第百九十四話:編入の話
「ところで、今一度聞いておきたい。そなたらは、この国に害を及ぼす気はあるか?」
なぜか始まった私を褒めるトークが一段落付いた後、王様が厳かに告げた。
この国に害を及ぼす気があるか、と聞かれてはいそうですと答える人間はいないだろう。
しかし、エルはこの国とは全く関係のないところから来た竜だ。
竜は遥か昔から人類の天敵であり、排除すべき目標でもある。
そんな存在がいつの間にか国に侵入し、あまつさえ居座ろうとしている現状を、王としては見過ごすことはできないのだろう。
私は人間としての生活を望んだが、家族や身内はともかく、国を背負う者としてははいそうですかと存在を認めるわけにはいかない。
最悪、敵として認められ、軍を差し向けられる可能性すらあるのだ。
それをこのように対話に持ち込み、こうして意思を確認してくれるだけでも破格の譲歩と言えるだろう。
果たしてそんな状態で学園の入学など認められるのだろうかと心配になった。
「私はハクお嬢様を見守ることが出来れば国に興味はありません。まあ、ハクお嬢様を害そうというのであればその限りではありませんが」
「わ、私も戦争やらなんやらを起こす気はありません。私は、この国の国民ですから」
私にまで聞いてきたのは状況が変わったからだろう。
実際に目にはしていないものの、恐らく王様の中では私もエルも竜であるということはわかっているはず。
王様は私とエルの顔をじっと見つめた後、鷹揚に頷いた。
「あいわかった。そなたらの言葉を信じよう」
一歩間違えば国を危険にさらしかねない選択。それでも王様は私達のことを信じてくれた。
私という顔なじみがいたことも理由にあげられるだろう。エルが人間の姿だったというのもあるのかもしれない。
でも、それ以上に人を見抜く慧眼があったからこそ、その選択をしたのだと思う。
今、私達は王様から信用という名の証を賜った。
もし、私達がそれを裏切り、国に仇なそうとするならば、それは自らを縛る枷となって私達を苦しめるだろう。
「さて、それではこれからの話をしよう。確か、学園への編入の件だったな」
「え、あ、はい」
ふっと周囲の空気が軽くなったような気がする。
無意識のうちにピリピリしていたようだ。王様もエルも今ではリラックスした表情になっている。
あまりにも一瞬のことだったから思わず拍子抜けしてしまった。
いや、いいことなんだけどね。
「編入を認めるのはいいが、それには市民権が必要になる。それはこちらで用意できるが、どの程度の地位を望む?」
「ハクお嬢様と同じで構いません。地位には興味ありませんので」
王様の言い方だと、貴族籍すら用意するという風に取れたが、エルはそれをあっさりと蹴った。
竜にとって人間の地位なんてあまり興味がないものなのかな?
まあ、私も別に貴族になりたいとかそういう願望はないし、個人的なものなのかもしれない。
私と同じということは平民か。それでBクラスに編入……目立ちそうだなぁ。
「わかった。ハクと同じクラスになれるように取り計らおう。ハクもそれでよいな?」
「あ、はい」
とんとん拍子に話が進んでいき、数日のうちに学園に通えるようにするということになった。
幸い、まだ授業が始まってから日が経っていないので私の時のように勉強に苦労するということはないだろう。
あ、でも、エルの場合魔法は大丈夫だとしても座学はどうだろう? あんまりにも酷いようだとBクラス入りしたのを怪しまれそうな気がする。
いや、魔法の特待生みたいな感じで入り込めばなんとか? うーん、その辺りはこちらがフォローするか。
「ではハク、頼んだぞ」
「えっと、了解しました」
最後によくわからないけど頼まれたので曖昧に頷いておいた。
あれかな、しっかりとエルの手綱を握っておけってことかな? それとも、サリアのことだろうか。
というか、元々私はサリアのお目付け役ってことで学園に入学したのに、その私のお目付け役っていうかお世話係が入学するってこれもうわかんないな。
その後はエルと私の関係性についてとか、私が竜かどうかの再確認とか色々やってから城を後にすることになった。
結局、最後まで竜の姿を晒すことはなかったけど、あれは王様の気づかいだろうか。
確かに、私は竜の翼を自在に出し入れできるけど、あれをやると妙に開放的になるというか、抑えが効かなくなるというか、発散したくなる。
同じ部屋にサリアがいるから一人で慰めることが出来なくて悶々とすることもあるけど、こっそりと出していればしばらくすると魔力が拡散していって楽になるからそこまで困ってはいない。
だけど、出した直後はそうした状態になるから、あまり人前で翼を出したいとは思わない。
多分、魔法の一発や二発放てばすぐに楽になると思うんだけどね。場所がないから仕方ない。
すでに時刻はお昼過ぎ。
王様からは昼食を共にしないかと誘われたけど、奇異の視線に晒される気がしたので遠慮した。
多分だけど、護衛騎士の中には私のことをよく思っていない人も多い気がするんだよね。
私のことをよく思っていないというか、サリアのことを敵視している人が多いってことだろうけど、そんなに気に入らないのだろうか。
まあ、気持ちはわからないでもないけど、あんまり露骨にそういう態度をされるとこちらも気分が悪い。
王子とか王様はあんまり気にしていないのが救いかな。
馬車で送られ、学園へと戻ってくる。
すでに午後の授業が始まっているのか、校庭には結構な数の生徒達が集まっていた。
「ハクお嬢様、これからどうなさりますか?」
「うーん」
今から授業に参加してもすぐに終わってしまうし、かといって寮の部屋に引きこもっているのも暇だ。
魔法の研究やら剣の鍛錬やらポーション作りやらをやってもいいけど今は気分じゃないし、研究室に行っても先輩達はまだいないだろう。
となると、どうするべきか……。
「……エランダ先生に報告しに行こうか」
クラン先生はまだ授業中だと思うけど、保健医のエランダ先生ならすぐに会えるだろう。
事情を知っている数少ない先生だし、エルが無事に入学できることを伝えておいてもいいだろう。
「かしこまりました! それでは行きましょう」
私をエスコートするように前に立つエル。
服は相変わらずワンピース姿だけど、メイド服でも着せたらさぞ映えそうな気がする。
ある程度エルの行動には理解があるつもりだけど、やっぱり長年の平民暮らしもあって人に傅かれるというのは少し慣れない。
表面上は表情に出さず、内心で苦笑しながらエルの後に続いて歩きだす。
辿り着いた保健室は若干扉が歪んでいるように見えた。
昨日は気づかなかったけど、扉も被害を受けていたようだ。
やっぱり弁償とかした方がいいよね?
気まずさを感じながら扉に手をかける。
若干の引っ掛かりを覚えながら扉を開くと、そこには昨日と同じく、白衣姿のエランダ先生がいた。
「ああ、君達か。いらっしゃい」
ただし、顔色が悪く、だいぶくたびれた様子で椅子にもたれながら。
……なにがあったの?
感想ありがとうございます。