第百八十話:刻印魔法を施した武器
「あ、そうだ、手紙を預かっているわよ」
思い出したようにポーチに手を伸ばしたリリーさんは、中から一通の手紙を取り出した。
私に手紙? 誰からだろう。
受け取ってみるが、差出人の名前はない。手紙の中に書いてあるのかな。
私は手紙を開く。すると、そこにはつたない文字で文が綴られていた。
「これは……」
文字の読み書きに関しては学園に通い始めたこともあり結構できるようになってきていた。
だから、ある程度はお姉ちゃんの助けがなくても読むことが出来る。
手紙の差出人はどうやらラルス君のようだった。
「本当は私達についてきたかったらしいんだけど、他の仲間を置いていくわけにはいかないって残っていたわ」
「みんな元気にしているから安心してくれって言ってましたよ」
手紙には最近の生活についてが書かれていた。
ラルス君はどうやら討伐依頼に手を出したらしい。
あれだけ渋っていたのにどうしたんだろう。
あれかな、以前剣を買ってあげたから、それで自信を付けたのかな?
狩れるのはホーンラビットやゴブリンと言った低級魔物ばかりらしいけど、それでもまったく狩れなかった頃と比べたら大躍進だ。
おかげで収入も増え、仲間にまともな食事を食べさせることが出来ると喜んでいるようだった。そして、武器を与えてくれたお礼の言葉が書かれている。
なんとなく放っておけなかっただけなんだけど、ちゃんと自分の力で生きていけるようになったのなら何よりだ。
「ありがとうございます。返事を送らないと」
ラルス君は冒険者だし、カラバの町を拠点にしているからカラバの町の冒険者ギルド宛に手紙を送ればちゃんと渡してくれるはず。
手紙なんて書いたことないからまずは紙を買わないとだけど、そのくらいならすぐに手に入る。
とりあえず、私は元気でやっているってことを伝えないとね。
「ところで、ハクちゃんは今日は私服みたいだけど、ギルドに何しに来たの?」
冒険者は身を守るために基本的に防具を付けている。
魔術師の中には身軽になるために鎧ではなくローブを着ている人もいるけれど、今の私の格好はただのワンピース姿だ。とてもじゃないけど依頼を受ける格好ではない。
まあ、最初の頃はボロボロの服を着て仕事していたわけだけど、一応途中からちゃんとした服を買ってたしね。
本当はズボンの方が落ち着くんだけど、すぐに戻るつもりだし、せっかく持っているんだから着ないと服が可哀そうだからと着てきた。
私が買ったんじゃないんだけどね、これ。お姉ちゃんが買った奴だ。だから私の趣味ではない。
「お姉ちゃんを探しに来たんだけど、見つからなくて」
「あれ、合流したんじゃなかったの?」
「今は学園の寮にいますから。お姉ちゃんとは別々に暮らしてるんです」
お姉ちゃんが王都に家を持っているならそこから通うというのもありだったんだけどね。
流石にずっと宿の料金を払うくらいなら寮に入った方が得だし、仕方がない。
それにしてもお姉ちゃんどこ行ったんだろう。まさかもう新たに依頼を受けて旅立ったとかじゃないよね?
「お姉ちゃんがどこに行ったか知りませんか?」
「それならさっきギルドマスターが……」
「あれ、ハクじゃない。どうしたの?」
話していると、後ろから声を掛けられる。
振り返ると、そこにはお姉ちゃんの姿があった。
「お姉ちゃん、探したよ」
「そうなの? ごめんね。ちょっとギルドマスターに呼ばれてて」
そう言って私の頭を撫でてくれる。
うぅ、こういう時の私の対処をお姉ちゃんはわかっている。
まあ、散々探させられたというわけでもないし、仮にそうだったとしても怒る理由にはならないけどね。
戻ってきてから会っていないから顔を出したかっただけだし。
「どうしたの?」
「学園の授業が決まったから報告しようと思って」
「へぇ、何を受けたの?」
「錬金術と刻印魔法っていう奴」
「刻印魔法?」
私とお姉ちゃんの話にリリーさんが割って入る。
刻印魔法は武器や防具に刻印を施して疑似的に魔法を付与するというものだ。
武器や防具以外にも使われることもあるが、多くはそれに使われている。
つまり、刻印師が相手にするのは冒険者や騎士ということだ。
騎士ならば国や領主が自軍の強化のために依頼することが多く、冒険者ならば中堅以上の金に余裕がある冒険者がたまに利用するくらい。
リリーさんはBランク冒険者ではあるけど、ほとんどカラバの町から出たことはないという。
ならば、刻印魔法について知らなくても無理はないか。
逆にお姉ちゃんは知っているらしい。
「ああ、こういうのだよ」
お姉ちゃんが持っている双剣の一本を見せてくれる。
剣の柄近くに見たことのある魔法陣が刻まれていた。
なるほど、実際に依頼したことがあるから知っていたわけか。
お姉ちゃんが軽く効果について説明すると、リリーさんは凄く興味深そうに聞いていた。
まあ、刻印が施されたいわゆる魔法の武器は冒険者としてのステータスでもあるらしいし、実力ある冒険者なら欲しがるのも当然だよね。
「でも、刻印師はちゃんと選んだ方がいいよ。信用できる人じゃないといい加減な仕事をされるかもしれないからね」
刻印はかなり繊細な技術を要する。
例えば魔法を使う時に多少魔法陣が歪んでいたとしても、最低限の定義さえしっかりしていれば魔法は発動する。その時は出力が低かったり狙いがそれたり何かしらの不具合が発生する。
次からはそれらを学習して修正し、元の形に慣らしていけば次第に魔法は安定してくる。
だけど刻印魔法は違う。
一度刻印してしまえばあとからそれを修正するのはかなり難しい。刻印が歪んでいて無理な魔法になっていたら魔力効率だって悪くなるし、負荷がかかって武器に悪影響を与える可能性もある。
大事な時に魔法が発動しなかったり剣が折れてしまったりしては大変だろう。だから、もし刻印を施すなら信用している場所に頼まなくてはならない。
国に保護されるような貴重な職業とは言ってもやはり技術の差というものはある。その職人にとって最善の仕事だとしても刻印が歪んでいる時もあるだろう。
だから、ある程度高くても信用できる場所に頼むのが良いのだ。
「それに、一度刻印したら武器を替えづらくなるから、刻印するならこれからも一生使うって言うつもりの武器じゃないとだめだよ」
エンチャント系の魔法と違って刻印魔法は替えが利かない。
後から新しい武器を買ったからそれに付け替えるということはできないのだ。
新たに刻印するにしても刻印師への依頼料は結構高い。そう気軽にというわけにもいかない。
だから、刻印する武器は慎重に選ぶ必要がある。
ちなみにお姉ちゃんの武器はゴーフェンの職人さんに作ってもらった代物らしい。
かなり切れ味がよく、魔法の伝導率もよいミスリルが使われているらしい。刻印魔法なしの時も活躍してくれていたようで、今でもお姉ちゃんの相棒なのだとか。
「なかなか難しそうね……」
「その気があるなら紹介してあげようか?」
「ほ、ほんとですか!?」
「うん。あなたが相棒と言える武器に出会えているのなら」
リリーさんはちらりと自分の剣を見る。
軽さを重視しているのかレイピアのように細い剣。ともすればすぐに折れてしまいそうだけど、リリーさんはそこまで節穴じゃない。きっと必死に選び抜いて買ったのだろう。
もちろん、鍛冶屋に行って自分に合わせたオーダーメイドの品と比べたら少し劣るかもしれないが、十分信頼に足る剣なのではないだろうか。
「……少し、考えてみます。もしその時が来たら、お願いできますか?」
「ええ、もちろん」
即答することはせず、話を持ち帰ることにしたようだ。
まあ、そう焦ることではない。たとえ刻印魔法がなくてもいい剣は切れ味もいいだろうし、折れにくいだろう。よほど無茶な使い方をしなければ十分戦えるはずだ。
いくら刻印魔法がステータスとは言っても実力が伴わないうちにそれを手にしてそれに慣れてしまっては普通の武器を使えなくなってしまう。
自分が刻印魔法の魔法武器を使うに足る実力があるのか、相棒と呼べるような武器なのか、それらをしっかり吟味することは大切だ。
もし行くことがあれば私も連れて行ってもらおう。調べてもよくわからなかったから、興味があるんだよね。
お姉ちゃんに真面目な顔で頭を下げているリリーさんを見ながらそんなことを思っていた。
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