第百七十四話:熱を吸収する花
私は素材箱に使えそうな素材がないかを見てみる。
すると、いくつか見慣れない素材があった。
「ヴィクトール先輩、これは?」
「ああ、それは春休み中に採取した素材だ。雪が降る時期にしかみつけられない素材で、熱を吸収する性質がある。実家に戻る道中で見つけたので採取してみたのだが、今のところは有用性は見つかっていないな」
私は一つを手に取ってみる。
白い花弁が美しい花だ。触ってみるとひんやりと冷たい。
触れているとその部分からどんどん熱が吸収されていっているのがわかる。
ヴィクトール先輩の言うように、熱を吸収する特性があるようだ。
熱さましとかに使えそうだね。タオルで巻いて額に乗せれば気持ちよさそうだ。
ヴィクトール先輩は先程からこの花を使って何か魔法薬ができないか探っているらしい。
一応、雪が降っている地域でしか採取できない花なので無駄にしないように慎重に行っているようだ。
「私もこれを使ってみていいですか?」
「構わないとも。ここに置いてあるものは皆研究室の共有の素材だ。自由に使ってくれたまえ」
貴重ではあるけど、雪が降れば結構簡単に見つかるものなのでそこまで貴重ってほどでもないらしい。
街に行けばたまに商人が贈り物として売っていることもあるのだとか。
まあ、季節限定のアイテムって聞くとレア感があっていいよね。
さて、どうやって作ったものか。
私は自分のすり鉢を取り出す。
ひとまず、相性がよさそうな素材を使ってみるかな。
「この薬草ならはずれはないかな。後は……」
入れる魔法も考えなくてはならない。
素材の組み合わせも大事だけど、結局最終的に重要になってくるのは魔法の種類だ。
打ち込む魔法が正しくなくては魔法薬は出来上がらない。
多少のずれなら何かしらの魔法薬はできるかもしれないけど、狙った効果のものができるかどうかはわからない。
今回の場合はやはり火だろうか。でも、熱を吸収してしまうなら逆にダメかな?
となると、冷たい魔法。水か氷がいいだろうか。
確か、水はミスティアさんが使えるはずだし、氷を試してみた方がいいかもしれない。
「サリア、そっちの魔石を取ってくれる?」
「おーう」
花をすり鉢で軽く磨り潰し、その後に受け取った魔石を細かく砕いて入れてみる。
それぞれの属性の魔石を入れることでどの属性と相性がいいかがだいたいわかるのだ。
反応があったのは火と氷、他は普通って感じだ。
火はいい効果をもたらす時もあれば悪い効果をもたらす時もあるようだ。
熱の扱いをどうするかがカギになりそうな気がする。
ひとまず、氷の魔法を撃ちこむことを前提で素材を選んでみる。
しばらく磨り潰していき、【鑑定】を使ってタイミングを見極める。
いい頃合いになったところで魔法を撃ちこんだ。
「おっとと……」
すり鉢から白い煙が立ち上る。
冷たい煙を少し払うと、すり鉢の中には透明に近い青色の液体が溜まっていた。
「一応、出来たのかな?」
【鑑定】の結果では一応魔法薬になっている。
液体自体がかなりの低温のようだ。直接触ったら火傷しそうなので慎重に瓶に移していく。
「何か完成したのかね!?」
「おお、早いねー」
ヴィクトール先輩もミスティアさんも興味津々の様子でこちらを覗き込んでくる。
私が瓶に入った液体を見せると、感嘆したように息を漏らした。
「水系……いや、氷系か? ハク君は氷魔法も使えるのだね」
「まあ、一応」
「どんな効果なのー?」
「えっと、かけたものの温度を瞬時に奪う、ですかね」
私はノートのページを千切り、液体をかけてみる。
すると、ページは見る見るうちに凍り付き、持ち上げた状態の形状のまま固定された。
なんだか液体窒素をかけたみたいになっている気がする。
触れてみれば、その端からボロボロと崩れ、握りつぶせば一瞬で粉々になった。
「これは、かなり危険な薬だな。間違って飲んでしまったのなら最悪死に至るかもしれん」
「ちゃんとー、仕分けしておかないとねー」
魔法薬は時として危険なものも出来上がってしまう。
特に、飲むものとかけるものとで効果が全然違うものもあるので、取り扱いには注意が必要だ。
物が一瞬で凍り付くのは見ていて面白いけど、間違って飲もうものなら体の内側から凍り付くことになってしまう。
そうなれば手の施しようがない。下手に動かしてさっきのページのように内臓が粉々になったら大変だ。
まあ、飲まなければそこまで危険なものでもないけど、あまり使い道もなさそうだしこのレシピは封印かなぁ。
他の薬と混ざる前にしっかりラベルを張って区別しておく。
一応、保管はしておくらしい。
「ミスティア君、そっちの進捗はどうだ?」
「基本の素材とー、水魔法の組み合わせはー、一通り試したよー」
「ほう、それで成果のほどは?」
「霜ができる薬ならー、できたよー」
ミスティアさんはいつもお茶を飲んでのほほんとしている様子だけど、この研究室の中では最も魔法薬の関心が深い。
私が作る魔法薬の大半はすでにミスティアさんが作っていることが多い。
今回は私の方が先に新しい魔法薬を完成させたようだけど、ミスティアさんの腕は一流だ。
「地面にかけるとー、じわじわと霜が出来上がっていくよー」
さっきの花を使ってミスティアさんも魔法薬を作っていたらしい。
霜ができる薬って……役に立つのかな?
まあ、魔法薬なんて大半がそんなものだから今さらか。
適当に地面にかけて霜をさくさくと踏み鳴らすのが楽しいかもしれない。
地面に悪そうだけど。
「後はー、体温を下げる薬かなー」
「やはりその薬は出来上がるか」
「この花の特性だねー」
他にも飲むと体温を下げてくれる薬ができたらしい。
熱を吸収する花の特性がかなり現れている。
なんか、暑いところに行った時に使えそうだね。あらかじめ飲んでおけばある程度は暑いところでも活動できそうだ。
「よくやった。やはりミスティア君の手際は素晴らしい。その調子で他の属性も調べてくれたまえ」
「任せてー」
そう言ってミスティアさんはお茶を啜る。
すっごくやる気がないように見えるけど、一体いつ実験しているのだろうか。
今まで通ってきた中でもミスティアさんが実験らしいことをしているのは数回しか見たことがない。
たまたま私がきている時は休憩の時間なのだろうか? にしては長すぎる気もするけど。
「ハク君、君は確か、ほとんどの属性を使えると聞いたが、本当かね?」
「ええ、まあ、一応」
「なら特殊属性で試して見て欲しい。ミスティア君は光に適性があるが、私には何もないのでね。できるなら頼みたい」
「わかりました」
魔石の結果では火と氷以外は特に反応はなかったからあまり特徴的なものは出来上がらなそうだけど、出来ないわけではない。
もしかしたら面白い魔法薬が出来上がるかもしれないし、実験する分には特に断る理由もないので頷いておく。
「サリア、手伝いよろしくね」
「任せろ」
ただ見ているだけというのもかわいそうなのでサリアにも手伝ってもらう。
その後、いろんな属性で試してみたが、特に面白いものは出来上がらなかった。
そこそこ面白かったのは闇属性だけど、光を吸収するというだけで使い道はなさそうだった。
まあ、使えそうになくても魔法薬には変わりない。
久しぶりの実験に少し楽しくなり、その日は遅くまで実験を繰り返すことになった。
感想ありがとうございます。