第百七十話:母に報告
その後は適当に街をぶらつくことにした。
シルヴィアさん達がいる手前外縁部に行くのは少々気が引けたけど、二人ともあまり気にしていないようだったので露店で食べ物をつまみながら回ることにした。
外壁の様子を見に行ったけど、もうほとんど完成しているようだったので一安心。
現場を指揮している知り合いの錬金術師さんがいたから露店で買った串焼きをおすそ分けしておいた。
ニドーレン侯爵領に行っていたおかげで全然差し入れ出来てなかったからね。今さらな気がするけど、一応。
ギルドの方にも寄ってみたけど、なんかアグニスさんが無双しているらしい。
なんでも、アグニスさんに勝負を挑まれたお姉ちゃんがギルドの依頼がすべて終わったら受けてあげるといったらしく、凄い勢いで依頼を達成しているらしい。
ギルドの依頼すべてって、それってほぼ受けないって言ってるのと同義なのでは……。
おかげで低ランクの冒険者の依頼まで取られてしまっているらしく、少し困っているらしい。
仕方ないので後で私から注意しておくことになった。
お姉ちゃんが勝負を受ければ話は早いんだけど、確かにアグニスさんの相手はしたくない。
私も戦ったことがあるけど、殺す気はないとはいえ容赦がなさすぎる。
普通11歳の女の子に炎の魔剣を振り下ろすか? しかも割と凄い勢いで。
私は無詠唱で魔法を使えるからまだ対処できたけど、普通の魔術師が相手だったら瞬殺されてる気がする。絶対詠唱とかさせる気ない動きだったし。
そもそも魔術師に一対一の勝負を挑まないで欲しいものだ。魔術師は前衛がいてこそ輝くものなのだから。
まあ、それはともかく、その後も適当に街をぶらつき、途中でお姉ちゃんが泊る宿へと行くことになった。
しかし、仕事に出ているのか、宿にお姉ちゃんはいなかった。
こんなことならギルドに行った時にお姉ちゃんのことについて聞いておけばよかったかな?
お姉ちゃんは私と一緒にゴーフェンの皇帝からかなりの金額を受け取っているから当分は仕事しなくても生活できると思うんだけど、だからと言って仕事しない理由にはならない。
そもそも、お姉ちゃんの性格なら困っている人がいるなら率先して受けそうだしね。
今回は残念だけど、また機会を見て会いに行くことにしよう。
宿を後にし、再び街に繰り出す。
そして、最後にサリアの家に寄ることになった。
学園に入ることになって寮住まいになり、さらに休み中も遠出して家には帰っていなかったからね、少しは顔を見せてあげた方がいいだろう。
家に行くと執事の人が出迎えてくれた。
すぐに家の中に案内され、アンリエッタ夫人が呼ばれる。
「お帰りなさい。久しぶりね、サリア」
「ただいまー」
アンリエッタ夫人はサリアの母親ということもあって同じ桜色の髪をしている。
長年のぬいぐるみ生活のせいか年の割にはかなり幼い印象を受ける。
ぬいぐるみにされていた期間で言えば一番長かっただろうけど、よく精神崩壊しなかったものだ。
解放した被害者の中にはそれで廃人みたくなった人もいるというのに。
もちろん、その家族には謝罪と補償はしているけど、それでどうなるものでもない。先の学園での騒動はある意味必然だったと言える。
でも、終わったことだ。あまり蒸し返すのはよくない。
「学園生活はどう?」
「楽しいぞ。ハクも一緒だしな!」
アンリエッタ夫人には先日の騒動の件は伝えてある。
かなり心配していたけど、今のサリアの姿を見て安心したようだ。
あんなことがあっても楽しいと言ってくれるサリアには私も感謝している。
あんなことは二度と起きないと思うけど、警戒だけはしておこう。
「そちらはお友達?」
「おう。シルヴィアとアーシェだ」
「初めまして、サリアさんのお母様。シルヴィア・フォン・ニドーレンですわ」
「妹のアーシェ・フォン・ニドーレンです。サリアさんとは仲良くさせてもらっていますわ」
「まあまあ、ありがとうね、サリアと仲良くしてくれて」
アンリエッタ夫人は少し驚いた様子だったが、すぐに表情を崩してお礼を言う。
サリアに友達ができないんじゃないかと心配していたから、無事に友達ができたことを喜んでいるのだろう。
相手は侯爵家の娘で格上だけど、私達の関係にそんな上下関係は感じられないのもプラスなのかもしれない。
しばらく学園での様子を話していく。サリアも久しぶりに母親に会えて嬉しそうだ。
「もう二年生になるのよね。何の授業を受けるかは決めたの?」
「闇と風の魔法と錬金術と、後……なんだっけ?」
「刻印魔法」
「そう、それだ!」
まだ確定ではないけれどすでにそれを受ける体で進めている。
刻印魔法はとても難しくて人気がない授業らしいけど、やってる内容には非常に興味がある。
サリアは将来何になるか決めあぐねているようだけど、ここでの経験が将来の糧になるかもしれないし、無駄にはならないだろう。
「サリアの好きなものを受けるといいわ。私は見守るだけ」
「見ててくれな」
「ええ、存分に楽しんでね」
アンリエッタ夫人は基本的にサリアの好きなようにさせてくれる。
その教育方針は昔からで、その結果ぬいぐるみにされているわけだけど、後悔はないらしい。
ちらりとこちらを見てくる。
私に任せてくれるということかな? とりあえず頷いておいた。
「今日は泊っていくの?」
「あ、うーん」
「ごめんなさい、何も話していないので帰らないと」
外泊することは特に制限されていない。ただ、その場合は寮母のアリステリアさんの許可が必要になる。
緊急の場合は事後承諾でもいいらしいけど、今回の場合は別にそういうわけでもないし、戻らないと怒られてしまう。
せっかくの親子の時間を切り上げてしまうのは残念だが、同じ王都に住んでいるのだし、すぐに再会することはできるだろう。
「わかったわ。それじゃあ、また会いに来てね」
「おう、またすぐ来るぞ」
「ハクちゃんも、いつでも来てね。もちろん、二人も」
「はい、ありがとうございます」
最後にハグをして別れる。
最初はぬいぐるみとして訪れたせいでいわくつきの屋敷のような感じだったけど、今ではすっかり帰るべき家になった。
玄関まで見送ってくれたアンリエッタ夫人に手を振りながら家を出る。
すでに時刻は夕方過ぎだ。そろそろ戻らないと怒られそう。
学園に戻ってくると、門番に挨拶をして中に入る。
今日はいい一日だった。
授業でちょっとしたトラブルはあったけど、それ以外は王都の現状も知れたし、友達と食べ歩きもできたし、アンリエッタ夫人に挨拶もできた。
お姉ちゃんに会えなかったのが少し残念だけど、私だけだったらいつでも会いに行けるし、特に問題はない。
何かあったら連絡してくれるだろうしね。
学園内には生徒の数は疎らに歩いているだけでそこまでいない。
すでに授業は終わっている時間だし、ほとんどの生徒は寮に帰ってしまったのだろう。
私達も特に用事もないので寮へ帰ることにする。
「お帰りなさい。外は楽しかったですか?」
ちょうど食堂の前でアリステリアさんと出くわした。
特に連絡はしていなかったつもりだけど、何で外に出てたことを知ってるんだろう?
「門番から報告がありましたから」
ああ、なるほど。学園を出る時には必ず門番に報告しなければならないからそこから報告がいったのか。
柔和な表情を見せるアリステリアさんに外でのことを軽く報告する。
しばらく話していると、誰かのお腹が小さくなった。
「あらあら、早く着替えて食堂にいらっしゃい。お腹がすいているみたいですからね」
このとき誰のお腹が鳴ったのか軽く議論が起きたが、結局誰の音かはわからなかった。
まあ、私はサリアじゃないかと思ってるけど。
軽く言い合いながら部屋へと向かい、服を着替える。
食堂で合流して四人で食べた夕食は相変わらず美味しかった。
感想、誤字報告ありがとうございます。