第百六十七話:授業の選択
教室には多くの生徒が残っている。
私達と同じく、仲のいいグループで集まって受けるべき授業を話し合っているようだ。
やはり仲がいい者同士、出来るだけ同じ授業を受けたいと考えるのは自明の理なのだろう。
だが、魔法には属性の適性というものがある。一緒に受けたくてもその適性を持っていなければあまり意味のないものになってしまうからなかなか難しいところだ。
「サリアさんは何を受けるんですの?」
「とりあえず闇だな」
「まあ、当然ですわね」
サリアの得意属性は闇なのでそれを受けるのは鉄板だろう。
確か、闇属性魔法はルシウス先生が担当だったはずだし、知り合いの先生ということもあってなかなか悪くない。
「他には?」
「んー、一応風の適性があるぞ」
滅多に使わないらしいが、一応風魔法も使えるらしい。
詠唱句がうろ覚えで怪しかったようだが、一年時の勉強によってそれも払拭されたので今では初級魔法程度なら安定して使えるようになったそうだ。
「火はないんですのね」
「そうだな」
「残念ですわ」
シルヴィアさんは火と水。アーシェさんは火と土に適性があるらしいので、サリアの適性とは噛み合わない。
別に適性がなくても受けられはするが、やはり適性がないものを受けると成績にも響くし推奨はされない。
「他の授業は何を受けるんですの?」
「僕はハクのやりたいのでいいぞー」
必修の魔法の授業以外は基本的に何を選んでもいい。
将来に目指す職業があるならそれに合った授業を選ぶのが基本だ。
オルフェス魔法学園の卒業生は大半が魔術師となるためそこまで気にしなくてもいいだろうが、やはり経験があるのとないのでは将来に大きく響くし、魔術師以外にもなりたい職業があるなら選んでおいて損はない。
「私はサリアと同じでいいんだけど……何か興味あるものとかないの?」
「ない!」
そんなはっきり言わなくても……。
サリアにとっては授業を受けるよりも私と一緒にいる方が優先度が高いのだろう。
授業がどうでもいいというわけではないだろうが、もう少し自分で考えて欲しい。
まあ、人のこと言えないかもしれないけど。
「ハクさんは何か受けたい授業はないんですの?」
「まあ、一応錬金術には興味がありますが……」
錬金術はポーションに始まり、建築や魔道具など生活に根差したものが多い。
錬金術師がいなければこの世界の生活レベルは数段低くなっていることだろう。
私はポーション作りの経験もあるし、魔石の変換をやった経験もある。特にポーション作りは前世の本職と通じるものがあるので興味があるのだ。
「まあ、流石は魔法薬研究会に所属するだけはありますのね」
「やっぱりポーションが目当てですの?」
「そんなところです」
ポーションに関しては低位と中位のポーションなら再現できている。その他にも魔力回復ポーションやスタミナポーションなど街で見かけたポーションは大体再現できた。
だから、私が望むのはそれ以外。まだ見ぬポーションの開発をしてみたい。
最悪新しいポーションが拝めなくても、その時は自作するつもりだ。
少しでもヒントになればそれでいい。
「なら一つは錬金術で決まりだな」
「ほんとにそんな決め方でいいの?」
「おう! 僕はハクと一緒ならそれでいい」
うーん、まあ一緒にいられるならいいんだけどさ。
でも、少しは自分で考えて欲しい。いつまでも私に合わせていたら自分で何も決められなくなっちゃうよ?
結局、それ以外には特に案も出ず、錬金術の授業をみんなで受けることになってしまった。
サリアはまだいいとして、シルヴィアさんやアーシェさんまでそんな決め方でいいのか?
「ハクさん、火属性魔法の授業ではご一緒しましょうね」
「ハクさんが一緒にいれば心強いですわ」
魔法の授業では皆それぞれの適性がある授業を受けることになり、私はサリアの適性である闇と風、それから一緒に授業を受けたいというシルヴィアさん達の要望により火を受けることになった。
その間サリアが孤立してしまうけれど、少しだけだったら問題ないだろう。
サリアは少し悲しげだったが、その後の授業ではすぐに合流できるので我慢してもらうしかない。
別に毎日火属性魔法の授業があるわけでもないし、重なる場合はサリアの方を優先するしね。
「さて、後は錬金術以外で何を取るかですわ」
「私達は家の方針で社交術を取るつもりですけれど、ハクさんは他に何か興味のある授業はないんですの?」
「うーん、そうですねぇ……」
経営術や社交術に関してはあまり興味がない。領地を経営するくらい偉くなるつもりはないし、社交界に出るつもりもないからね。
一応、王様にコネを持っているからそのために社交を学ぶのはありかもしれないけど、それだけのために一年使うのもなんか違う気がする。
最近あまり修行できていない剣術を受けるのもありだけど、サリアが付いていけなそうだしパスかな。
いや、サリアって割と暗殺者っぽい動きには慣れているから剣術もありか?
「剣術とか……?」
「まあ、ハクさんが剣術を?」
「こう言っては何ですが、剣持てるんですの?」
まあ、魔法とかの強化なしだと剣持てないけどさ。
ちらりとサリアを窺ってみるとよくわかってなさそうな顔をしていた。
サリアならたとえできなくても私と一緒だからという理由で受けそうな気がする。サリアに怪我させないためにも剣術は止めた方がいいか。
「うーん……」
計算……はサリアがやるようなことでもないしな。
何か面白そうなものはないだろうか。
クラウス先生に言われたことを思い返してみる。
……そういえば、珍しい魔法があったような気がする。
「刻印魔法、とかどうでしょうか」
軽い説明では、物体に魔法陣を刻印し、それに魔力を込めることで魔法を発動させる手法らしいんだけど、詳しいことはよくわからない。
ただ、名前の響きはかっこいい。特に受けるものもないならこれでもいいんじゃないだろうか?
「刻印魔法、ですか。あれって凄く難しいって聞きましたわよ?」
「Aクラスの人でもなかなか受ける人がいないらしいですわ」
刻印魔法は刻印師という珍しい職業の人が使うもので、主に武器等に刻印して間接的に魔法の武器を作り上げるというものらしい。
魔力を流すだけで手軽に武器の強化が行えるし、魔石ではなく自分の魔力を使って発動するため魔力が尽きぬ限り永続して使えるという点が魅力だが、少しでも刻印に歪みがあると発動しなかったり誤爆したりするため中々製作難度が高いようだ。
ただ、ダンジョン等で天然の魔法武器を見つけられる可能性は限りなく低いので、強化目的に依頼してくる人は結構多いらしい。
刻印師は貴重な魔法武器の生産を行える人材なので国で保護されるらしい。なので、もし刻印師になれれば一生生活に困ることはない。
まあ、世界から魔物がいなくなるとかすれば別かもしれないけどね。
刻印師になるつもりはないけど、面白そうだし受けてもいいんじゃないだろうか?
「私はサリアさえよければ受けようと思うんだけど?」
「おう、ハクが受けるなら受けるぞ!」
「うーん、なかなか難しそうですが、ハクさんがいるなら……」
「元々取る授業も少ないですし、試しに受けてみるのもいいかもしれませんわね」
サリアは言わずもがな、シルヴィアさんとアーシェさんも受けることにしたようだ。
まあ、暇つぶしだと思えばいいだろう。
こんなことで貴重な一年を無駄にしていいのかと思うところもあるけれど、まだ四年もあるんだし少しくらいいいよね?
無事に受ける授業も決まり、後は体験してみてよさそうだったら本格的に受けようということになった。
刻印魔法、どんなものか楽しみだね。
感想ありがとうございます。