第百八十四話:勝負の行方
勝負のルールは単純だ。100メートル先に用意された的に魔法を放ち、どれだけ正確に命中させられるかを競う。
的の中心に近いほど高得点で、互いに三発ずつ撃ち、最終的に高い得点を出した方が勝ち。
勝負は三回勝負で、先に二回勝った方が勝ちというものだった。
まあ、妥当な勝負かな?
魔法の重要な要素はいくつかあるけど、その中の一つが正確さだ。
狙った場所に正確に魔法を撃ちこめるかというのは戦闘においても重要になる。もちろん、威力がついてこなければ意味がないけど、当たらなければもっと意味がないからね。
正直、100メートル程度だったら全部中心に命中させる自信があるけど……先手は譲ってその結果次第で狙いを変えようか。
「お先にどうぞ」
「いいだろう。俺の魔法をとくと見るがいい!」
意気揚々とロッドを構え、詠唱を始めたウェルさんは目を瞑って集中している様子。
目を瞑るなんて戦闘中にやったら自殺行為だけど、まあ、魔術師は後衛で守られているものだから前衛よりは危険は少ない。
あれで集中力を高められるのならあり、なのかな?
あの時は詠唱句を度忘れしていたようだったが、あの後ちゃんと勉強したのか、きちんとした詠唱句を唱え、火球が形成される。そして、たっぷり一呼吸置いた後勢いよく放たれた。
バシュッ!
しかし、飛ばした途端火球は拡散し、小さな火の粉となって消滅してしまう。
魔力が足りなかったかな? どうやらまだ魔力の扱いには慣れていないらしい。
「ち、ちがっ! 今のはなし……」
「はーい、一発は一発だからね。じゃ、次はハクちゃんどうぞ」
審判役を買って出た生徒が無慈悲にも告げる。
うーん、どうしよう。せめて当ててくれないと話にならないんだけど……。
私も同じように拡散させちゃえばいいかな?
えーと、意図的に破綻させるか……いや、魔力を少なくすればいけるかな? わざわざ新しい魔法陣を作るのも面倒だし。
私は習った通りに詠唱句を詠唱する。そして、かなり加減して火球を放った。
ふらふらと頼りない軌道ではあるが、予想に反して拡散はせず、的の端っこに辛うじて命中する。
あー、うん、まあ、これくらいなら取り返せるって。そんなに睨まないで欲しい。
「はい、じゃあ二発目!」
ウェルさんは慎重になったのか、さらに時間をかけて詠唱する。
出来上がった火球は今度は消滅せず、私と同じく的の端っこに命中する。
よかった、これで少しは勝負になりそうだ。
続く私の番は同じくらいの魔力を込めてわざと外す。
拡散させなくても外れてしまえば点数は零だ。
もちろん、万が一誰かに飛び火しても簡単に消滅するようになっている。
誤射するとか言うへまはしない。
そして三発目。ウェルさんの火球は中央寄りの場所に命中し、大きく点を上げた。
ウェルさんの顔が喜色に歪む。
これならさっきと同じ場所に命中させれば点数はあちらの方が上、三回勝負だし、まずは一戦譲って士気を向上させてあげようか。
そう思い、一発目と同じように魔法を放って端っこに命中させる。
「えっと、ウェルの勝利!」
「ふん、当然だな」
勝ち誇ったようにふんぞり返っているウェルさん。
いくらわざと負けたとはいえ、そこまで得意げになられると少しむかつく。
まあでも、所詮は子供のお遊びだし、そこまで目くじらを立てるほどのことでもない。
次はぎりぎりで勝って、三戦目で負けてあげれば二対一で向こうの勝利。
それなら多少はこちらの実力も示せるし、私をバカにする人もいないだろう。
いや、むしろエリートであるAクラスの生徒がBクラス相手にぎりぎりって言うのはちょっと問題があるのかな?
本当だったらウェルさんが圧勝するくらいの方がいいのかもしれない。
でもまあ、授業の時にすでに魔法は披露してしまったし、今さらか。
さて、それじゃあ手筈通りにやりましょうかね?
「手加減されてるくせによくあんな態度でいられるよな」
「Aクラスの恥さらしだよなぁ」
「まあまあ、面白そうだしいいじゃない」
周囲の生徒達のひそひそ話が聞こえてくる。
明らかに聞こえるように言っているが、私に勝ったことで気分が高揚しているのかウェルさんは気づいていない様子だった。
マックスさんが頭に手を当てて項垂れている。
うーん、ちゃんと偽装したつもりだったけど、流石に既に見られている生徒達には意味がなかったか。
幸い、ウェルさんはすぐにあの場を去ったので私の魔法は見ていない。
それだけが救いかな。
「さあ、第二戦だ」
審判役にめちゃくちゃ乗り気な生徒が合図を出す。測定員のつもりか的の近くで待機している人もいるし、意外と本格的だよねこの勝負。
私は手筈通り、ぎりぎり勝てるように調整して魔法を放った。
ウェルさんは二発目で再び魔法を不発させてしまい、そこまで中心を狙う必要はなかった。
もちろん、狙う時は弾道をふらつかせていかにも精一杯絞り出した風に見せかけている。
これならまぐれで勝ったと思ってくれることだろう。
「くっ、一回勝ったくらいで調子に乗るなよ。次は勝つ!」
ウェルさんの啖呵に憐みの視線を向ける生徒達。
次で最後の勝負。ここで負けてあげれば完璧だ。
審判の合図で再びウェルさんから魔法を放って行く。
だが、三回目で少し集中力が切れかかっているのか、ウェルさんは盛大に失敗した。
一回目は最初の失敗と同じように途中で拡散してしまい、二回目も魔力が足らなかったのか的に届く前に消滅。
流石に二回も連続で失敗されてしまうと困る。
私も一回目は外し、二回目は端っこの方に当てるだけにとどめたが、下手すると三回目も失敗して私の勝ちの目が出てきてしまった。
頼むからせめて当ててくれよ?
「ぐぬぬ……」
二回連続で外してしまったことに焦ったのか、ロッドを握り締めて集中している。
詠唱しているが、火球の形成はかなり遅い。
恐らくだが、魔力が尽きかけているのではないだろうか?
額にかいている脂汗も酷いし、いくら優秀なAクラスの生徒と言っても魔力の量が多いとも限らないだろう。
「炎よ……いや、これじゃだめだ……業火よ……」
焦りが動揺を生み、正しいはずの詠唱が間違っていると思い込む。
以前にも見たことがあった。詠唱の間違いによる魔法の暴発。
ぶつぶつと徐々に変えている詠唱は、やがて同じ失敗を引き起こしかねなかった。
「よし、いける!」
「いけないよ」
バシャッ!
ウェルさんの身体が水でびしょ濡れになる。
芸がなくて悪いが、発動するのは火魔法だし、それを止めると考えると水が一番だろう。
当然、不完全な状態で発動しようとしていた魔法はキャンセルされ、後には水を浴びせられて呆然と立ち尽くすウェルさんが残るのみ。
デジャブ。そんな言葉がぴったりだった。
「き、きき、貴様ぁ! 一度ならず二度までも!」
状況を理解したのか、真っ赤な顔をして掴みかかってくる腕をひょいと避ける。
少しは学習というものをしてほしい。
焦ると思いがけない行動をしてしまうのは癖なのだろうか。だとしたらよくない癖だ。
魔法はイメージがとても大切だ。だから、焦ってしまうと当然その精度は低くなる。
しかし、かろうじてでも詠唱ができていれば発動自体はする。不完全であっても、それが上級魔法とかの詠唱ならば大きな被害が出るかもしれない。
そこのところをしっかり理解してもらわないととてもじゃないけどAクラスではやっていけないだろう。
まずは余裕を持つことが大切だと思う。
再度掴みかかってくるウェルさんを他の生徒が止めに入り、羽交い絞めにしている。
ただ勝負をして負けてあげようとしただけなのに、困ったことになったもんだ。
感想、誤字報告ありがとうございます。