第百八十二話:竜が現れた
竜が現れた。思いがけない情報に思わずアリシアの方に顔を向ける。
竜というと、大昔に魔王と共に人間と敵対していた種族だ。
現在でも存在しており、中には魔王復活を目論む連中もいるとかいないとか。
竜は竜の谷と呼ばれる辺境に住んでおり、滅多なことでは人前に姿を現さない。
たまに若い個体が飛び出してくることもあるらしいが、その場合は国が対処したりしている。
多くは町に近づくこともなく、街道の途中で上空を飛んでいるのを見たとかその程度なので、対処と言っても戦力を集めて有事の際に備える程度のものらしいが。
ごく稀に町に襲い掛かってきた時はギルドに緊急依頼が出され、国と合同で討伐するらしい。
「もしかして、その竜が王都に向かっているとか?」
「いや、それはわからない。ただ、方角的にはこの大陸だったそうだ」
手紙によると、竜が目撃されたのはセフィリア聖教国より西にあるアルゴス王国という国の田舎町らしい。
ユルグさんが所属する聖教勇者連盟という組織の一員がたまたま訪れていたところにいきなり現れたのだとか。
竜は特に何もすることなく飛び去り、そのままセフィリア聖教国の方へ飛んでいった。その後、セフィリア聖教国でも確認され、隣の大陸へと向かったのだそうだ。
ここ、オルフェス王国に向かっているかどうかはわからないが、万が一竜が訪れることがあったら大変だということもあり、先んじて知らせてくれたらしい。
アリシアはユルグさんの探している恋人と似ているらしいから、心配だったのかもしれない。
「竜か……どんな奴なんだろう」
竜、ドラゴン。私のイメージからするととんでもなく強力な存在で、一体現れるだけで国が滅亡するとかそんなレベルなんだけど、実際のところはどうなんだろうか?
セフィリア聖教国が召喚したという勇者は魔王を倒すほどの能力を持っているらしいけど、その力を使えば竜も倒せたりするのかな?
確かに強大な存在ではあるけど、身近にだってアグニスさんという竜殺しがいる。
人間が結託すれば退けられるような存在なのだろうか。
実際に見てみたいという気持ちはあるけど、それが敵だった場合は命の保証はない。
仮に倒せたとしても、大きな被害が出ることだろう。
そう考えると、ここには来てほしくないかな。
でも何だろう。根拠はないけど、竜はそう危険な存在じゃない気もする。
例えるなら、銃を持っていて人を殺せる状態にあるけど、それを持っているのは知り合いのおじさんだからあまり危険はない、みたいな?
もちろん、私に竜の知り合いがいるはずもないけど、なんとなくそんな気がする。
あれかな、あまりにも途方もない存在だから実感が沸いてないのかな。
「それだけ?」
「ああ。まあ、大したことじゃないと思うが、一応気になったんでな。伝えておいた」
「そっか。ありがとね」
実際に竜が現れる確率は相当低いだろう。
仮に現れたとしても、目的地がここという可能性は低い。
竜が何の目的で現れたのかはわからないけど、何か特別なことでもない限り大丈夫だと思う。
気にはなるけど、ただそれだけ。わざわざ調べることのほどでもないだろう。
私はアリシアにお礼を言い、立ち上がる。
まだ門限には時間があるが、余り遅くなってもサリアが心配するだろう。
会いたい人物には大体会えたし、そろそろ帰ることにする。
「それじゃあ、私はそろそろ失礼しますね」
「はい。またいつでもいらしてください」
「また魔法教えてね」
「私も帰ります。途中まで一緒に行きましょう、ハク」
サクさんとルア君に別れを告げ、アリシアを伴って歩き出す。
アリシアは一応貴族だけど、馬車とかはあまり使わないようだ。
貴族のメンツとか一人娘の安全とか色々問題がありそうだけど、アリシアはあまり気にしていないようなのでいいのかな?
まあ、そのおかげでこうして一緒に歩けるわけだから文句はないんだけど。
「そういえばハク、学園の方はどう?」
「楽しいよ。お友達もできたし」
「ああ、あの侯爵家のね」
春休みにシルヴィアさんに誘われて実家に遊びに行った時、友達も誘っていいと言われたのでアリシアも連れて行った。
だから、アリシアもシルヴィアさん達とは面識がある。
比較的仲は良かったと思うので、アリシアが学園に入学してくればいい友達になれるだろう。
確か、アリシアは10歳だったはず。今年入学してこなかったってことは誕生日はこれからかな?
まあ、アリシアがオルフェス魔法学園に入学するかどうかはわからないけどね。騎士養成学校とかもあるわけだし、そっちに行っても不思議ではない。
でも、出来れば来てほしいな。学園での知り合いは多い方がいい。
「サリアはどう?」
「いい子だよ。ちょっとごたごたもあったけど、今はいい感じ」
「そう、それはよかった」
アリシアはサリアの事情についてある程度知っている。
サリアが被害者を解放するようになった時の当事者だしね。
私がぬいぐるみにされた時には結構怒っていたけど、今ではそこまでの恨みはないみたい。
まあ、実際に被害に遭ったわけではないし、こうして私は無事なわけだしね。
サリアの心境も知っているだけに、僅かに同情すら覚えているかもしれない。
その後も色々と学園のことについて話した後、分かれ道で別れる。
ゆっくりめに歩いていたからすでに日が落ち始めている。結局長居してしまったな。
門番に挨拶して学園に入り、寮へと向かう。
サリアはもう戻っているだろうか。すぐ戻るつもりだったから心配をかけてしまったかもしれない。
そう思って小走りで進んでいたら、寮のエントランスに入ったところでばったり出くわした。
「おお、ハク。お帰り」
「あ、うん、ただいま。遅くなってごめんね?」
「大丈夫だぞ。僕も今帰ったところだから」
サリアは制服姿だった。
サリアの私服は家から持ってきた物がいくつかあるはず。学園内で何かやっていたのかな?
そのまま立ち話というのもあれなのでとりあえず部屋へと向かう。
そろそろ夕食の時間だし、どのみち一度着替えなくてはならないからね。
「ハクはどこ行ってたんだ?」
「ちょっとお姉ちゃんに会いにね。サリアは?」
「僕は訓練室に。たまには魔法使っとかないと鈍るからな」
サリアはよく家で魔法の練習をしていたし、時々ダンジョンに行ったり例の組織がらみで暗躍していたりで割と魔法を使う機会が多かったらしい。
それが学園に入学してからはさっぱりとなった。
まあ、二年になったことで魔法の実践訓練も授業に組み込まれることになるため、その問題は解消されていくと思われるが、魔法を使わないと鈍るというのは何となくわかる。
魔法はイメージが大切だからそのイメージがうまくできなければ魔法は使えない。
そして、スムーズにイメージするためにはやはり何度もやるのが一番早い。
特に、サリアは詠唱短縮を用いているためイメージの重要性は詠唱ありのものより上だった。
部屋でも出来る簡単なものなら私の魔法の研究の傍ら一緒にやっていたけど、たまにはパーッとどでかい攻撃魔法も使っておかないとね。
部屋に辿り着き、それぞれ着替えながらも話し合う。
今更だけど、女の子の裸を見ても動じなくなったなぁと思った。
感想ありがとうございます。