第百七十六話:刻印の実践
「刻印するのはこの魔法陣よ。刻印魔法では一般的な強度強化の魔法ね」
アンジェリカ先生はすでに刻印が施されている金属片を取り出す。
強度強化魔法、あるいは単純に強化魔法と呼ぶこともあるが、分類としてはエンチャント系の魔法となる。
魔法は基本的に魔力で火や水を作り出し、それを使って攻撃を仕掛けるが、エンチャント系の魔法は物体に属性を付与することで魔法の効果を得るという形になる。
一度付与すれば一定時間が経過するまで効力を発揮し続けるために魔力効率が良いが、弓などの遠距離武器の例外を除いて遠距離攻撃ができなくなるというデメリットもある。また、魔力消費量だけで言えば初級魔法ほどだが、うまく付与させるのは難しく、分類的には中級魔法となっている。
補助役としては優秀な魔法ではあるが、一人で戦う場合にはエンチャント系を使うよりは別の中級魔法を使った方が火力があるため、使い手はなかなかいないらしい。
確かに、パーティにいれば重宝されるのに間違いはないだろうが、分断されたりして一人になった時に戦えないのでは不安だろう。
エンチャント系も他の攻撃系の魔法も両方覚えられればベストなんだろうけど、そんな簡単にはいかないらしい。
まあ、私は使えるんだけどね。
当初、アリアからエンチャント系の魔法の存在は聞いていたが、身を守るならばそれよりも別の魔法を学んだ方がいいと言われて手を付けていなかった。
だけど、魔法陣の暗記によって安定して魔法を放てるようになり、色々な魔法に手を出すようになった。
エンチャント系の魔法もその過程で覚えたのだ。
私は基本的に一人で戦うことが多いし、武器も使わないからエンチャント系の魔法は宝の持ち腐れではあったんだけど、別に武器でなくても服とかにも付与することはできる。
服に強化魔法を施せば下手な鎧よりも強固になるし、身体強化魔法のおかげで先読みできるとは言え、保険を掛けておくのに越したことはない。
だから、学園で授業を聞いていた時に常時発動魔法を応用して常に強化魔法をかけて置けば不意打ちにも強くなれるのではないかと思って今では実践している。
元々一度かければ一定時間は効力を発揮してくれるものだし、常時発動にしてもそこまで魔力は喰わなかった。
今までは身体強化魔法で瞬間的な防御をしていたけど、これでそこに回す魔力を気にしなくて済む。
まあ、とは言っても付与された物体の限界強度はあるから服が多少硬くなったところである程度強力な攻撃がきたら破れてしまうから過信は禁物なんだけどね。
それはさておき。
私はアンジェリカ先生が取り出した金属片を見る。
そこには黒く焼き付けられた魔法陣が刻まれていた。
確かに強化の魔法陣だ。ただ、少し無駄が多い。
強化に必要なのは物体を覆えるだけの大きさと魔力を物体に浸透させるための精密さが必要だ。
だから、ある程度魔法陣が複雑になるのは仕方がない。でも、この辺りとかここと重複しているし、こっちは逆にこっちの文字を打ち消してしまっている。
まあ、魔法陣はイメージの具現でもあるから同じ強化魔法でも多少形が変わるのはわかるんだけど、私だったらもう少し簡略化したものを作れそうな気がする。
でもまあ、この形が刻印魔法にとって最適な形なのかもしれないし、今回は下手に改変するのはやめておこう。
暴発はしないとは言っていたけど、予想外のことが起こられても困る。
「結構、難しいですわね……」
「あちっ! ハクさん、熱いですから気を付けてくださいませ」
シルヴィアさん達は見本を見ながら金属片にこてを近づけて魔法陣を描いている。
サルサーク君は流石というか、一言もしゃべらずに一心不乱に描き続けていた。
離れているからよく見えないけど、知識だけじゃなく実践もいけそうな感じだ。
意外だったのはサリアで、すらすらと金属片に魔法陣を描いている。
この金属片、手のひらほどの大きさがあるけど、そこに魔法陣を書くとなると結構細かな作業になってくる。
なんでも、武器や防具に描く規格がちょうどこのくらいの大きさらしいのだが、だとしたら刻印師は相当手先が器用だ。
私は何度も何度も魔法陣を描いて勉強してきたこともあって思ったよりは描きやすいが、初心者には相当厳しいだろう。
結局、時間内に描き終わったのは私とサリア、そしてサルサーク君の三人。シルヴィアさんとアーシェさんは半分も描けずに終了した。
「へぇ、三人も描き終わったのね。初めてでそれだけできれば優秀な方ね」
アンジェリカ先生が私達が描いた金属片を回収してまじまじと見ている。
「でも、サリアはちょっと雑すぎね。破綻とまではいかないけど、これじゃ十分な効果は発揮できないわ」
アンジェリカ先生の評価が下る。
確かに、サリアの魔法陣を見る限りでは線と線が繋がっていなかったり文字同士が繋がっていたりして別の意味になってしまっているところも多々あった。
描くのは早いけど、サリアには細部までこだわる熱意が足りなかったらしい。
「ハクは丁寧だけどちょっと文字が寄りすぎているわ。スペースは十分にあるのだから、もっと余裕をもって描いた方がいいわね」
私は魔法陣を簡略化する際にできるだけスペースを確保しようと文字をぎりぎりまで寄せて描くようにしている。
その時の癖が出てしまったようだ。
意味的には問題ないはずだし多分性能には影響しないはずだけど、見栄えはあんまりよくないかもね。
「サルサークは素晴らしいわ。仕事が丁寧だし、焼きムラもなくて綺麗。いい腕してるわね」
アンジェリカ先生がサルサーク君の描いた魔法陣を見せてくれる。
はっきりと黒く焼き付けられた魔法陣は見本のものと比べても遜色ないほど綺麗だった。
性能面でも見栄えの面でも十分に合格点だろう。
「あ、ありがとうございます……」
「これほど才能があるなら刻印師として働けるわね。もし卒業する時にその道を選ぶなら私に言いなさい。推薦状を書いてあげるわ」
「ほ、ほんとですか!?」
「ええ。ここまでの物を見せてくれたんですもの。その代わり、本授業も受けてくれると嬉しいわ」
「はい、もちろん!」
立ち上がりながら心底嬉しそうに返事をするサルサーク君。
刻印師は国で保護されるほどの貴重な人材らしいし、平民から刻印師になれれば大出世だろう。
今日初めて会ったばかりだけど、新たな道が開けたなら何よりだ。素直に祝福しておこう。
「さて、今日の授業はこれで終わりだ。こてはこっちの箱に入れておいてね。それじゃあ、本授業でも会えることを楽しみにしているわ」
そう言って授業が終わる。
本当は金属片が欲しかったけど、まあ仕方ないか。
プロテクトがされているとはいえ、下手に持ち帰らせて変な風に魔法が発動したら困るだろうし。
でも、意外に面白かった。
というか、魔法陣が重要な授業という点だけでも興味が沸く話題だ。
なにせ、一年では魔法陣は魔法の発動を予感させてしまう邪魔なものって言う風に教えられてきたから。
魔法陣そのものを重要視する先生はほとんどいなかったし、魔法に必要なものではあるけど、出来ればなくしたいものって言う認識が強かった。
それがこのような形とはいえ日の目を見ることになるのは喜ばしい。
機会があったら刻印できる魔法陣を色々考えてみようかな?
理論上はエンチャント系以外でもいけるだろうし。というか、剣に炎を纏わせるとかはエンチャント系ではないよね? 多分。
シルヴィアさん達はあまり乗り気ではなさそうだったけど、悪いけど私は受けるよ。
そうなると、サルサーク君とも仲良くなっておいた方がいいかな? 同じ授業を受ける数少ない仲間だしね。
私は席を立ち、帰る準備をしているサルサーク君に声をかけた。
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