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第百九十一話:今後の選択

 掃除は思ったより簡単だった。

 というのも、倒れた薬品棚や転がったベッドはエルによっていとも簡単に持ち上げられ、元の位置に戻されたからだ。

 大きな備品以外はバラバラになってしまった書類や割れてしまった瓶の回収だけ。

 それくらいであれば小一時間もあれば十分に片づけることが出来た。

 明かりのために確保してあった油壺は割れてしまっていたが、【暗視】を持っている私やサリアは元より、光魔法によって光球を出現させることで何の問題もなく作業することが出来た。

 唯一、近くにあった窓の木枠だけは盛大に吹き飛ばされてしまったので夜風が吹き込んでしまっているが、それもクラン先生が土魔法で応急処置をしてくれたので数日のうちに改善されるだろう。

 ただ、すぐに終わったと言っても外はすでに真っ暗になってしまっている。

 事情は後で聞くから今日のところは帰っていいと先生達に言われたが、流石にこんな状態にした張本人が片づけを任せるわけにはいかないので食い下がり、寮には遅くなることを連絡してもらって一緒に片づけをすることになった。

 すべてが終わり、ようやく一段落付いた頃。無事だった茶器を引っ張り出して全員に紅茶を振舞ったエランダ先生は、私とエルを見比べながら話しかけてくる。


「つまり、エルさんの正体は竜で、ハクさんを迎えに来たと?」


「まあ、そういうことみたいですね」


「どこから突っ込めばいいのやら……」


 額に手を当てて首を振るエランダ先生。

 クラン先生も平然としている様子だが、ちらちらとエルの背中を見ては紅茶を啜っている。

 エルは未だに翼を出したままだ。

 掃除の時は意外と邪魔だったのだが、一部でも竜の姿を取っていた方が力が出せるらしい。

 確かに私も翼を出している状態だとよく耳が聞こえたりするので、身体能力が上昇するというのはあるのかもしれないと思ってスルーしていた。


「ハクさん、ただ者ではないとは思っていたけど、まさか竜だなんてね」


「竜なんて御伽噺の中の存在だ。竜の谷があるとされる地方では今でも稀に見かけられることがあるらしいが、この辺で竜種なんてワイバーンくらいなものだ」


「む、それは違いますよ。ワイバーンは我々竜の亜種ではなく、完全な劣化個体。どちらかと言えばトカゲが元でございます。一緒にされるのは心外ですね」


 エランダ先生の言葉にエルが反論する。

 確かに、以前護衛依頼の時にワイバーンを狩ったことがあったが、特に記憶の琴線に触れることはなかった。それどころか、むしろ駆逐すべき種族であるとも感じていた。

 劣化種族であるワイバーンと一緒にされることを本能的に嫌っているらしきエルの反応からすると、これは竜全体の認識なのかもしれない。

 やっぱり、私は竜なんだなと再認識する。


「あ、ああ、それはすまない。ええと、それでエルさんはハクさんを連れ戻しに来たってわけかい?」


「いえ、私はハクお嬢様の希望に従うように仰せつかっております。可能ならばご主人様の御前に連れて帰りたいところですが、ハクお嬢様が望まぬのであればそれを見守り、支援するよう申し付けられました」


「つまり?」


「端的に言えば、子供のことが心配だから様子を見に行け、もし可能なら顔を見せに来てほしい、ということです」


 身も蓋もない言い方に思わず苦笑する。

 竜の王なんてたいそうな名前を持ちながらやってることは一人暮らしを始めた子供を心配して使用人に様子を見に行かせる親、と言った感じだ。

 うん、まあ、無理やり連れて帰れと言われないだけましだけど、なんか調子が狂う。


「じゃあ、学園の前で倒れていたのは?」


「ハクお嬢様の気配を探して飛び回っていたのですが、ハクお嬢様が暮らす街をみだりに混乱させるわけにはいかず人型を取りました。しかし、人型になると空腹感やら疲労感やらが一気に押し寄せてきまして……なんとか学園? の前まで来たところで倒れてしまいました」


「ああ、そう……」


 竜が疲労で倒れるなんてあっていいのだろうか。あまりに滑稽な話に思わず脱力する。

 ここまで竜の姿で飛んできたってことは、アリシアが言っていた竜の目撃情報って言うのはエルのことかな?

 となると、少なくとも大陸を渡ってきたわけか。

 ドラゴンの体力がどのくらいかは知らないけど、確かに疲れそうだ。

 私はエルのことを労うべきなのかもしれない。

 隣に座るエルを見て、そっと背中の翼を撫でた。


「ハクお嬢様に撫でてもらえた!? ああ、感激です!」


 興奮のあまり翼をはばたかせたのでせっかく片づけた書類が再び宙を舞う。

 あ、すみませんと謝っているが、その視線は私に向けられたままだ。

 羽ばたいたことに驚いて手を放してしまったけど、そんなに名残惜しそうに見ないで欲しい。


「さて、そういうことなら、ハクさんはどうしたいかって話になるね」


「えっ?」


「エルさんはハクさんが望むなら支援を、望まないなら連れて帰るって言ってるんだろう? ハクさんはどっちがいいんだい?」


 私はこれからどうしたいか。そうか、それが今の問題なのか。

 人間ではないと言われ、無様にも取り乱してしまったけれど、結局のところ問われていることは変わらない。

 言うなればこの問いは、人間として暮らしたいか、竜として暮らしたいか、ということだろう。

 私はどうしたいのだろうか? それは決まっている。人間として暮らすことだ。

 私は人間だと思い込んでいたということもあるけど、今の暮らしが結構気に入っている。

 かけがえのない友達もできたし、学ぶべきことも多い。

 ただ、私のことを命がけで逃がしてくれたという本物の両親に会いたくないと言えば嘘になる。

 私は未だに両親のことは思い出せない。でも、それだけのことをしてくれたのだから、少なくとも愛してはくれていたのだろう。

 そんな両親に、私の我儘だけで会わない選択をしてもいいものかどうか。

 人間としての生活を捨てず、一目見るためだけに両親に会いに行くというのはそれこそ我儘だろう。


「うーん……」


「ハクお嬢様、悩むのは当然のことです。ですが、今すぐに判断せよというわけではございません。迷っているのなら結論は先送りにしても構いません。ハクお嬢様が答えを見つけるまで、私はいつまでもお待ちしております」


 今すぐに答えを出さなくてもいい。

 その甘美な響きに私はふと顔を上げた。

 人間としての生活を捨てず、両親に会う。これを満たすためには、人間としての生活を謳歌し、たっぷり満足してから会いに行けばいい。

 人間の一生など竜からすればひと時の間でしかない。

 恐らく、竜である私は人間よりも寿命が長いだろう。

 サリアやアリシアとの友情を育むのも、お姉ちゃんに甘えるのも、お兄ちゃんに会うのも、時間さえあれば実現できる。

 それらすべての未練をなくしてから会いに行けばいい。それでいいではないか。

 制限時間がないというのは私にとって実に都合がよかった。いや、私が相手だから譲歩してくれたのだろう。

 エルを、延いては両親の想いに感謝し、私は小さく頷いた。


「私は、今の生活を続けたい。サリアとも、クラン先生やエランダ先生とも会ったばかりだもの。もう少し、この世界を満喫したい」


「……承りました」


 恭しく頭を下げるエル。

 これは私の我儘だ。だけど、もう少しだけ浸らせてほしい。

 私には、借りを返さないといけない人がたくさんいるから。

 感想ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ハクさんは納得されましたが_(:3 」∠)_物語の根幹がひっくり返りすぎて読者は目がすべって「どないしょう……」状態であります。 クラン先生やエランダ先生は凄えな。
[一言] とりあえずお姉さんには相談しないとねぇ
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