第百八十三話:勝負を挑まれた
本授業前の最後の休み。
特にやることもないので研究室に入り浸って適当に研究を行う。
いや、適当と言ってもしっかりと組み合わせやタイミングのメモは取っているし、素材を無駄にしないように丁寧にやってはいるが。
何もすることがない時にこうして魔法薬の調合を試すのは実にいい時間潰しになる。
しかも、運が良ければ新しい魔法薬ができるわけだしね。
今年も発表会があるから、それで結果を残せなければこの研究室はなくなってしまうかもしれない。
そう考えると、無心で研究できるこの研究室は実に私向きと言えた。
「どうだねハク君、調子のほどは」
「えっと、雷魔法とは反応が悪いですね。特性が反発しているのかもしれません。そろそろ別の魔法で試してみたいと思います」
「そうしてくれたまえ。私もやっているが、まだまだ組み合わせはあるからな」
以前ヴィクトール先輩がとってきたという熱を吸収する特性を持つ花。
あれの組み合わせを一通り試してみたが、雷魔法とは相性が悪いようだった。
魔石の結果的には普通だったんだけど、組み合わせが悪かったんだろうか。
花もあんまり数が多いわけではないからある程度の組み合わせを試したら次は別の魔法を試すつもりだったので切り替える。
やっぱり火かなぁ。魔石で反応があったのは氷と火だけだったし。
コンコン。
次に試す組み合わせを考えていると、不意に研究室の扉がノックされた。
手が空いていたサリアが扉を開けると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
四年生、かな? 鈍い赤色の髪をした利発そうな少年だ。
「ようこそ、魔法薬研究室へ。何用かな?」
「ここにハクという平民の女はいるか?」
いつものようにヴィクトール先輩が出迎えると、その少年は尊大な態度で話しかけてきた。
「ハクは私ですが、何の御用でしょうか?」
「お前に話がある。ちょっと来てくれないか?」
「あの、失礼ですがどちら様でしょうか……」
私に四年生の知り合いはいない。
いや、サリア関係で知り合った人ならいるかもしれないけど、私には見覚えがない。
何か呼び出されるような真似をしただろうか。
考えてみるが、特に思い当たることはない。
「ああ、俺はマックス。マックス・フォン・ヴェローズだ。ウェルの兄だと言えばわかるか?」
「いえ、わかりません……」
どうやら貴族らしいが、名前を聞いても全くピンと来なかった。
シルヴィアさん達なら何か知っているかもしれないが、私は生憎貴族関係には疎い。
いきなりそんなことを言われてもわかるはずがなかった。
「ふむ。まあいい。ウェルがお前に話があると言っている。来てくれるか?」
「はあ、まあ、お呼びというなら」
よくわからないが、用があるというなら顔を出せばいいだけの話だ。
別に魔法薬の研究が忙しいわけでもないし、暇と言えば暇だしね。
そのウェルというのが誰かは知らないけど、今更サリア関係で難癖付けてくることもないだろう。
今の学園の雰囲気はサリアに同情する声の方が多く、下手に刺激しても悪い結果にしかならないと言われている。
まあ、万が一ってこともあるからサリアは置いていこうかな。
研究室にいればヴィクトール先輩達が守ってくれるだろうしね。
「では、そういうわけなので少し行ってきますね」
「わかった。気をつけてな」
ミスティアさんがちらりとこちらを見ていたけど、特に何も言ってくることはなかった。
二人とも貴族だし、この人のことについて知ってそうだけど何も言わないってことはそう危険なこともないだろう。
態度は尊大だけど、別に見下してるってわけでもないし、割といい人なのかもしれない。
サリアにここで待機するように言い、マックスさんに連れられて廊下を歩いていく。
「おーい、ウェル、連れてきたぞ」
連れてこられたのは校庭だった。
今日は休みなのであまり人はいないが、魔法の訓練をしている生徒が何人かいる。
どうやらウェルさんというのはその中の一人のようだ。
待っていたと言わんばかりに仁王立ちで待ち構えていたその少年は私の姿を見るなり険しい顔で怒鳴りつけてきた。
「待っていたぞ。貴様に味わわされた屈辱、今日こそ晴らしてくれる!」
「はい?」
ウェルさん以外にも周囲には数人の生徒が集まっていた。
いずれも二年生、私と同じ学年だ。
明らかに私に敵意を向けているウェルさんに対し、他の生徒達はウェルさんに憐みの篭った視線を向けている。中には少し笑っている者もいた。
これ、どういう状況?
「忘れたとは言わせんぞ。八日前のことを!」
「八日前……」
八日前というと、お試し期間の初日かな?
あの時あった出来事と言えば、火属性魔法の授業を受けて……ああ、もしかして。
「ああ、あの時魔法を暴発させようとしてた人ですか」
私の言葉に周囲の生徒がこらえきれなかったと言わんばかりに笑い声をあげた。
そう、あの時詠唱句を間違えて焦ったのか、上級魔法の詠唱句を唱えようとして私に止められた人。
あの後すぐに授業を去ってしまったから名前を聞くこともなくすっかり忘れていたんだけど、あの人か。
よく見れば周囲の生徒の何人かには見覚えがある。あの時、ウェルさんと一緒に魔法を披露していた生徒だ。
「この……馬鹿にしやがって! Aクラスのエリートである俺がBクラスの平民如きに負けるはずがない! 俺と勝負しろ! 実力の差をわからせてやる!」
私が忘れていたことが気に障ったのか、顔を真っ赤にして喚き散らすウェルさん。
周囲の生徒の笑い声も大きくなり、私を連れてきたマックスさんも私の肩に手を置いて、「まあ、付き合ってやってくれ」と同情したような目で見てきた。
これってつまり、私に馬鹿にされたと思ったウェルさんが私にリベンジしようと呼び出したってことかな?
私は別に馬鹿にしたわけではなかったんだけど、確かに客観的に見ればそうかもしれない。
Aクラスのエリートであるウェルさんが魔法を暴発させかけ、それを一段劣るBクラスの生徒に止められる。しかも、あの時失敗したのはウェルさんだけ、他の生徒は精度の差こそあれどちゃんと魔法を発動していた。
そして私はウェルさんが去った後、魔法を披露した。もちろん、詠唱句を用いたものだったけど、他の人よりも完全な形での完璧な魔法を。
Aクラスの生徒達は思っただろうウェルさんはBクラスの生徒にも劣る魔法しか使えないと。
ここに集まっているのは面白半分でついてきたのか、ウェルさんが自分の力を証明するために呼んだのか。
どちらにしても、ここで負けてしまったらウェルさんの信頼は地に落ちそうだった。
「(うーん、厄介なことになったな)」
ただ難癖付けてくるだけだったら適当に言いくるめて、強引な手段に出てくるようなら魔法で叩きのめせばいいと思っていたけど、流石にここで負かしてしまったらウェルさんの立場がない。
幸い、お兄さんであるマックスさんはウェルさんをどうしても勝たせようという気はなく、弟の癇癪に付き合ってほしいって感じだし、必ず勝たなくてはならないというわけでもない。
ここは適当に合わせて負けてあげるのが温情かな。
「わかりました。ウェルさんがそれを望まれるならお受けしましょう」
「ふん、物分かりはいいようだな。では勝負だ!」
ウェルさんの大声になんだなんだと集まってきた他の生徒も交え、勝負の開始が宣言される。
さて、どうやって相手したものかな。
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