在だったんだろうか。
ふと気になり、思わずエルの方を見た。
「そりゃそうですよ。ハクお嬢様は私の生きがいでもありますからね。あ、ハクお嬢様もお聞きになりますか? 何か思い出せるかもしれませんよ?」
「それは……ちょっと聞きたいかも」
エルは私が生まれた頃からお世話してくれているらしいし、詳しい話を知っているだろう。
私は興味を強めたが、エランダ先生は眉間に皺を寄せてあからさまに嫌そうな顔をした。
「話すなら私のいないところで話しておくれ。もうお腹いっぱいだよ」
「そうですか? まだまだ話したいことがありましたのに」
一晩中語って語りきれないって、そんなに話す内容があるとは思えないんだけどな。
だって、私の記憶の始まりは5歳くらいの時。村で両親の手伝いをしながら暮らしている場面だ。
それ以前の記憶はよく覚えていない。だから多分、その辺りで封印から目覚めたんだろう。
そうなると、生まれてからのことを話したとしてもせいぜい五年程度しかない。
よっぽど詳しく話したってことだろうか? だとしたらエルの記憶力と愛情は相当なものだ。
「では仕方ありません。お部屋でお話ししましょう。その前にお伝えすることはお伝えしておきますね」
「何か伝えることがあるのかい?」
「まあ、大したことじゃないんですが」
私は王様と謁見し、エルが無事に学園に入学できるように取り計らってくれたことを伝えた。
私の時と同じく、学園で必要なノートや筆記用具、その他調度品などはすべて支給してくれるらしい。
部屋は多分私達と同じ部屋となる。
新しく用意してもいいが、エル自身が強く望んでいるし、元々四人部屋なので特に困ることはない。
サリアもエルだったら特に気にしないだろうし、問題はないだろう。
「そうかい。やはり、竜のことは伏せて?」
「そうなりますね。下手に騒ぎを起こすわけにはいきませんから」
当然と言えば当然だが、私やエルが竜であることは生徒には伏せる方向で話は決まった。
いくら害を与える気がないとは言っても、竜というだけで脅威なのは間違いない。
いらぬ恐怖を与えれば、サリアの時の事件の再来となってしまう。
編入生としてしばらくは好奇の目に晒されるかもしれないが、エルだって別に短気というわけではない。ちょっとちょっかいを掛けられた程度では機嫌を荒げることもないだろう。
「わかった。私もクランも秘密にすると誓おう。学園長には近々知らされるとは思うが」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
伝えるべきことも伝えたので、早々に保健室を後にする。
よほど参っていたのか、エランダ先生の表情は暗かった。
徹夜しなければならないほど長い話を聞くとなると、私も少し判断を誤ったかもしれない。
私の過去を知るのが楽しみなようでもあり、少し不安でもあった。
人気の少ない道を歩き、寮へと戻ってくる。
まだエルが入れるよう部屋の準備はされていないが、ひとまず私達が使っている部屋へと招き入れた。
「さて、それではお話ししましょうか。そうですねぇ、どこからお話ししたものか。ハクお嬢様はどんな話が聞きたいですか?」
「えっと、私ってどんな子供だったのかなって」
記憶を封印され、ゼロの状態から始まった人間としての生活。
そうそう性格が変わるとも思えないが、私が以前どんな風に過ごしていたのかは気になった。
エルは心底楽しそうにぱっと顔を輝かせると、身振り手振りを交えながら話し出す。
「ハクお嬢様は最初はまるで人形のようでした。初めて会った時も目は開いているのに焦点は定まらず、どこを見ているのかもわかりませんでした。ご主人様は体が作られただけで魂が伴っていないからだとおっしゃっていましたが、何分珍しい形で生まれ落ちたこともあって色々手探りだったのだと思います」
精霊の子である妖精は魔力の濃い場所で万物様々なものに意思が宿り生まれるものだとされている。
そこから時間をかけて体が作られ、いずれは自立して動き回れるようになる。
私の生まれ方はそんな妖精の生まれ方と似ているが、先に体が作られたため、最初は意思が存在しなかった。
ということらしい。
「本来なら濃厚な魔力と明確な体があればすぐに意思は宿るのですが、ハクお嬢様の場合はかなり時間がかかりました。ですが、ようやく意思が宿った時のハクお嬢様はそれはもう可愛らしく、まるで天使の降臨かのようでした」
そこからエルの褒め殺しが始まった。
まるでついさっき見てきたかのように明確に語られる痴態の数々。
子供の頃の話なのだから多少の恥ずかしさは覚悟していたが、エルはそれが素晴らしい行動かのように語り、称えていく。
自分で聞きたいと言った手前止めることもできず、私はただただ語られる出来事に赤面していた。
感想、誤字報告ありがとうございます。