第百六十四話:仲間の絆
教師であるルシウス先生、そしてアルト王子の言葉によって生徒達も落ち着きを取り戻した。
特にシルヴィアさんを始めとした同じクラスの人々は真っ先に味方をしてくれ、貴族達も少し不満はありそうではあるが身を引いた。
サリアを断罪するムードに包まれていた教室は一転してフェリクス一派が喚き散らしているだけの場となった。
「なぜ……なぜだ! なぜそんなことが言える!? こいつは私の家族をぬいぐるみにして弄んだ大罪人なんだぞ!」
旗色が悪くなり、焦ったように叫ぶフェリクス。
やはりというか、彼も被害者家族の一人のようだった。
だが、それはもはや断罪の理由にはならない。
被害者はすでに解放され、その補償も国が行っているはずだ。そのうえで、国がサリアには手を出すなと言っているのである。
被害者の恨みつらみと国の命令、どちらが優先されるかは明白だった。
「それはもはや過去の事。国が正式に捨て置けと命じたことだ。お前が喚き散らすたびに陛下の顔に泥を塗っているということに気付かんのか?」
王様への反逆は大罪だ。下手をすれば処刑だってありうる。
ましてや、王族であるアルト王子がいる目の前でそんなことを言うのは自殺行為に等しい。
彼の発言は王族の意見に反するということなのだから。
「フェリクス・フォン・シモンズ。お前には一か月の謹慎を言い渡す。少し頭を冷やせ」
ルシウス先生の言葉にフェリクスは拳を震わせ、取り巻きを率いてその場を後にした。
侮辱罪に比べればまだ寛大な処置だろう。だが、貴族出身の生徒が謹慎を受けるのは家の恥さらしもいいところだ。
彼の今後の家での立場は大きく崩れることになるだろう。
「さて、貴族の皆さんには大変見苦しい場面を見せてしまいましたが、生徒の癇癪と思って流していただきたい。もちろん、この場でのことは他言無用。またサリアやハクに対して余計なことはしないことです。もしもの時は学園そのものが敵になるとお考え下さい」
ぶっきらぼうに頭を下げつつルシウス先生が言い放つ。
後で知ったことだが、ルシウス先生はこの学園の中でも指折りの魔術師であり、その実力は宮廷魔術師にも匹敵するのだという。
そんな彼をはじめとした学園が敵になることは貴族にとってもかなりまずいことらしく、皆額に汗を浮かべながら了承してくれた。
生徒達に関しては王子やシルヴィアさん達が宥め、この場のことは他言無用ということで話がまとまった。
学園での地位は皆同じとはいえ、仮にも王子の発言だ。ちゃんと守られることだろう。
「不快な思いをさせてしまったな」
十分に言い含めてから観客を解放し、この場に残るのは魔法薬研究会の面々と王子、シルヴィアさんとアーシェさん、そしてルシウス先生だけとなった。
ルシウス先生は私とサリアに深く頭を下げて謝罪する。
こちらとしては先生に助けてもらった立場であり、謝罪をされるようなことはしていない。むしろ、先生がいなかったら最悪、サリアに危害が加えられていただろう。
感謝こそすれ、謝られることはなかった。
「いえ、助けていただきありがとうございます」
「フェリクスの存在は把握していた。危害を加えるつもりならすぐにでも割って入るつもりだったが、まさかあんな風に観客を扇動するとは思わなくてな。俺の判断ミスだ」
以前から私達を貶めようとする動きはあった。でもそれは私を引き抜くことによってサリアを孤立させ、サリアを放逐しようとするものだと思っていた。
私に対する脅迫はあくまでサリアのためであり、私が本格的なターゲットになることはないと思っていたのだけど、まさか私ともども放逐しようとするとは。
まあ、あれだけ反抗していたら邪魔に思うのも仕方のないことだけど、私達の研究室の発表を利用してサリアの秘密をばらすなんて思いもしなかった。
サリアの能力は突飛すぎる。普通に話したところで信じてもらえない可能性も高い。だけど、あの薬を飲んだ私の口から言わせれば信憑性もある。
しかも有力貴族を呼んで権力を味方につけ、且つ私の口から言わせることでサリアを裏切ったように演出した。
いつから私達の研究室の発表の内容が漏れていたのか知らないけど、よく考えたものだ。
「それにしても、まさかサリアさんがそんな過去をお持ちだとは思いませんでしたわ」
「でも、過去は過去。今は今ですわ。私達はいつでもサリアさんの味方ですわ」
「二人とも……」
二人の言葉にサリアが涙ぐむ。
今までこうして能力の事を知った人間は皆サリアの下を去っていった。だからこそ、ぬいぐるみにしてまで引き留めてきた。
だけど今は違う。そんなことしなくても友達でいてくれる人がいる。
ここまでまっすぐに言ってくれる人は稀有かもしれないけど、でもいないわけではないのだ。
「うむ、事情はどうあれ、君達は我が研究室の会員だ。魔法薬の研究に家柄も薄暗い過去も関係ない。断言しよう、君達は仲間だ」
「私もー、二人のことはー、気に入ってるしねー」
「ありがとう……」
無意識のうちに感謝の言葉が漏れる。どうやらまだ薬の効果が残っているようだった。
「貴族への対応は私に任せてくれ。念のため父上に話を通しておく」
「頼む。俺は生徒達を見張ろう。完全に防ぐのは無理かもしれんが、方向転換くらいはできるだろう」
言い含めたとはいえ、所詮は一介の教師の言葉だ。有名人とはいえ、全員が素直に言うことを聞くとは思えない。
王様を通じて改めて貴族に口止めを通達する必要はありそうだ。
生徒にしても口約束の口止めなど信用できないだろう。それにあの時外を通りがかっていた生徒やフェリクスが話す可能性もある。
そういった時、せめて悪い方に噂が流れないようにする処置は必要だ。
今回訪れていた生徒はみんな学年はバラバラ。それぞれの学年に対処しようとなると事情を知らない先生達にも話す必要が出てきそうだな。
「……なあ」
「どうした?」
「僕は、まだこの学園にいていいのか?」
不安そうにサリアがポツリとこぼす。
王様からは問題を起こしたらすぐに退学させると言われている。
今回の場合は向こうから仕掛けてきたことだから不可抗力とはいえ、機密事項であるサリアの存在を多くの人達に知られてしまった。
今回はこの程度で済んだともいえるが、もし次があればその時はどうかわからない。被害者が出るかもしれない。その危険を考えれば、サリアをこれ以上学園にいさせるのは難しいと言える。
「……大丈夫。私がそんなことさせないから」
「ハク……」
「無論、私からも父上に進言しよう。今回の件、サリアは全く悪くない。むしろ被害者だとな」
「俺からも言っておこう。学園からの正式な意見として」
「私達も署名を集めますわ」
「サリアさんと離れ離れにはなりたくないですもの」
だが、サリアには多くの味方がいる。
一人一人の声は小さくとも、何人も集まればそれは大きな力となる。
サリアを退学になどさせるものか。サリアが加害者ならともかく、被害者なのに学園を去らなくてはいけないなんておかしい。
今回の事件だって私がもっとしっかりしていれば防げたかもしれないことなんだ。次は絶対にサリアを守る。
私は固く胸に誓った。
感想、誤字報告ありがとうございます。