表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/1477

第二話:小さな妖精

 どれほどの時間が経っただろう。あれから何度となく覚醒しては気絶するというサイクルを繰り返している。腕の痛みは次第に引いていったが、折れていると思われる足はもちろんの事、体中の至る所が痛い。頭痛もさらに激しさを増し、わずかな覚醒の時間もぼーっとしていることが多くなってきた。

 怪我の治療もまだまだやらなければならないし、食料の調達もやらなければならないというのに体がついてこない。やはりここで死んでしまうのだろうか。そんなことを考えて、再び意識を手放した。




 もう次の覚醒はないのではと思っていた。しかし、頬に当たる柔らかな感触によって再び目を覚ますことになった。

 薄っすらと瞼を開くと、何やら人の姿が見える。ああ、ついに迎えが来たのだろうか。天使か死神かは知らないが、ようやくこの痛みからも解放されることだろう。

 そう思って目を閉じ待っていたのだが、どうにも反応がない。てっきりこのまま運ばれてしまうのかと思っていたが、あろうことかその人物は私に話しかけてきた。


「ねぇ、大丈夫? 生きてる?」


「……ん?」


 閉じていた目を再び開き、ぼやける視界で何とか焦点を合わせてみてみる。そうして捉えた人物はあまりにも小さかった。

 手の平に乗るくらい小さな身体。若草色の髪にあどけなさは残るが整った顔立ち。背中からは薄く、透明な羽が生えている。ワンピースのようなひらひらとした服を纏ったその人物は人の姿をしているものの、明らかに人ではなかった。


「こんなところに人間がいるなんて珍しいね。迷子か何か?」


「……妖精?」


 私が見ているのが幻覚でなければ、その人物は妖精と呼ぶにふさわしいだろう。サファイアのようなキラキラとした瞳を瞬かせながら私の顔を覗き込んでくるその妖精は、御伽噺で描かれているような見た目そのままであった。

 思わず目をぱちくりとさせて何度も見直す。この世界に妖精は確かに存在するが、滅多に見かけるものではない。魔法の扱いに長けており、特に隠密系の魔法に関しては右に出る者はいない。元々身体が小さく見つけにくい上、たとえ見かけることがあったとしても素早く逃げてしまう。

 だから、こうしてまじまじと妖精を見る機会などないのだ。


「ああ、よかった。喋れはするみたいだね」


「どうして……」


 通常なら一生に一度会うか会わないかというくらい希少な存在を前に困惑を隠せない。妖精は森の奥深くや洞窟に住んでいるという話は聞いたことがあるけど、臆病なはずの妖精が人間に見つかってなお逃げないというのは聞いたことがない。

 頭がぼーっとする。これはもしや、夢なのではないだろうか? 実はまだ気絶していて、夢を見ている。そう考えた方が説得力がある気がする。

 ……なんだ、夢か。

 夢だと気づけば何のことはない。夢とはいえ、妖精に会えるなど光栄なことだ。妖精の涙には瀕死の者でも蘇らせると言われる治癒作用があると聞いたことがある。それは今私が最も欲しいものだ。そんな欲求が、こんな夢を見せてくれたのかもしれない。


「あれ? また寝ちゃった? おーい」


 もっと妖精の姿を見ていたかったが、激しい頭痛は夢の中でも健在のようで目を開けているのが辛い。ぺしぺしと頬を叩くような感触を感じるが、それも気にならなかった。そう時間もかからないうちに意識を手放した。




 しばらくして再び目を覚ます。いや、先程まで夢を見ていたのだからようやく目を覚ましたというべきだろうか。

 目を開けた先に広がっているのは遥か遠くに見える青い空。時間によって色を変えることはあるが、基本的に見える景色は同じだ。


 あれから何日経ったことだろう。覚えている限りでは、少なくとも二日は経過しているように思える。

 もう動く気力も尽きた。後はこのまま死ぬのを待つばかりだろう。いつ死んでもおかしくないという状況に陥ってからだいぶ長生きしているように思える。無駄に怪我の治療などをしたせいで死が遠のいてしまったのかもしれない。


 そう遠くない未来に私は死ぬ。死ぬのは怖い、はずだ。だけど、それほど心がざわついていないのは諦めの境地に達しているからだろうか。

 私が生き残る可能性があるとすれば、偶然にも誰かが通りかかり、親切にも怪我の治療と食べ物を分け与え、人のいる村や町まで送り届けてくれるくらいのことをしてくれなければならない。怪我の治療だけでもしてくれればここは森の中なのだから、森の実りなどで食いつなぐことはできるかもしれない。しかし、それは森に住む獰猛な魔物に出会わなかった場合だ。森の浅い場所ならともかく、奥に入ってしまった今では出会う確率はぐんと上がる。そして、そんな場所に偶然通りかかる人がいるはずもない。


 つまり、私が生き残る確率は0に等しいのだ。


 それに、もう生きる理由がないというのもある。私が今まで生きてきたのは何のためかと言われたら答えに迷うが、少なくとも大好きな家族のためだと答えることができただろう。しかし、両親に捨てられてしまった今ではそれもない。何のために生きていいのか、私にはわからなくなってしまった。

 死んだらどうなるのだろう。天国や地獄に行くのだろうか。それとも、輪廻の理に従って転生するのだろうか。もし、転生するのだとしたら今度は捨てられないといいな。


「あ、起きてる。おはよー」


 空を流れる雲を見ながら思案していると、唐突に声をかけられる。思わず頭を起こすと、そこには小さな人がいた。それは、夢で見た妖精と同じ姿。

 背中の羽根で宙を舞い、手には小さな身では一抱えもある木の実らしきものを持っている。

 ……まだ夢を見ている? いや、感覚的には覚醒している、はずだ。それに、妖精の夢を見て、その後眠り、再び妖精の夢を見るなんてことがあるだろうか。夢の続きを見るというのはほとんどない。少なくとも、私の10年と追加の29年と少しの記憶の中では一度もない。いったいどうしたことだろうか。


「起きれる? はいこれ、口に合わないと思うけど、ないよりはましでしょ」


 未だに現実か夢か判断がつかないままではあるが、妖精は持っていた木の実を私の口元に寄せてきた。食べろ、ということなのだろう。

 たとえこれが夢であっても、極度の空腹状態にある今ではとても魅力的な状況だった。しかし、食べてもいいものかと逡巡する。

 仮にこれが現実だった場合、今すぐ食べなければ私は明日にでも死ぬだろう。しかし、逆を言えば食べてしまえば死なない可能性が出て来る。

 先程考えていた、生きる意味。それを見出せない状態で下手に食い繋いでしまえば、後悔が生まれてしまうのではないだろうか。あの時食べなければもっと楽に死ねたのにと。

 死にたいわけではない。でも、生きたいかと言われたら理由がない。どうせ捨てられた身だ。死ぬことを望まれている。死ぬことで家族の役に立てるのであれば、むしろ潔く死んだ方がいいのではないだろうか。


「毒とか入ってないから、ほら、早く食べて」


「むぐっ……んっ!?」


 目の前の木の実を食べようか食べまいか考えていたら無理矢理口の中に押し込まれた。反射的に実を齧り、勢いのまま飲み込んでしまう。その瞬間、喉にとてつもない熱さを感じて咳き込む。

 ……なんだこれ。まるで強い酒を飲んだ時のような辛さ? を感じる。見た目は村にいた時にも何度か食べたことがある、確かプラムだったかな。に似ているが、甘みなんて一欠けらもない。もぎたての実は酸味が強くてあまりおいしくないとは聞いたことがあるけど、こんなに刺激が強いものなのだろうか。こんな味は初めてだ。

 妖精はこうなることがわかっていたのか、やっぱりか、という表情をしていた。


「ここは魔力溜まりだからね。魔力がたくさん詰まってるから人間の口にはあんまり合わないんだよ」


「……魔力溜まり?」


 初めて聞く言葉だった。魔力を使えば魔法を使うことができるということくらいは知っているけど、それが溜まる場所とはどういうことだろう。


「そう。魔力は自然界にも大量にあってね、たまにそれが一か所に集中的に溜まる場所があるんだよ。それが魔力溜まり」


 万物にはすべて魔力が備わっているという話がある。人間は魔法を使う時に自身が持つ魔力を消費して魔法を放つけど、魔法を使えるのは人間だけではない。魔物の中にも使える者はいるし、魔力を持つ植物もある。そう考えればなるほど、魔力が集まる場所があっても不思議なことではない。


「普通は魔力溜まりに人間が長く留まると体調を崩すんだけど、君はなんでこんなところにいるの?」


 仰向けに寝転ぶ私の胸の上に着地すると興味深そうに顔を覗き込んでくる。

 これは夢……いや、もう認めよう。これは現実だ。木の実を食べたことで多少なりとも体力が戻ったのか、体の痛みも和らいでいるように感じる。死の淵にいた私がここまで回復できたのは間違いなく目の前にいる妖精のおかげだ。ならば、その疑問を解消する手伝いをするくらいしなくては失礼だろう。

 私は自分の境遇を妖精に話した。親に捨てられてしまったことも、森で崖から落ち、ここに落ちてきたことも。そうすると、妖精は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「役立たずになったから捨てるって、相変わらず人間のやることは理解できないね。仲間を見捨てるなんて私にはできないよ」


 同情してくれている、のだろうか。確かに、親に捨てられたという境遇は端から見たら同情されるに値するのかもしれない。しかし、私の村はとても貧しかったし、口減らしとして子供を捨てるのは珍しいことではなかった。まさか自分がそうなるとは思ってなかったけど。

 なんにせよ、妖精に同情されるとは思わなくて、少し笑ってしまった。


「悔しくないの?」


「え?」


「だから、悔しくないのって聞いてるの。聞いてる限り、君は何も悪くない。ただちょっと、運が悪かっただけなのに捨てられたんだよ? それでいいの?」


 魔法の適性はあった。しかし魔力が足りなかった。人の魔力の量は生まれつき決まっている。修行によって多少成長することはあるけど、基本的には生まれた時点で頭打ちになることが多い。それを考えれば、確かに運が悪かったと言えるだろう。


 私は悔しいのだろうか? 両親に裏切られ、捨てられ、死の淵に追いやられた。改めて考えると怒るのが当然のように思えてきた。だけど、両親に復讐したいとかそういう感情は芽生えなかった。

 両親のことは大好きだった。力になれるように目一杯努力もしてきたつもりだった。泥だらけになりながら、それでもたまに褒めてくれる言葉が、撫でてくれる手が嬉しくて頑張った。確かに両親は私にとってかけがえのない存在だったけれど、それは所詮捨てられるまでの話。

 私はもう両親のことを家族とは思っていない。私の家族はもはや、時たま村に帰ってきては私の事を可愛がってくれた兄と姉だけだ。人として尊敬できる部分はまだあるかもしれないけど、親としてはもうそこで縁が切れてしまっていた。


「別に、何も……」


 死にかけていたことでそんなことを考える暇もなかったのだろうとは思う。でも、わずかでも生の希望を見出した今でも何も感じないのだから、もう両親は私にとってどうでもいい存在なのだ。


「何も思わないのかぁ、これは重症だな。せめて見返してやろうとか思わないの?」


「見返す?」


「そう。力をつけて、自分を捨てたことは間違いだったんだって見せつけてやるの」


 見返してやる、か。そんなこと考えもしなかった。私にとって両親はどうでもいい存在となった。だけど、きっと心のどこかではまだ期待しているんだろう。両親の役に立って褒めてもらう。たったそれだけのことに生きがいを感じていた私なのだから、どうでもいいと思っているはずの両親の役に立ちたいなどと今も考えている。

 なるほど、生きる意味を見失ったのであればまた見つければいい。自分の本当の価値を両親に叩き付けるのは確かに、目標にはなるかもしれない。


「それも、いいかもね」


「うんうん、そう来なくっちゃ。私も君を助けた意味があるってものだよ」


 うんうんと頷く妖精はどことなく満足げだ。

 ……そういえば、体の痛みが消えている。初めは食べ物を口にしたことで多少なりとも体力が戻ったからと思っていたが、よくよく考えてみれば、たった一口木の実を齧った程度で痛みが消えるはずもない。冒険者がよく使用する怪我を治すポーションならば即効性もあり痛みが引くのはわかるが、魔力が詰まっているとはいえ、ただの木の実を食べただけでそれはおかしい。

 体を確認してみる。酷い傷があった右手の肘上部分は多少の跡が残っているもののすでに血は止まり、傷も治りかけている。体も至る所にあった痣が消え、動かしても痛みがない。唯一折れていた足だけは未だに痛みがあるが、それも捻挫した程度のもので痛みも少ない。


「……君が、助けてくれたの?」


「うん、そうだよ?」


 まじまじと妖精を見る。妖精の涙には高い治癒作用があるという話は有名だが、妖精が泣くことはほとんどない。捕まえることも困難であるし、仮に捕まえたとしても真に心を許した者の前でなければ決して泣くことはない。つまり、この妖精は私の事を信用してくれたということだ。

 でもなぜ? 私は妖精に信用されるようなことは何もしてない。ただ、死にかけて、気絶していただけだ。一体私の何を気に入り助けてくれたのかがわからない。


「どうして?」


「どうしてって言われてもなぁ。気まぐれと言えば気まぐれだけど、何か惹かれたんだよ、君に」


 御伽噺の中には妖精と心を通わせた勇者の話もあった。妖精は勇者を助け、勇者の傷を癒したという。私にそんな御伽噺に出てくる勇者のような性質があるとは思えないが、妖精は極めて真面目な顔でそう言った。

 どう返したらいいかわからない。妖精に気に入られた人間は妖精にどんな言葉を返すのだろう? 妖精は私に何を期待しているのだろう? わからない。


「まあ、君さえよければこれからも一緒に居させてほしいんだけど、どう?」


「えっと……」


 妖精はじりじりと顔の方に近づいてくる。ここまで近ければ、小さな瞳に宿る熱意が本物であることがわかる。この妖精は、本気で私と一緒にいたいと思っているようだ。

 ますますもって意味がわからない。私と一緒にいて何の得がある? 怪我を治してもらったとはいえ、いつ死ぬかもわからないような小娘に何を期待しているのだろう。

 妖精の加護を受けられるなんて願ってもない奇跡だ。でも、それでいいのだろうか? 私はこの妖精に何も返せるものがない。名誉なことだからという理由だけで、傍に置いてもいいのだろうか。


「……私、何の役にも立たないよ?」


「それはこれからの君次第じゃないかな? 役に立たないと思うなら、役に立てるように頑張ればいい。まあ、私は君が役立たずのダメ人間でもいいけどね」


「どうしてそこまでしてくれるの?」


「うーん、強いて言うなら君のことが気に入ったから、かな」


 気に入ったから、か。誰かに気に入られたことなんてあっただろうか。そりゃあ、家族に褒められたことはあったけど、面と向かって気に入ったなんて言われたことはない。

 気に入ったからなんて曖昧な理由ではあるけど、きっと理由なんてどうでもいいのかもしれない。自分が傍にいたいと思ったから傍にいたい。理由なんてそんなもので十分なのだ。

 ならば、自分はどうだろう? 私はこの妖精と一緒にいたいと思っているか? ……正直それはわからない。会ってまだ数十分の仲だし。でも、彼女のおかげで私は助かっているのは事実だ。だったら、それに報いるためにも彼女の提案を受け入れるのは最低限の礼儀ではないだろうか。

 私は彼女に返せるものは何もない。しかし、ならば返せるように努力すればいい。どうせ死ぬはずだった命なのだ。生きながらえて、新たな目標に向かって進むのも悪くない。ならば、答えは決まっている。


「……私でよければ、傍にいてほしい」


「ほんと? やったね!」


 差し出された小さな手を潰さないようにそっと握る。微笑む妖精にそっと笑みを返すとふわりを風が舞い上がった。


「そういえば名乗ってなかったね。私はアリア。よろしくね」


「私はハクだよ。よろしくね、アリア」

 書けるうちは毎日一話投稿したいと考えています。ペースが落ちてきたら変わるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 話数が進度に、主人公が成長するのが楽しみです。今後の展望が楽しみでドキドキします。 [気になる点] まだ、特にはないです。 [一言] 転生物は好きで、「小説家なろう」をよく読んでいます。頑…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ