第百六十五話:騒動の鎮静化
結論から言うと、サリアへのお咎めはなしだった。
不可抗力だったという点や貶められながらも能力を使わなかった点、そして多くの人がサリアが学園に残ることを希望している点から今回の件は不問となった。
だが、何も影響がなかったわけではなく、学園内では案の定漏れた情報によって様々な憶測が飛び交うことになる。
サリアは時に魔女として、怪物として、悪魔に憑りつかれた者として、哀れな被害者として、様々な背景を憶測されていった。
これらの噂を鎮めるために一番奔走したのはルシウス先生だろう。
無口な人ではあるが、やる時は本当にやるようで、宣言通り学園の協力を取り付けてサリアの在学を嘆願してくれたし、理解の薄い教師陣に対して口止めや噂の誘導を促してくれたり。姿こそ見せないが、なるべくサリアの傍にいて何かないか見張ってくれているのも助かる。
私が傍にいる限りサリアに危害を加えさせるようなことはしないつもりではあるけど、護衛が一人と二人では大きな差があるからね。
フェリクスが謹慎処分となったことによって派閥の方も大きく乱され、露骨にこちらを貶めようとして、噂を流していた主要人物にも謹慎処分が下された。
もはや派閥にサリアを攻撃する力は残っていないだろう。謹慎が終わったらどうなるかはわからないが、少なくとも幹部達の地位は降格したに違いない。
先生によれば多くの幹部達は伯爵やら侯爵やらの家柄が多く、そんな彼らが謹慎となっては家として恥だからもう二度と同じようなことはさせないだろうとのこと。
残された派閥の面々は噂に便乗してサリアのことを広めようとしていたみたいだが、それも数ある噂の一つとして流されており、あまり効果を発揮していないようだ。
先生達が噂のことでサリアを攻撃することは止めるように言い含めていることもあり、サリアとついでに私も攻撃されることはなくなった。
ここまで噂が広がり、且つ学園側が守れる布陣が完成しているなら正体を明かしてもいいような気がしたが、一応最後まで隠し通すことになった。
もうサリアが理不尽に能力を使うことはないだろう。どうせ使わないのなら、言っても言わなくても同じことである。
正体を明かすことによって変な先入観を持って接されるよりもその方が相手もサリアも使いやすいだろう。
サリアはもう魔女ではない。ただの心優しい女の子だ。
「サリアさん、ハクさん、おはようございますですわ」
「ごきげんよう、二人とも」
「シルヴィアさん、アーシェさん、おはようございます」
「おはよー」
あれから二週間ほどが過ぎ、いつもの日常が戻ってきた。
噂のことでたまに話しかけられることはあるけれど、敵対的な行為を取られるということはない。むしろ、興味を持って仲良くしてくれる人の方が多かった。
おかげで一年生のみならず、上級生の友達も結構増えた。
この調子で行けば、サリアのことを化け物だなんて呼ばなくなる日も近いかもね。
「今日のテスト、自信のほどはいかがですか?」
「ちゃんと復習はしてきたから大丈夫だとは思いますよ」
「僕もちゃんと勉強してきたぞー」
「まあ頼もしい。私も同じクラスになれるように頑張りますわ」
今日は春休み前の最後のテストがある。
休み明けにはすぐに学年が上がるので、ここでの成績は上級クラスに移れる最後のチャンスでもある。
Aクラスに近づくほどその意識は強くなり、皆真面目に勉強して昇格を目指すのだ。
まあ、私は例外で絶対にサリアと同じクラスになるんだけどね。もちろん手を抜くつもりはないけど、ちょっとずるしてるような気分。
「あ、来ましたわね。ではハクさん、サリアさん、頑張りましょう」
「はい。シルヴィアさんもアーシェさんも頑張って」
クラン先生が入ってきたことにより皆席に戻っていく。
簡単な説明を受けた後、テストが始まった。
正直、テストと言ってもそこまで緊張はしていない。
自分で言うのも何だが、私は記憶力がいい。いや、私というよりは私の身体というべきかな? まあとにかく記憶力がいいので暗記が必要な歴史や魔法学に関しては余裕で突破できる。算術に関しても小学生レベルだし、礼儀作法についても無表情なのを除けばほぼ完璧にこなせる。
特に苦戦することなくテストが終わり、放課後となる。
隣に座るサリアを見てみると、満足げに鼻を鳴らしていたからうまくいったのだろう。
まあ、毎日あれだけ勉強していれば自信もつくか。
サリアは覚えはとてもいいけれど、一気には覚えられない。毎日の積み重ねが功を奏した結果だろう。
シルヴィアさん達もそこそこうまくいったようで、後は結果を見て同じクラスになれることを祈るばかり。
私としても、あの時助けてくれたシルヴィアさん達とは一緒にいたい。
今では学園内では一番の友達と言ってもいい存在だからね。
「ハクさん、休みの予定はありますの?」
「いえ、特には」
アーシェさんが話しかけてくる。
この後は後数日学校に行けば春休みとなる。
編入した時はまだ秋だったというのにいつの間にかもう冬だ。時の流れは速いものだ。
休みの間は基本的に実家に帰っていくのが普通らしい。一応、寮の食堂や一部の学園施設は休み中も使えるらしいけど、大体の人は雪で道が閉ざされる前に領地に帰るのだとか。
サリアは多分王都にある家に帰るだけだと思うけど、私はどうしようかな。
最近全然していない冒険者活動を再開するくらい? 後はサクさんの道場に通うとか。
私は別に王都に家を持っているわけでもないただの冒険者だから家に帰って何かするってことがないんだよね。
お姉ちゃんには会いたいけど、休み中ならいつでも会えそうだし。
「それでしたら、私達の領地へ遊びにきませんか?」
「シルヴィアさん達の領地ですか?」
シルヴィアさん達の領地はここから東に行ったところにあるらしい。
音楽が盛んな場所で、現在城に仕えている宮廷音楽家や著名な歌手はほとんどが彼女達の領地から輩出されたのだとか。
身分とか気にせずに絡んできたから忘れてたけど、この二人も貴族だったんだね。
「そういえば、シルヴィアさん達の家名って?」
「あら、言ってませんでしたこと?」
「ニドーレン侯爵家ですわ」
おお、侯爵家。結構お偉いさんだったんだね。
「ふふ、ハクさんなら大歓迎ですわ」
「もちろん、サリアさんも。お友達を連れてきてくださってもよろしくてよ?」
その日暮らしの冒険者とはいえ、ゴーフェンでの出来事で資金は潤沢にある。少しくらい遊ぶ程度ならまったく問題はないだろう。
すっかり王都に入り浸ってしまっていたけど、いろんな場所を見れるならそれに越したことはない。
「サリアはどう?」
「ハクが行くなら行くぞ!」
その言い方はどうかと思うけど、まあ、行く気があるならいいか。
「では、お言葉に甘えて遊びに行かせていただきますね」
「まあ嬉しい。それなら馬車を手配しますわ」
「良質な音楽と最高の食事でおもてなしさせていただきますわ」
食事はともかく、音楽はちょっと楽しみかも。
詳しい日程は後日決めるということになり、その日は解散となった。
来年からは二年生。波乱万丈な学園生活だったけど、なんだかんだでうまくいっているようでほっとしている。
この学園を卒業する頃にはこの世界の魔法をうまく理解できているだろうか。
まあ、目的はサリアに学んでもらうことだから私の勉強は二の次でいいんだけどね。
お友達のお誘いに心躍らせつつ、帰路についた。
感想ありがとうございます。
この話で第五章は終わりです。幕間を少し挟んだ後、第六章へ移ります。