第百八十七話:謎の少女
「は、初めまして。ハクです」
「サリアだぞー」
不思議な雰囲気を放つエランダさんを前に少し硬直してしまい、挨拶が遅れてしまった。
サリアはその雰囲気に気が付いていないのかいつもの調子。ちょっと羨ましい。
「ハク、君を呼んだのは私なんだ」
「そう、なんですか?」
「少し見てもらいたいものがあってな」
てっきりクラン先生が用があるのかと思っていたんだけど、どうやら違うらしい。
でも、私はエランダさんと会うのは初めてだし、保健医に呼び出されるようなことをした覚えはない。
いや、少しあるか。
昨日のウェルさんとの決闘擬き。あれでウェルさんを水浸しにしたわけだけど、あれでどこか怪我をしてしまったのかもしれない。
それで怪我の原因である私を呼び出したのかな。
「別に大したことじゃない。ただ、先方が君のことを呼んでいるようなのでな」
呼んでいる? つまり、エランダさんも誰かに頼まれて私を呼んだってことかな。
やはりウェルさんだろうか。
とにかく見た方が早いと言ってエランダさんが立ち上がる。
奥にある仕切りが施されたスペースに向かい手招きしてきたので、素直に近づくことにした。
仕切りの内側にはベッドが一つあった。そして、その上には見知らぬ少女が横たわっていた。
身長はサリアと同じくらいだろうか。水色の髪はかなり長く、ベッドの上に広がっている。白に青っぽい色が混じったワンピース姿で、眠っているのかその瞳は閉じられている。
え、誰?
「この方は?」
「わからん」
「えっ?」
「今日の朝、門の前で倒れていたらしくてな。一応保護したんだが、一向に目を覚まさんのだ」
門の前で倒れていた? ってことは、行き倒れってことかな。
この国はそこそこ裕福とはいえ、やはり孤児や浮浪児と言った子供達はいるらしい。
10歳を超えている者はギルドがなるべく仕事を斡旋してやったり、そうでない者は孤児院に入れたりと色々手は尽くしているらしいのだが、それでも無くならないそうだ。
だから、食うに困ったり怪我をしてといった理由で行き倒れになることはよくあるらしいのだが、そう言った子供達は外縁部にいるものであり、中央部にある学園に現れることは滅多にないらしい。
なにせ、外縁部から中央部に入るためには間を隔てる外壁を超える必要があり、そこを抜ける門を通るには通行料を払わなくてはならない。
微々たる金額とはいえ、浮浪児達が払えるとは思えないし、仮に払えたとしてもわざわざ入る理由がない。
助けを求めるならギルドなり孤児院なり病院なり教会なりいくらでも選択肢はあるのだから。
今は中央部を隔てる外壁は工事中で、頑張れば侵入できなくもないが、中央部は貴族が多く住まう場所。下手に侵入してばれれば悪くすれば死刑もあり得る場所だ。そんな危険を冒して入るわけがない。
なら、この子は何なのかという話になる。
「貴族の子とかですか?」
「調べさせているが、今のところ身元はわかっていない。だが、普通子供が戻ってこなければ捜索されるはずだ。そんな話は入ってきていない」
一応、身綺麗ではあるが、貴族が着ている服としては少々みすぼらしい。
中央部に籍を置く貧乏な貴族や中堅商人の子と言うことも考えられるが、それにしたって持ち物が少なすぎる。
これではまるで捨てられたかのようだ。
だが、普通捨てるなら王宮の目が届きにくい外縁部か、町の外に捨てるはず。わざわざ中央部に捨てて、下手に保護されて捨てた者のことを話せば面倒なことになるのは明白だ。
なら捨て子ではない。外縁部に住む者が子を連れて中央部に入り、そこで迷子になってしまった、とかならあり得るか?
いや、それでも捜索願が出てないのは変だよなぁ。
「それで、どうして私を?」
「この子がたまにうわごとのように呟くんだよ。ハクお嬢様ってな」
「ええ?」
なんだそりゃ。
私はこの子のことなんか全然知らないし、そんなお嬢様なんて呼ばれる筋合いもない。
私を様付けで呼ぶ人物には一人心当たりがあるけど、あれは関係ないだろう。
これは私のことではなく、ハクという別の人物のことだと考える方が自然だ。
「人違いじゃないですか?」
「それはわからんが、この学園でハクという名前は君だけだ」
学園の前で倒れていて、且つハクという名は学園では私だけ。となれば、確かに何か関係があると思ってもおかしくはないか。
でも、本当に見覚えがない。
私の知り合いの関係者? 髪色で言うなら最近会ったソニアさんが似ているけど、妹がいるなんて話は聞いていないしなぁ。
「何か心当たりはないか?」
「いえ、まったく……」
持ち物も何もなく、身元を証明するようなものも身に着けていないらしい。
一般市民でももう少し何か持っているぞ。市民証とか。
私はもう少しよく見てみようとベッドに近づく。
細い腕、とてもしなやかでかなり白い。日に当たるなんてことをしたことがなさそうな肌だ。
いや、私も人のこと言えないけど。
顔をよく見てみる。
うっすらとした唇、長いまつげ。かなりの美少女だ。
ただ、ソニアさんとは違うタイプの美少女な気がする。どうやら血の繋がりはなさそうだ。
うーん、目を覚ましてくれたら一番手っ取り早いんだけどな……。
そんなことを思いながら顔を凝視していた時、唐突に少女の目が開かれた。
そして……。
「ハクお嬢様!」
「ぐはっ!?」
勢いよく起き上がった少女のおでこが私の顔面にクリーンヒットする。
痛い。確かに起きてくれないかなとは思っていたけどタイミングが悪すぎる。
鼻を押さえながら少女の方を見てみると、向こうも痛かったのか額をさすっていた。
「ハクお嬢様! お会いしとうございました!」
しばらくして持ち直したのか、少女は私に抱き着いてくる。
まるでご主人様に甘える子犬のようにぐりぐりと胸に顔を埋めてくる姿に私は困惑するしかなかった。
「え、えっと……?」
「ああ、ハクお嬢様、こんなに弱体化なされて……生きていてくれて本当によかったです!」
「とりあえず落ち着いて……」
私のことを見てハクお嬢様と言ってくるってことは人違いという線はなさそうだ。
では彼女はいったい何者なのか。私とどういう関係なのかをはっきりさせなければならない。
せっかく目覚めてくれたのだ。話を聞かなくては。
「む? この人間達は誰ですか? もしや、ハクお嬢様のお友達?」
「ま、まあ、そうだけど……」
「おおー! ちゃんとこちら側での生活にも順応なされているのですね! ハーフニル様もさぞお喜びになることでしょう!」
「だから落ち着いて……」
やたらとテンションが高い。
先生方はもちろん、サリアですらぽかんと口を開けて呆然としている。
何やら私の事を知っているようだが、私はお嬢様と呼ばれるような人物ではないぞ。
生まれたのは辺境の村だし、それも村長とかではなく普通の村人の子供。
家族からそんなふうに呼ばれたことはないし、そもそも使用人を雇えるほど裕福な家でもなかった。
どうやら彼女が知っている私と私の記憶ではかなりの齟齬がありそうだ。
その辺りも詳しく聞かなくてはならない。
私は矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる少女をなんとか宥められないかと必死に頭を巡らせた。
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