第百九十三話:呼び出しを受ける
翌日。アリアとのより強固になった絆を感じて上機嫌になりつつ、朝の支度をしていると、部屋にアリステリアさんがやってきた。
「ハクさん、起きているかしら?」
「あ、はい。なんでしょう?」
昨日は色々ありすぎた。
エルの入学の件もそうだし、アリアとの契約の件もそうだし、おかげで頭がふわふわしている。
私のことを聞いたのか、それともクラン先生辺りからの呼び出しか、その辺りだろう。
一応、昨日の出来事は秘匿する方向で話は進んでいたはずだが、寮母であるアリステリアさんには話したのだろうか?
「城から使いの者がやってきているわ。王様が会いたがっているからすぐに登城するようにと」
「王様が?」
確か、私のことやエルのことについては王様に報告するみたいな流れになっていた気がする。
だとしても、早すぎるような気がするけど……。
クラン先生があれから報告書をまとめたのだとしても、すでに夜遅くだった。城に届けられるのは今日の朝になってからだろう。
それほど事態を重く見たのだろうか?
まあ、竜は一国を滅ぼすような強大な存在だし、警戒するのも無理はないか。
「ええ。授業については大丈夫だから、行ってくれるかしら?」
「わかりました」
私が呼ばれたということは、多分エルも呼ばれているだろう。
エルは私に対してはとても優しいけど、私を傷つける者に対しては酷く冷酷な一面もある。
まあ、いつもは私を思うあまりポンコツを晒すことの方が多かった気もするけど、内面は割と過激なのだ。
格好は制服で構わないだろう。すでに着替えてしまっていたし。
仮にも学生を呼び出すのだから、制服は別に不敬には当たらないはずだ。
昨日の一件で一着ダメにしてしまったが、予備があってよかった。
「サリア、昨日のことは話さないように気を付けてね」
「おう、任せろ」
昨日の一件であまり危機意識を持っていないとわかったので釘を刺しておいたが、本当に大丈夫だろうか。
ただでさえサリアの一件でおかしな噂も絶えないというのにこれ以上変な方向に進まれても困る。
のほほんとした様子のサリアに少し不安を覚えつつも、私は城へと向かうことにした。
待っていた使者と共に馬車に乗り、王城へと向かう。
馬車に入るとすでにエルの姿もあったので、私の予想は当たっていたってことだろう。
使者は詳細を知らないようだったけど、エルまで呼び出している時点で竜絡みの話だということが分かる。
一応、エルにはむやみに手を出さないように言い含めておいたが、うまく機能してくれるといいな。
すでに何回も赴いていることもあり、案内はスムーズだった。
今回は私が英雄として招待され、杖を下賜された謁見の間ではなく、個人的な話をするための来客室。
まあ、竜の話をするならば知っている人間は少ない方がいいのだろう。
部屋に通されると、すぐに王様がやってきて人払いを済ませた。
護衛らしき騎士の何人かは私やエルに懐疑的な視線を向けていたけど、王様が促すと渋々ながらも下がっていった。
「さて、また問題を持ってきてくれたようだな」
用意させていた茶菓子を手に取りながら苦笑する王様。
またというけど、私は別に毎回問題を持ち込んでいるわけではないと思う。
いや、サリアの件はだいぶ我儘を言ったと思うし、問題を起こしたら退学させるという条件の中、結果的に問題っぽいものは起こしてしまったけれど、あれは穏便に済んだわけだし。
それとも王様相手に名乗りもせず、茶菓子に夢中になっているエルの態度が問題なのだろうか。
おいしいですね! と無邪気に笑っているけれど、確かに無礼と言えば無礼だよね。
私は静かに頭を下げた。
「申し訳ありません。ですが、今回のことは陛下の判断を仰がねばならぬことだと愚考いたします」
「……まあな。よもや竜がこの国に訪れるとは思わなんだ」
王様がちらりとエルの方を見る。
自分から挨拶する気はまるでないのか、まるで王様などいないかのように振舞っているエル。
こういうのって、身分が下の者から名乗るのが普通、だよね?
あ、でも、竜の身分ってどうなんだろう。エルは竜の王の使いだし、そう考えると対等の立場なのかな?
ちなみに私はすでに何度も顔を合わせているし、知らない仲ではないから敬意は払うけど今更名乗るようなことはしなくていいと思っている。
「エル、と言ったか。こう言っては何だが、とても竜とは思えんな」
今のエルの姿は完全なる人間体。翼もなければ尻尾もない状態だ。
端から見ればただの少女にしか見えないだろう。
遠慮なしにお茶を啜ってほっこりと息を吐いているのも強者である竜とは似つかない姿だ。
「む、失礼ですね。私はれっきとした竜ですよ。なんならこの城を瓦礫に変えて差し上げましょうか? 一瞬で片が付きますよ」
「ちょ、エル!」
むくれた様に頬を膨らませながら言っているが、言っていることは随分と過激だ。
恐らく嘘ではないのだろう。エルが戦っている時の記憶は残念ながらないが、竜というだけで強いのは明らかだ。
だが、一国の主を相手に城を一瞬で落とせるなんて言っていいわけがない。
竜を裁けるとは思っていないけど、挑発された王様が下手なことをしないかがとても心配だ。
エルを諫めながら王様の方をちらりと見る。
予想に反して、その表情に怒りの色はなく、むしろ困惑したような色が浮かんでいた。
「いや、疑っているわけではない。報告にも、カラバやマリーンで竜が目撃されたという話があったしな。ただ、あまりにも人間と似通っているから不安になっただけだ」
「ふむ、そういうことなら許してあげましょう」
「エル、ちょっと黙ってて」
いくら何でも上から目線すぎる。
いや、竜からしたら人間なんて下等生物なのかもしれないけど、仮にも相手は一国の王なのだから配慮してほしい。
しかも、王様にはエルを学園に入学させるという条件を飲んでもらわなくてはならないのだ。怒らせてどうする。
私に諭されて、少ししょんぼりとしているエル。
私の言うことは少しは聞いてくれるのが救いか。
王様に再度頭を下げ謝罪する。
エルは私の世話係だから、エルの責任は私の責任でもあるしね。
「いや、よい。それよりもハク。そなたも竜であると聞いたのだが、真か?」
「疑うのですか?」
「エル! はい、そうみたいです」
エルは全然懲りていないのか口を挟みまくってくる。
私に怒られてしゅんとするくらいなら黙っていればいいのに。
まあそれも、エルだから、で納得できてしまうのがあれだけど。
王様はまじまじと私を見て眉を顰めている。
エルが竜であるということより、そっちの方が信じられないかな?
「その年にしては強い力を持っているとは思っておったが、まさか竜とはな……。竜であれば人知を超える力を持つのも当然、か」
「でも、ハクお嬢様は限りなく人間に近い存在ですよ? 姿は構造からして人間ですし、記憶も封印されているので人間としての記憶が大半でしょうし、恐らく竜としての力が目覚めたのも最近じゃないですかね?」
「すると、オーガの軍勢を屠った時はまだ人間であったと?」
「まあ、その時はまだ翼すら出せませんでしたね」
私が竜の力を取り戻したのはゴーフェンに行った時だ。
それまでは私は自分のことを人間だと疑わなかったし、竜の翼が生えた後でもまだ人間だと信じていた。
確かに常人より魔力は多いなとは思っていたけど、それは魔力溜まりにいた影響だとアリアが言っていたし、そういうものなのだと思っていた。
今思えば、竜としての力が少しずつ解放されていただけだったのかもしれないね。
「つまり、あの偉業は人間の身で成したということか。元々優秀だったということだな」
「そうです。ハクお嬢様は凄いんですよ!」
「偶然だと思いますけどね」
元々は魔力なんて雀の涙ほどしかなかったのだ。
それがたまたま魔力溜まりという魔力を増殖できる環境にいたことで開花し、アリアという師匠を得て魔法の扱いを覚えた。
アリアがいなければ今の私はないだろう。
色んな偶然が重なった結果、今の私があるのだ。
ニコニコと私のことを褒めたたえるエルと、それに同意する王様。
私はそんな賞賛される人間ではないと思うんだけどな、と思った。
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