幕間:妖精の言葉
主人公の友人サリアの視点です。
ハクはとってもいい奴だ。
僕の能力の事を知っても一緒にいてくれるし、色々世話を焼いてくれる。
今まで出会ってきた奴らはみんな僕のことを怖がっていたけど、ハクだけは初めから怖がることもなく接してくれた。
ハクのおかげでいろんなことが出来るようになった。
屋敷の外にも頻繁に出るようになったし、知り合いもたくさんできた。挙句の果てには学園にまで入学させてもらえた。
僕はハクに返し切れないほどの恩がある。
ハクのためだったら何でもするつもりだ。それでたとえ人に嫌われたとしても。
でも、結局助けられるのはいつも僕の方だ。
ハクは一緒にいてくれるだけで十分だって言ってくれるけど、やっぱり何か返したいなと思ってる。
だから、ハクが何か困ってることはないかと観察してるんだけど、ハクはたまに独り言を呟いていることがある。
僕も一人で喋ることはあるし、おかしなことでもないんだけど、ハクのそれはまるで本当に相手がいるかのような感じがする。それもかなり親しい感じの。
誰かいるのかと思って聞いてみたこともあったけど、教えてくれることはなかった。
もしかしたら、ハクは何か悩んでいるのかもしれない。これを暴ければハクの力になれるかも?
そうと決まれば行動あるのみだ。
ひとまずやるべきことは情報収集。何事も情報は大事だ。もしかしたら、僕の他にも何か知っている人がいるかもしれない。
「ハクさんの独り言、ですか?」
「確かにたまに虚空に向かって話しかけていますわね」
お昼休み。ハクが食堂に向かったのを確認した後シルヴィアとアーシェに聞いてみた。
どうやら二人もハクの独り言を聞いたことがあるらしい。
「なんて言ってたかわかるか?」
「そうですわね……『いつも相手できなくてごめんね』とか『いたずらはダメだよ』とか」
「後は『あんまり離れないでね』とかも言っていた気がしますわ」
二人の話を聞く限り、やっぱり誰かと話している感じだ。
でも、ハクとはいつも一緒にいるけどそんな言葉をかけるような人は見たことがない。
隠密魔法でも使っているのだろうか。でも何のために?
「僕も何度か聞いたんだけど、何なんだろうなあれ」
「さあ、ハクさんは不思議な方ですから」
「もしかしたら、精霊とお話ししているのかもしれませんわよ?」
精霊は魔法を使う時に自分の魔力を対価に魔法を発動してくれる魔力生命体だ。
普段は目に見えないけどそこら中にいて、魔法を使おうと思った時に手を貸してくれるらしいんだけど、もしかしてハクには精霊が見えているんだろうか?
だとしたら独り言の説明も付く。精霊が何をしようとしてるのかは知らないけど、それをハクが窘めていると考えればわからなくもない。
「でも、精霊は目に見えないしそもそも喋れないのではなくて?」
「ハクさんなら何か通じるものがあっても不思議じゃありませんわ。ほら、あの魔法の才ですし」
ハクの魔法ははっきり言って規格外だ。
僕も独学ながら結構使いこなせていると自負しているけど、ハクには勝てる気がしない。
得意としているのは水魔法みたいだけど、それ以外も使えるみたいだし、何より詠唱しているところを見たことがない。
相当精霊との親密度が高い証だ。
あれだけの才能があれば精霊と話ができても不思議はないのかもしれない。
「私もいつか精霊と話せるくらいの実力をつけてみたいですわ」
「そうね。今度ハクさんに教えを乞うてみましょうか」
あんまり待たせても不自然がられるのでその辺りで話は終わりにして食堂へと向かった。
ふむ、しかし、何か悩んでいるのかと思ったけど違うのか。当てが外れてしまった。
これではハクの役に立つことが出来ない。一体どうすればいいのだろう?
せめてダンジョンとかにでも行けば魔法で手伝うことはできるんだけどな。
学園に入学してからめっきりダンジョンに行く機会は減ってしまったし、その方法はあまり効果的ではない。
能力は使ったら怒られちゃうだろうし。
むむむ。
「……んな……たの……」
今日は一人で考え事をしていたのでハクは先に寮の部屋に帰っている。
その寮の部屋から何やら声が聞こえてきた。
また独り言か?
「こうして……あっ、いいかも……」
なんだかいつもより若干嬉しそうな声が聞こえる。
思わず扉に耳を当てて聞き耳を立ててみる。
「そこは……あ、あんまりやると……」
ハクのあんな声滅多に聞かないぞ。
どうしよう、入っていいのかな。
「だ、ダメだって……そんなに入れたら……」
「は、ハク?」
なんか心配になってきたので意を決して扉を開く。
するとそこには空中に水球を浮かばせるハクの姿があった。そしてその隣には、背中から羽根を生やした小さな人が宙に漂っている。
「さ、サリア!?」
「あ、やば……」
小人は瞬きのうちに消えてしまったが、ハクが珍しく狼狽しながらこちらに向き直ってきたから多分見間違いじゃないだろう。
もしかして、さっきのが精霊なのかな?
「ハク、今のは?」
「な、なんのことかな?」
「羽が生えた小さい人がいた」
見たままに言うとハクの表情がだんだん崩れていく。
いつも無表情のままなのに珍しい。
ハクはあーだこーだと言い訳を言い繕っていたが、僕の目はごまかせない。
はっきり宣言してやるとハクは観念したようにがっくりと肩を落とした。
「はぁ……まあ、サリアならいいか。サリア、他言しないって誓える?」
「なんだかよくわかんないけど、ハクのためなら言わないぞ」
「ありがとう。それじゃあ、アリア?」
ハクが短く声をかけると、再び羽が生えた人が姿を現した。
おお、精霊なんて初めて見たぞ。
やっぱりハクは精霊と話してたんだな。
「初めまして。私はアリア。ハクの妖精だよ」
「妖精? 精霊じゃないのか?」
「まあ、似たようなものだよ。あんまり人目に触れたくないから普段は姿を消してるんだ」
聞くところによると、妖精は精霊の子供のような存在らしく、人間からはその珍しさから捕獲対象として見られているらしい。
精霊には感謝しろって言うのが学園の教えだけど、そんなことしていいんだろうか?
困ってるみたいだから、よくはないんだろうな。
「君のことはよく見ているよ。これからもハクのことよろしくね」
「おう、任せろ」
妖精でも精霊でも神聖なものに変わりはない。そんな相手からハクのことを任せろと言われたら頑張るしかない。
ただ、何をどう頑張ればいいかがわからない。
妖精ならハクの悩みとかも知らないだろうか?
「サリア、そんなこと考えてたんだね……」
「まあ、無理に役に立とうとしなくていいと思うよ? 一緒にいてくれるだけで十分」
そのことを打ち明けてみると、ハクは呆れたような声で私のことを見ていた。
むぅ、これでも結構真剣だったんだけどな。
でも、妖精も一緒にいるだけで十分だという。
本当にそんなのでいいんだろうか?
「ただまあ、強いて言うならいつでもハクの味方でいてあげて?」
「それはもちろんだ」
ハクは僕が陥れられた時でも味方でいてくれた。だから僕がハクのことを信じるのは当然のことだ。
たとえ同じような状況にハクが陥ったとしても僕だけはハクの味方でい続ける。
それが親友というものだから。
「なら安心かな。私が言うことはもうないよ」
妖精は満足げに頷いていた。どうやら僕の答えは正しかったらしい。
しばらく妖精と話をして、ハクとのなれそめを聞いたりして盛り上がった。
妖精は滅多に会える存在ではないし、人間に好意を持っている者はその中でもかなり稀ではあるけど、ハクのような人間が相手なら妖精も心を開いてくれる。
僕も心を汚すことなく純粋なままでいて欲しいと言われた。
よくわからないけど、今まで通り頑張れってことだよな。
よし、僕はずっとハクの傍にいると誓おう。妖精の言葉を裏切らないためにも。
誤字報告、感想ありがとうございます。