幕間:ハクの妖精
主人公と一緒にいる妖精アリアの視点です。
私はハクの妖精。
契約を交わしたわけでもなければ誓いのキスをしたわけでもないけれど、妖精の加護を与えているからハクの妖精と言ってもいいだろう。
普段は隠密魔法によって姿を消してハクの傍についている。
大っぴらにハクと話せないし構ってもらえないのは少し寂しいけど、人の町で暮らす以上は仕方のないことだ。
私としては、妖精や精霊の信仰があるエルフの森辺りに住み着いてくれたら万々歳なんだけど、基本的にはハクの好きなようにさせている。
私がハクに付いてきたのは私の我儘だ。
ハクは他の人にはない特別な力を持っている。
最初見た時はただなんとなくそう思っていただけだったけど、今ならはっきりと言える。
気まぐれで有名な精霊達がハクに興味を持っているのがそのいい証拠だ。
最近のハクはあまり魔法を使わないから気づいていないみたいだけど、今なら多くの精霊が力を貸してくれるだろうからより強力な魔法を放つことが出来るだろう。
魔法を放つのに精霊の介入は必要ないけど、介入すればより威力は高まる。
外付けの魔力タンクから魔力が自動的に追加投入されているようなものだ。
「――――」
また一人精霊がハクの周りに纏わりついてきた。
普通の人間には精霊は目に見えないけれど、妖精である私には見えるのだ。
何を言っているかまではわからないけど。
でも、額にキスを落としたり背中から抱きしめたりしているのを見ればそれが親愛の情なのはわかる。
中には気づかないのをいいことに体内を通り抜けていたり、気を引こうと周囲のものに干渉して音を出したりしている者もいる。
前者はともかく、後者は私がやったと思われているのか、ちょくちょく注意されるのが不満だ。
一応精霊の仕業だとは言ったのだが、実感がわかないのか視線をキョロキョロとさ迷わせていた。
いくらハクが特別とは言っても流石に精霊が見えるわけではないようだ。
「んー、確かに何か光ってるような……?」
……そういうわけでもなさそうだ。
確かに、魔力感知が得意な人間なら気配くらいは感じ取れる人はいる。
ハクはいつも魔法の練習をしているから気配を感じ取れてもおかしくはないけど、まさか精霊光まで見えるとは。
精霊光は魔力生命体である精霊の命の源のようなものだ。
それを散らされると精霊は形を保っていられなくなり、消滅する。
まあ、精霊の消滅は疑似的な転生でもあるから完全に死ぬということはない。何年かしたらまた妖精として生まれてくる。
上級精霊や女王にもなると意図的に姿を見せることもできるらしいけど、詳しいことは知らない。
噂じゃ女王は家族を持ったという話も聞くが、眉唾物もいいところだ。
精霊は自然発生するものだから子供を産むための器官がないしね。家族と言うなら、精霊すべてが家族のようなものだ。
それにしても、精霊の数が多くはないだろうか?
精霊は気まぐれ故にどこにでも存在するが、基本的には魔力が多くある場所に集まることが多い。
代表的な例では魔力溜まりとか湖とかの静かな水辺、竜脈の傍なんかが挙げられる。
人も魔力を持っているから人が多い場所にも現れることはあるけど、邪な人間の前には決して姿を現さない。
その点、ハクは純粋な心を持っているし、保有している魔力も多いからわかるんだけど、いくらなんでも多すぎだ。
どんなに祝福されている人間でもせいぜい二、三人なのに、ハクに至っては十人以上の精霊が付きまとっている。
しかも、中には精霊の加護を落としていく者までいる。
精霊の加護は妖精の加護よりも強力で、魔法の威力を上げるだけでなく、使用魔力の減少や効率化なんかもしてくれる優れものだ。それ以外にも色々あるが、魔法関連だけで言うとそんな感じ。
これだけあればいつも使ってる水刃なんかはほぼノーコストで撃てるんじゃなかろうか?
悪いことではないけれど、なんとなくもやもやするのはなぜだろう。特に、ハクがキスされるたびにもやもやは加速していく気がする。
精霊に愛されすぎるというのも考え物だ。
確かにハクの傍はとても居心地がいい。
流れ出る魔力はとても美味しいし、周囲に展開されている魔力はまるで魔力溜まりにいるかのような安心感がある。
多分本人は魔力が流れ出てることに気が付いてないけど、わざわざ安息の地を手放すつもりもないのでそのままにしている。
だけど、それは私が最初に目を付けたものだ。いくら妖精より精霊が上位の存在とは言っても、それを犯されるのはちょっと、こう、なんかやだ。
『アリア、どうかした?』
私の不機嫌を感じ取ったのか、ハクが【念話】で話しかけてくる。
自然な仕草で手を伸ばしてきてくれたので指に思いっきり抱き着いて甘えてやった。
これは私のもの。誰にも渡さないんだから。
くすぐったそうにしているハクに遠慮することなくしばらく甘えていた。
我ながら、少し子供っぽかったかなと反省する。
精霊と比べたら子供も子供だから間違ってはいないけどね。
さて、甘えたおかげで気分もリセットできたし、少し散策してこようかな。
以前、油断して人間に捕まってあわやハクと一生離れ離れになる所だったこともあり、出来るだけハクとは離れたくないと思っていたのだが、最近ではようやく落ち着いてきてちょくちょく散策に出るようになっている。
あの時は油断していたのだ。人込みに酔ってしまい、隠密魔法も探知魔法も解除して姿をさらした状態で休んでいたのが悪い。
普段ならば人間の町の中で隠密魔法を解くなんて考えなかったけど、あの時は倦怠が勝ってしまっていた。
だから、もうあんな失敗はしない。人前で隠密魔法を解く時は、ハクかハクが信用した相手だけだ。それもできることならハクと一緒にいる時だけにしている。
ハクが近くにいれば、万が一の時は助けてくれるからね。
本当は妖精である私がハクを助けるべきなんだけど、魔封じの道具を使われたら妖精は何もできない。
だからそうなる前に撃退するか、助け出してもらう必要があるのだ。
それはさておき、今日はどこに行こうか。
図書室は行っても本は読めないし、食堂は今行っても誰もいないだろう。
やはり校庭だろうか。あそこならば今なら上級生が魔法の練習をしているはずだ。
別段魔法の練習に興味はないが、ハクのためにも噂話の収集くらいしておかなくては。
先日はそれを怠ったのが原因でだいぶ窮地に立たされたしね。
ハクの現状の評価も確認しておきたいし、ちょうどいいだろう。
「はーい。次は魔法の制御の訓練よ。水球を出してできるだけ維持してみなさい」
校庭に出ると数十人の生徒に指示をする小さな人影を見つけた。
なんだっけ、見たことある。確か入学テストの時にいた……ああ、アンジェリカだっけ?
アンジェリカの指示に合わせて生徒達が水球を作り出す。
魔法は作り出して放つまでがセットだから水球を出してそのまま維持しろというのは結構難しい。
私はやろうと思えばできるけど、普通の人間がそれをやろうとしたら形が崩れたり誤爆したりしてしまいそうだ。
案の定、あちこちでずぶ濡れになっている生徒が続出している。
しばらく観察していたが、みんな魔法の制御に集中しているせいか無駄口を叩く生徒は一人もいなかった。
上級生だけあってなかなか優秀のようだ。
まあ、ハクと比べたら雀の涙だけどね。
噂話は聞けなかったけど、いい気晴らしにはなった。
今度は休み時間にでも様子を見に行くとしよう。
私は早々に見学を終えるとハクの下へと帰還した。
感想、誤字報告ありがとうございます。