第二十話:服を買いに行く
ギルドを後にし、宿へと帰宅する。ギルドから宿までの道もすっかり歩き慣れたものだ。
食事とお風呂を済ませて部屋に戻ると、アリアが姿を現す。
「今日もお疲れ様」
「お疲れ様。ポーション売れてよかったよ」
リュークさんのお墨付きをいただいていたとはいえ自分で作ったものが売れるっていいよね。
でも、こういうのって普通専門の免許とかそういうのが必要になるんじゃないのかな? それとも、あのマスターが特殊なだけなのかな。
あのマスター、寡黙でかっこいいんだけど今一何考えてるかわからないんだよね。でも、初めから子供扱いしなかったのは高評価です。
「もう冒険者止めて薬師にでもなったら?」
「それは……うーん、流石にまだ研究不足かな」
いくら前世は薬関係の仕事に就いてたとはいえ、低位回復ポーション作れたくらいで薬師になろうなんて考えたら本職の人に失礼だろう。
低位の回復ポーションなんて基礎中の基礎だろうし、その程度で職変える気はありません。
上位ポーションが作れるくらいになったら考えてもいいかなぁとは思うけどね。
「それより前から気になってたんだけどさ」
「んー?」
「アリアっていつも魔物に気付くの早いよね。何か気を感じるとかあるの?」
今までアリアが魔物を発見できなかったことはない。それこそ、奇襲すら見破って位置を正確に把握できる。
探知魔法を使えば私もある程度は把握できるけど、常にわかるわけではないし、あんな風にぱっと気付けるのは何か秘密があるのだろうかと思っていたのだ。
アリアは何だそんなことかという感じで私の目の前まで来ると、不意に指を振った。すると、目の前に魔法陣が現れる。
見たところ、探知魔法の魔法陣のようだけど、隠蔽の魔法もかかってる? どういうことだろう。
「簡単なことだよ。常に探知魔法を発動させてるだけ」
「常にって、そんなこと出来るの?」
「出来る出来る。というか、ハクもやってたよね? 身体強化魔法で」
ポーション用の小瓶を作る時に思ったよりも重労働となるので身体強化魔法を使って筋力の底上げを図ったことは確かにある。けど、あれは身体強化魔法が特殊なだけであって普通の魔法では使えないものだと思っていたのだけど。
「他の魔法でもやろうと思えば出来るよ。もちろん、使っている間はずっと魔力を消費し続けることになるけどね」
「そんなことしたら疲れない?」
「そうでもないよ? 消費が少ない魔法なら常時発動してても微々たる量だし、探知魔法程度だったら物の数に入らないよ」
なるほど、それがすぐに魔物を見つけられた絡繰りか。
確かに、言われてみればそうだよね。身体強化魔法がこういう形だからこういうものかと思っていたけど、それが別の魔法に応用できないとは言ってないもんね。盲点だった。
でも、ずっと魔法を発動し続けるということは常に魔法陣が出現しているということだ。そんなことになれば邪魔に……いや、そのための隠蔽か!
「気づいたみたいだね。魔法陣に隠蔽の魔法を使えば魔法陣自体を見えなくすることが出来るんだよ。流石に常時目の前に魔法陣あったら鬱陶しいからね」
「なるほど……それを応用すれば魔法の発動を隠蔽できるかもしれないね」
「あ、そっか。そう言うこともできるね。流石ハク、目の付け所が違うね」
魔法の発動の際には必ず魔法陣が発生する。それはこれから魔法を発動させるぞと周囲に知らしめるようなものだ。いくらコンマ数秒のこととはいえ、それは魔術師にとって隙になる。
それを隠蔽できるとなると、呪文も魔法陣もなしにいきなり魔法が飛んでくるように見せかけることが出来る。
常時魔法を発動するというのも魅力的だ。探知魔法が便利なのはもちろん、ボール系魔法を維持できれば設置型の機雷のような使い方ができるし、ウェポン系魔法に使えば簡易的な武器にすることもできる。
魔力消費に関しても二重魔法陣を用いればかなりの魔法が適応できるのではないだろうか?
あ、これは研究しがいがあるやつだ。めっちゃ試してみたい。
「先に言っておくけど、夜更かしはダメだからね?」
「うっ! 今日だけでも、ダメ?」
「だーめ。ほら、さっさと寝た寝た」
ポーション作りもまだ途中だというのにやりたいことが増えてしまった。うぅ、仕方ない。少しずつ切り崩していくとしよう。
アリアに促され、渋々布団に入ったが、気になりすぎてなかなか眠ることが出来なかった。
結局寝たのはかなり遅くになってからで、おかげで少し寝過ごしてしまった。
遅めの食事を取り、予定通りに街へと向かう。
とりあえず、まずは服を買いに行こうか。見た目は大事。今まで全然気にしてなかったけど。正直着れれば何でもいいとか思ってるしね。センスなんてない。
街の中心部へと向かうと、賑わいがより強くなった。多くの人々が行きかい、とても活気に溢れている。
体が小さいから時折蹴飛ばされそうにもなるけど、何とか避けつつ店を探す。
とは言っても、この街について何も知らないんだよね。
適当に歩いてるだけでも露店は結構な数があるけど、そのほとんどは食べ物屋だ。美味しそうな匂いに誘われて思わず肉串を買ってしまった。
あ、これ結構おいしい。やっぱり肉っていいよね。
それはさておき、服やら敷物が全然見当たらない。この辺ではないのだろうか? うーん、誰かに聞いてみるか。
きょろきょろと辺りを見回し、適当に良さそうな人を探す。すると、視界の端に見慣れた服装の男性を見つけた。
「あ、ロニールさん」
「うん? ああ、ハクちゃんじゃないか。どうだい? 冒険者生活には慣れたかい?」
「はい、お陰様で」
いつもの行商人スタイルで食べているのはどうやら蒸かし芋のようだ。出来立てと思われるそれは湯気が立っている。
数日間はいるとは言ってたけどまだいるとは。もう行ってしまったと思っていたけど。
「今日は買い物かい?」
「はい。今は服を買おうと思って」
「ああ、確かにその格好じゃ町は歩きづらいかもね。よし、そういうことなら手伝おうか」
「えっ?」
「知り合いが服飾店を営んでいてね。そこならハクちゃんが着たい服もきっと作ってくれるはずさ」
ウインクで返すロニールさんに思わず感嘆の吐息が漏れた。
いや、服は着られればなんでもいいんだけど、渡りに船とはこのことだ。
ロニールさんに頼りすぎるのはよくないとは思うけど、この場合はせっかく紹介してもらえるのだし乗っておくのがいいだろう。
善は急げとばかりにさっさと蒸かし芋を食べ終え、早速案内してくれるロニールさんの後に続いて大通りを歩く。人混みが多くて何度か見失いかけたが、そのたびに待ってくれる紳士なロニールさんだった。
大通りを出て少し進むと少し静かな道に出る。そこには様々な看板をぶら下げる店が立ち並び、ここが商業区であることがわかる。
「表の露店ばかりに目が行きがちだけど、ここの売りはこの商業区にこそあるからね。どの店も選りすぐりの品ばかり扱う店だから、期待してていいよ」
多くの店が連なる中、一軒の店に入るとカランカランというベルの音が鳴り響いた。
中は落ち着いた雰囲気の内装だった。棚にはいくつもの綺麗な布が収められ、鮮やかな色彩を放っている。硝子張りの店先に並べられているマネキンには貴族用だろうか、豪奢な飾りや刺繍が施されたドレスが数着飾られている。
「いらっしゃい。あら、ロニールさん、お久しぶりです」
「こんにちは、マリーさん。ご無沙汰しております」
カウンターから出てきたのは妙齢の女性だった。腰まであるような金髪で、青のドレスを身に纏い、優雅な佇まいでロニールさんと握手を交わしている。
どうやら知り合いのようだ。店の雰囲気に負けず劣らず、綺麗な人だと思う。というかちょっと好みかもしれない。
うーん、私は一応女の子のはずなんだけどなぁ。今のところ男性にはあんまり魅力を感じないんだよね。むしろ女性の方が好き。これも前世の記憶の影響だろうか。
「こちらは?」
「ああ、彼女はハクちゃん。街道で拾った子だよ。ハクちゃん、こちらはマリーさん、この服飾店の主だよ」
「初めまして、ハクちゃん」
「は、初めまして」
にっこり微笑むその姿、とても素敵です……!
って、いけないいけない。私は女の子、私は女の子……いや、別に女の子が女性を好きでもよくない? うん、何も問題ないね!
花も咲くような可憐な姿に思わず鼓動が早くなる。静まれ、静まれ私の心臓……!
「マリーさん、ハクちゃんに似合う服を選んで欲しいのだけど、いいかな?」
「もちろんです。ふふ、こんなに可愛いんだもの、お洒落しなくっちゃね」
「あ、えと、その、冒険者なので動きやすいと、いいです……」
マリーさんに着せ替え人形されるならそれはそれで体験してみたいけど、冒険者が可愛いだけの服着てたら色んな人に怒られそう。それに、毎回森に行ってるから汚したくないような服は使いにくいしね。
「まあ、こんなに小さいのに冒険者に? 訳アリかしら」
「そ、そんなところです」
「可哀そうに。何か困ったことがあったらいつでも私を頼っていいからね?」
「は、はい……」
そっと抱きしめて頭を撫でてくれる。ああ、ここが天国か。
アリアが呆れているような気配がするけど気にしない気にしない。こうして女性になでなでされるのなんてもう二度と経験できないと思っていたんだから、少しくらい甘えても許されるでしょ。
「それじゃあ、採寸しましょうか。ロニールさんはそちらの椅子でお待ちを」
「わかりました。ハクちゃん、行っておいで」
「わかりました……」
マリーさんに導かれるままに店の奥へと向かった。