第百七十七話:目隠れ少年
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「こんにちは」
「ひゃあ!?」
ごく自然に話しかけたつもりだったが、どうやら驚かせてしまったようだ。
驚いた拍子に腕が当たってしまったのか、ごとりと鞄が机から落ちる。
結構重い音がしたな。何が入っているんだろう。
「あ、ごめんなさい。大丈夫?」
鞄を拾いながら声をかけると、サルサーク君は怯えた様に鞄を受け取りながら数歩下がる。
何をそんなに怯えているんだろう。私何かしたかな?
急に話しかけたからびっくりしているだけかな。
「な、なんですか?」
「いや、少しお話しようと思って」
私はあらためてサルサーク君の顔を見る。
薄い紫髪の小柄な顔。前髪が長く、目元は完全に隠れてしまっている。
男の子の割には結構甲高い声で、男子の制服を着ていなければ女性と見間違えるかもしれない。
おどおどしている姿が少し庇護欲を誘う。
草食系男子ってところだろうか。
「ぼ、僕とお話、ですか?」
「うん、ダメですか?」
「い、いいですけど……僕、平民だし……」
凄い自信なさそうに尻すぼみになっていく声。
平民だというけど、私だって平民だ。仮に私が貴族だったとしても、平民だからと話すのを拒んだりはしない。
どうやらサルサーク君は自分が平民だということで自分を過小評価しているようだ。
まあ確かに、この学園は貴族が多く通う学園だからね。
でも、学園に通えるということは文字の読み書きができるということだし、魔法の素養もあるのだからFクラスだとはいえ誇ってもいいと思うけど。
「大丈夫、私も平民ですから」
「そう、なんですか?」
「ええ」
「でも、Bクラス、なんですよね……?」
「そうですけど」
自動的にサリアと同じクラスになることが決定しているとはいえ、今回の結果は私の実力に基づいたものだ。
いくら保証されているとはいってもそこは妥協しない。
せっかく学園に入れたのだから楽しまなくては損だし、保証されているからと言ってだらけていては勉強についていけなくなるかもしれない。
だから、私はこのクラスにいることを誇りに思っている。
だけど、どうやら私の特別措置について言っているわけではないらしい。
「平民がBクラスになれるなんて……」
この学園には基本的には貴族が通っているが、中には平民もいる。
だけど、平民は基本的な知識が足りない場合が多く、一年の時は多くがFクラスに置かれるのだという。
そこから徐々に知識を身に着け昇格していくことで上のクラスへ行く、というのが理想なのだが、大抵の場合はいけてもCクラス止まりなのだとか。
それに、二年生の時点で昇格できる平民はかなり少なく、この時点でBクラスにいるということは貴族であると言っても過言ではないらしい。
ああ、だから私のことも貴族だと思って緊張していたわけか。
一応、学園内では貴族や平民などの身分の差はなく、すべて平等に一生徒として扱われるが、実際は身分の差は存在してしまっている。
学園内では守られるが、学園の外までは届かない。学園で下手に貴族の不興を買ってしまい、卒業と同時に報復される、なんてことも普通にあるらしい。
だから、学園での平民の地位はかなり低い。怯えるのも当然か。
「私の場合は少し特殊ですから、あまり気にしない方がいいですよ」
「……サリアさんがいるからですよね」
「まあ、そうですけど、知っているんですか?」
私がサリアと一緒のクラスになるというのは学園側の秘密裏の采配であって、一般の生徒には知られていない。
だから、そのことではないと思っていたんだけど、サリアのことについては何か知っているようだ。
「ええ、はい。サリアさんとハクさんの関係は有名ですから」
私とサリアについては学園内では様々な噂が流れている。
私がサリアを命がけで守ったとか、貴族の圧力に負けずにあらがっただとか。
おかげで私とサリアは固い絆で結ばれた親友同士であるとか恋人同士であるとか言われている。
まあ、学園ではほとんど一緒にいるし、言われていることはほとんど事実なんだけども。
でも恋人ではない。なぜかみんなそこを強調するけどサリアと私はあくまで親友だ。
そりゃまあ、そういうことに興味がないわけではないけれど……。
い、いや、サリアに欲情することはない。うん、ないったらない。
「一緒にいるためにBクラスにまで上り詰めるなんて凄いです。僕にはとても……」
どうやらサルサーク君は私がサリアと一緒になるために猛勉強してどうにか一緒のクラスになることが出来たと思っているらしい。
まあ、あながち間違いでもない。一緒にいたかったのは本当だしね。
私がずるをしたと思っているわけではなさそうなので少し安心した。
「でも、サルサーク君には刻印魔法って言う特技があるじゃないですか」
さっきの金属片はすでにアンジェリカ先生が回収してしまったけど、あの魔法陣は見事なものだった。
正直、あれだけできるのならばそっち方面に進んだ方が何倍もよさそうだけど、なんでこの学園に来たんだろう?
まあ、確かに魔法が使えるならそれに越したことはないし、この学園は箔付けの意味もあるからそのためかもしれないけど。
むしろ、刻印師なんて滅多に転がっていないだろうし、それらに弟子入りするよりはちゃんと基礎も学べる学園の方がいいのかな?
「でも、それ以外はからっきしです。魔法も、全然使えないし……」
魔法が使えないのは仕方がないんじゃないかな?
Fクラスがどんな授業をしているのかは知らないけど、二年に上がったばかりで魔法を使える人なんてAクラスとかの一握りだ。
まだ四年もあるんだし、そこまで焦る必要はないと思う。
でも、サルサーク君はそうは思っていないようだ。
「僕、魔術師になることを期待されているんです……」
話によると、サルサーク君の親は商人で、王都を中心に活動する結構大きな商会の会頭らしい。
商人は算術や操車、相場の知識なども大切だが、それと同じくらい大事なのが自衛の手段だ。
王都周辺ではまだ少ない方ではあるが、少し離れれば盗賊や魔物が湧く地域も多い。
盗賊ならば積み荷を手放せば命は助かる場合が多いが、魔物はそうはいかない。
最悪馬車ごと手放さなくてはならないし、そうなれば大損害となる。
一度や二度の失敗ならまだ取り返せるかもしれないが、より販路を広げるためにはそういった魔物が多く住む地域にもいかなくてはならない時がある。
そんな時に自衛の手段の一つでもなければあっという間に素寒貧、悪ければ死だ。
魔術師になれば自衛の手段にもなるし、商人として挫折してもまだ冒険者という道がある。うまくすれば腕を買われて騎士団の魔術師にもなれるかもしれない。
だから、優秀な魔術師を何人も輩出しているこのオルフェス魔法学園に高いお金を払ってサルサーク君を入学させたのだとか。
まあ、言いたいことはわかる。自衛の手段があれば護衛を雇う必要もなくなるし、いざという時に便利だ。
大商会の会頭としては自分の息子に後を継がせたいだろうし、自分が味わった苦労を味わわせたくなくて子供に魔法の教育をするのは間違いではないと思う。
でも、それはサルサーク君が商人になることが前提だ。
ここまでの技術を持っているなら商人より刻印師になった方が収入も安定しているだろうし、より稼げるように思える。
なによりあの熱意、サルサーク君自身も刻印師になることを望んでいるように思えるんだけどな。
「刻印師にはならないの?」
「なりたいですけど、僕の他に後継ぎもいませんから」
なるほど、商会を潰したくないと。
自分の道を進みたいけど、でも親の厚意も無下にしたくない。難しいところだね。
「まあ、まだ二年だし、そこまで深刻に考えなくても大丈夫じゃないでしょうか?」
「そうでしょうか……」
「はい。これから魔法の授業もたくさんありますし、そこで学んでいければ」
「だといいですが……」
気休め程度ではあるが、少しは安心できただろうか。
まだ二年も始まったばかり。たとえ才能がなかったとしても、六年も学べば魔法の一つや二つ使えるようになるだろう。
先生も優秀だし、そこまで思いつめる必要はないはずだ。
私の言葉に自信なさげにうなずくサルサーク君。
力になってあげたいけど、こればかりはどうしようもない。せいぜい、詰まった時に勉強を教えてあげるくらいだろう。
でも、クラスが違うからそれも難しいか。
なんとか自力で這い上がってもらいたいところだね。
感想ありがとうございます。