第百八十一話:道場に寄った
「それじゃ、帰りましょうか」
あの後もリリーさんとソニアさんに色々と話を聞き、予想外に長居となってしまった。
ラルス君のこととか、懐かしい話も色々あったので盛り上がってしまった。
二人はしばらく王都に滞在するということなので、また機会があったら会おうということになって解散となった。
お姉ちゃんは今日は依頼を受けるつもりはないらしく、特に依頼を見ることもなく帰宅するようだ。
帰宅と言っても宿屋だけど。
そういえば、お姉ちゃんは家を買わないんだろうか?
ゴーフェンで討伐したギガントゴーレムの資金を使えば家なんて余裕で買えると思うんだけど。
「お姉ちゃん、王都に家を持つ気はないの?」
「今のところはないかなぁ。そういうのはラルド兄が用意するって言ってたしね」
お兄ちゃんは確か、私が死んだと思っていて、生き返らせる方法を探すために別大陸に行ったって話だったよね。
一応、お姉ちゃんが手紙を送ったから私が生きているということはもう知っているはずだけど、何やら立て込んでいるらしくてしばらくは戻ってこれないらしい。
お兄ちゃんは私を生き返らせた後、お姉ちゃんと合わせて三人で暮らすための拠点を用意すると言っていたそうだ。
お姉ちゃんはそのための資金を集めるようにと言われていたようで、だからこそ闘技大会に参加したらしい。
まあ、そういうわけで家についてはお兄ちゃんが何とかするらしいから今のところ家を手に入れる気はないということらしい。
学園にも通っているし、すでにかなりの時間を王都で過ごしているから私にとってはここが居心地がいいって言うのはあるんだけど、まあそういうことなら仕方ないか。
ここにはサリアとかアリシアとか知り合いがいっぱいいるからできればここで暮らしたいとは思うけど、まあ、お兄ちゃんに会うことがあったら言えばいいだろう。
私も早くお兄ちゃんに会いたい。手紙を書けるようになったし、私も送ってみようかな。
「ハクはこのまま学園に帰る?」
「いや、ちょっとサクさんのところに行ってみようかなと」
本当はお姉ちゃんに会ったらそのまま帰ろうと思っていたんだけど、考えてみたら全然挨拶をしていないからそろそろ顔を合わせておいた方がいいだろう。ルア君にも会いたいしね。
「そう。じゃあ気を付けてね」
「うん、またね」
宿の前でお姉ちゃんと別れてサクさんの道場へと向かう。
一時期とはいえ、剣術を学んでいた道場だ。他の弟子達に混ざって剣を振った記憶は今でも新しい。
まあ、序盤は剣を持つことすらできなかったのだけど、それもいい思い出だ。
今の時間ならまだ稽古中だろうか。いや、結構話し込んだせいで時間が経っているから、着く頃にはちょうど終わっているかもしれない。
少しゆっくりめに歩き、静かな通りを進んでいくと、ちょうど道場からぞろぞろと人が出ていくところだった。
予想通り、稽古が終わったところらしい。
先生の数が少ないから稽古中に行くのは少しはばかられたけど、これなら気にする必要はないね。
何人かの弟子からは久しぶりとか元気にしてたとか話しかけられた。
私のことを覚えていてくれているんだね。ちょっと嬉しい。
軽く返しながら道場へと入ると、稽古場で剣の手入れをしている数名の弟子とサクさん達の姿があった。
「こんにちは」
「はい。あ、ハクさん、お久しぶりです」
手入れを中断して私に向き直るサクさん。
最初の頃は頼りない一面もあったけど、今ではすっかり師範の顔になっている。
まあ、父の跡を継いで道場主となったのだからある程度の威厳は付けてもらわなくては困るけどね。
まだまだ若いけど、この調子ならいい感じの渋いおじさんに成長しそうだ。
「今日はどうして?」
「久しぶりに顔を合わせたくなったのと、ルア君の様子を見に」
剣術の稽古はあれから独自に行っている。
と言っても、せいぜい素振りと型稽古くらいだけど。
私の本職は魔術師だからそこまで本格的にはやっていない。最低限、接近された時に身を守れるくらいの力があればいいからね。
サクさんは私の言葉にすぐにルア君を呼びに行ってくれた。
久し振りに会ったルア君は少し背が伸び、サクさんに似てきた気がする。
「ハクさん、こんにちはー」
「こんにちは。魔法の扱いには慣れましたか?」
「うん! 見てて!」
ルア君は得意げに答えて、庭へと出る。そして、設置されている的に向かって火球を放って見せた。
的は私が土魔法で作り出したものだ。
私が道場を去ってからはあまり魔法を教える機会はなかったのだが、私が教えたボール系魔法は完全に使いこなしているらしい。
しかも、それどころか独自に勉強し、詠唱句を用いる普通の魔法も使えるようになってきているらしい。
まだ十代前半のルア君がここまで魔法を使いこなせるのはかなり優秀だ。
そしてもちろん、日々サクさんから鍛えられているから剣も使える。
魔法剣士として十分にやっていけるのでは?
「凄い。ちゃんと使いこなしているんですね」
「頑張って勉強したんだよ!」
褒めてほしそうだったので頭を撫でてあげる。
すでに身長はあちらの方が上なのだが、甘えん坊なことだ。
ただ、魔法を使えると言っても結構差がある。
私が教えたボール系の魔法は威力、精度、共にかなり高いが、他の魔法はそこまででもない。
やはり魔法陣をしっかり理解しているのとそうでないのでは違うのだろうか。
詠唱が間違っているとか魔力が足りないとかの理由もありそうだけど。
まあでも、十分実戦に使えるものだし、この年の男の子が剣の腕と共に身につけているものとしては破格だからいいだろう。
「学園の方はどうですか?」
「まあ、ぼちぼちですかね」
サクさんにもルア君にも私が学園に通っているということは教えてある。
そうじゃないといきなり道場をすっぽかすことになるからね。
完全にすべて、というわけにはいかないだろうけど、ほとんどの技は学ばせてもらったから後はいかに自分を磨き上げられるかということになっている。
まあ、私は剣の道に進む気はないから知識として知っているだけでも十分なんだけどね。多少、緊急時に使えればいいだけだから。
しばらく学園の話や道場の話をして盛り上がる。
道場の方はあれから新弟子も増えて結構盛り立てているらしい。
うまく行っているようなら何よりだ。
「あら、ハクじゃありませんか」
そうやって話していると、ふと背後から声を掛けられた。
振り返ってみると、そこにはプラチナブロンドの美しい髪をたなびかせた幼い顔の少女の姿があった。
「あ、アリシア。いたんだ」
「ええ、着替えていたの。ハクはどうして?」
「ちょっとサクさん達に会いに」
自然な動作で私の隣に座ってくるアリシア。
なんだかんだでアリシアとも久し振りな気がする。
いや、そうでもないか。シルヴィアさん達の家に行くとき一緒に行ってたしね。
「そう、私に会いに来てくれたわけじゃないのね」
「まあ、アリシアとは休み中にたくさん会ってたし」
帰ってきてからまだ一週間ちょっとしか経っていない。
そりゃあ、友達だから他の人よりは会いたいと思うけど、学園にも休みはあるし、その時でいいかなと思っていた。決して忘れていたわけではない。
「ふふ、冗談よ」
「その割には目が笑ってないけど」
「気のせいよ? まあ、そんなことより、少し話しておきたいことがあるんだけど……」
そう言って私の耳元に顔を近づけてくる。
アリシアは中身は男だけど、見た目はかなりの美人だから少しどきりとする。
幸い、無表情のおかげでそういった心情が悟られることはなかったが。
私だけに聞こえるように小さな声でアリシアが囁く。
「ユルグから手紙をもらったんだが、どうやら竜が現れたらしい」
本来の喋り方でもたらされたのはそんな寝耳に水の情報だった。
誤字報告ありがとうございます。