幕間:憧れと葛藤
主人公のクラスメイトシュリの視点です。
オルフェス魔法学園は私の憧れだった。
物心ついたころから魔法に憧れていて、よく魔法を暴発させては怒られていたものだ。
私は保有魔力が多かったらしく、制御こそかなり甘いものの一応魔法が使えた。
両親もそれを喜ばしく思っており、私がオルフェス魔法学園に通いたいと言った時には快く賛同してくれた。
実家は伯爵家であり、それなりに裕福だったため何の不自由もすることなくすくすくと育ち、後は入学時期である11歳を待つばかりだった。
しかし、私が7歳の時、事件は起こった。
気が付けば私の身体は物言わぬぬいぐるみとなっており、とある屋敷の部屋へと監禁されていた。
最初は意味がわからなかった。動けないし喋れないしでパニックになった。
でも、だんだん月日が経って行くにつれて事態が呑み込めてきた。
私はサリアという女にぬいぐるみに変えられ、連れ去られたらしい。
人をぬいぐるみに変えるなんてばかばかしいと思ったけど、実際にぬいぐるみになってしまっているのだから認めるしかなかった。
私は来る日も来る日もぬいぐるみとして適当に遊ばれ、適当に放り投げられ、適当に放置された。
屈辱だった。
私がいったい何をしたというの? なんでこんな目に遭わなければならないの? なんでこんな奴に弄ばれなくてはいけないの?
どんなに願っても私の体は動かない。私はこのままぬいぐるみとして一生を過ごすことになるんだと絶望した。
しかし、救いの神というのはいるもので、ひょんなことから私は元の姿に戻ることが出来た。
なんでも、ある少女がサリアを説得し、被害者達を元に戻させていったらしい。
誰だか知らないが、私はその人に感謝した。ようやく屈辱の日々から解放されたのだ。
久しぶりに帰った家では家族が出迎えてくれた。
私の姿は連れ去られた当時のままの姿。つまり7歳の姿のままだったけど、それを不気味がることもなく温かく迎えてくれた。
私は両親と抱擁を交わし、再会を喜んだ。
でも、一つ納得できないことがあった。
それは私を家に送り返してくれた騎士が残した一言。
「この件は一切他言無用とする。犯人に報復しようと探りを入れたり介入したりすることも禁ずる」
私達には口止め料として国から多額のお金が支払われた。
それでも私を含め両親は納得していないようだったけど、王命だと言われて黙るしかなかった。
後で調べてみたけど、犯人のサリアは何のお咎めもなし。
私以外にも多くの人物を誘拐し監禁していたのだから処刑されるのが当然だと思っていたけど、国はサリアのことを隠蔽しようとした。
意味がわからなかった。
なんであんな残虐非道な奴がのうのうと生きながらえているのか。
サリアの能力は明らかに危険なものだ。さっさと処分した方がいいに決まってる。
両親から再三国に申し立てをしたが、いずれも受け入れられることはなかった。
私は歯噛みしながらもその現状を受け入れることはなかった。
聞けば、私は戸籍上は来年に11歳になるのだという。
連れ去られてから三年も経っていたことに驚いたが、むしろ三年で済んでよかったと思った。
国からのせめてもの謝罪ということでオルフェス魔法学園の入学はほぼ決まったようなものだったこともあり、それを楽しみに生きることにした。
そして入学。入学テストの結果は至って平凡なものだったが、無事に入学することが出来、魔法の知識を学ぶ場へ立つことが出来た。
友達もでき、過去の出来事を払拭できるくらい順風満帆なスタートを切ることが出来たと思っている。
なのに……。
前期が終わり、夏休みに入った頃、とある噂が耳に入ってきた。
『サリアが学園に入学するかもしれない』
それは私と同じサリアの被害に遭った友人から得た情報だった。
サリアが学園に来る。冗談でもそんな恐ろしいことを言わないで欲しかった。
夏休み明けには一年生として編入してくるらしい。
確かサリアはすでに成人していたはずだったが、一から学問を学ぶために一年生への編入となる予定なのだという。
間違っても、私と同じクラスになんてならないで欲しい。私はもうぬいぐるみになんかされたくない。
そう強く願いながら明けた夏休み。Cクラスに編入生が入ってくるという話を聞いて青ざめることになった。
嘘であってほしかった。杞憂であってほしかった。
でも現実は非情なもので、クラン先生に導かれて教室に入ってきたのはあのサリアだった。
しかも、一緒に見知らぬ銀髪の少女を連れていた。
最悪だ。きっと私はまたぬいぐるみにされる。そしてまた監禁されるんだ……。
国は頼りにならない。今度ぬいぐるみにされたらもう戻れないかもしれない。
そう思うと肩の震えが止まらなかった。
一応、学園で多くの人目があるからかサリアが私をぬいぐるみにしてくることはなかった。
というか、見向きもしなかった。どうやら完全に私のことは忘れているようだ。
それはいい。私のことが眼中にないならそれでいい。だが、サリアは新たなターゲットを見つけていたらしい。
当然のように隣同士の席になったハクという少女。
不愛想ではあるが、エメラルドグリーンの瞳が映える幼い相貌は人形のような美しさがあった。
彼女はとてもサリアと仲がいい。まるでサリアの正体なんて知らないかのようだ。いや、実際に知らないのだろう。でなければあんな風に自然に接することが出来るはずがない。
ハクさんはとても気さくでいい人だった。話しかければきちんと返してくれるし、気遣いも上手だ。サリアにでさえ世話を焼いている。
あんなにいい人がサリアの魔の手にかかるなんて許せない。
目を付けられる可能性もあったが、私は迷った挙句ハクさんに接触してみた。
サリアの危険性を伝え、縁を切るように言った。
でも、ハクさんはそれを断った。むしろ、正体を知りながらサリアはそんな非道な奴ではないから仲良くしてほしいとまで言った。
完全にサリアを信じている様子だった。一体何が彼女をそこまで信じさせているのかわからないが、あれはもはや洗脳に近いだろう。
私は根気強く何度も別れるように言った。時には脅しまがいのことまでやって根気強く説得した。
でも、返ってくる答えはいつも同じ。
私は悔しかった。目の前で被害者になろうとしている人がいるのにそれを助けることが出来ない。
私は同じサリアの被害者の会に相談し、どうにかしてサリアと別れさせようと躍起になった。
でも、今ではその選択を後悔している。
最初はサリアを貶めて事態の重大さをわからせようという方向性だった。でも、次第にこちらに靡かないハクさんに嫉妬して、ハクさんまでも貶めようという計画に変更された。
私は反対したけれど、上級生に逆らえるわけもなく、私はその計画に加担することになった。
違う。私はそんなことがしたいんじゃない。
ただ、私はハクさんをサリアの手から救い出そうとしただけなのに……。
計画が失敗したことだけが何よりの救いだ。
失敗と言っても全く影響がなかったわけではなく、一部の生徒の中にはサリアやハクさんを悪く言う人も現れた。
サリアはどうでもいいけど、ハクさんが悪く言われるのは許せなかった。
色々と手を回して、噂を払拭していくのは大変だったけど、大方丸く収まったんじゃないかと思う。
なぜか、サリアとハクさんが付き合ってるなんて噂が流れてるのが非常に納得いかないけど、貶められているわけではないしこれはいいだろう。
ここまでやって、私はなんでこんなことをしてるんだろうと思い至った。
最初はサリアに対する復讐心からくる行動だったはずだ。そして、これ以上被害者を出してはいけないという使命感からハクさんに接触した。
でもいつの間にか、ハクさんのために計画の足を引っ張り、噂を消し去ろうとしていた。
なんでこんなことをしたんだろうと考えて、私はあることに気が付いた。
私は、ハクさんのことが好きなのだ。
私には姉がいる。
結局一度も会ったことはなかったけど、姉という存在には少し惹かれていた部分があった。
だから、ハクさんのすべてを包み込むような優しさに触れて、渇望してしまったのだろう。
ハクさんのような姉がいてくれたなら、と。
でも、今更ハクさんに会わせる顔はない。なにせ、不本意だったとはいえ、ハクさんを貶めようとしたのだから。
きっとハクさんは許してくれない。噂通りならハクさんは私ではなくサリアを選ぶだろう。
かといって、サリアに面と向かって文句を言う勇気はない。ぬいぐるみにされたくないもの。
でも、もしかしたら、本当に改心した可能性もある。
とても信じられないけど、ハクさんがそう言うのだ。ハクさんが言うならば本当にそうなのかもしれないと思える。
私はどうするべきなのだろうか。
すでに派閥からは抜けた。友人としての付き合いは残っているけど、どのみち派閥の上層メンバーは軒並み謹慎を言い渡されて事実上の失職となっている。
すでに派閥にサリアをどうこうする力は残っていない。中には再起を図ろうとする人もいるけど、私はすでに興味を失っていた。
このまま何もせず、サリアから隠れながらハクさんを見守っていくか、思い切ってハクさんに接触し、これ以上の関係を望むか。
私がしでかしたことを思えば前者が正解なのだろう。でも、理想の姉とも呼べる存在のハクさんをそんな簡単に諦めてしまっていいのかという疑問が残る。
学園は春休みに入り、来年からは二年生になる。
私はそこまで成績がいい方ではないから、恐らくハクさんとは別クラスになってしまうだろう。
どうせ距離を取るなら、少しくらい歩み寄ってもいいだろうか?
しばらく悩んだ末、私は選択を保留にした。
春休みはかなり長い。実家に帰り、その間にどうするかを決めるとしよう。
出来ることなら、友達になりたい、なんて思ったりね。
感想ありがとうございます。