第百六十三話:捨てる神あれば拾う神あり
フェリクス・フォン・シモンズ。確かそんな名前だった。
私の釣り作戦によって引っ張り出された派閥の幹部と思わしき男。
あれだけ言い含めておけばしばらくは何もしてこないと思っていたけど、ここで仕掛けてきたか。
元々何か仕掛けてくることは読んでいた。ルシウス先生だって気を付けろと忠告してくれていたのだ。
だけど、まさか堂々と私達の研究室に出向いてくるとは思わなかった。
「サリアは心優しい女の子だよ。ちょっと人付合いが苦手で引っ込み思案な女の子」
この流れは非常にまずい。
今の私は質問されれば正直に答えてしまう。
サリアの能力のことも、サリアが何をしてきたのかも。
「ほう、ではサリアの能力は何だ?」
「人をぬいぐるみにする能力だよ。でも、今は滅多なことでは使わないよ」
ちらちらとサリアの方を見やる。
突然の事態にサリアも困惑しているようだ。しかし、まずい状況だということはわかるのだろう。心配そうに私を見ていた。
どうする、サリアを逃がすべきか?
いや、ここで下手に逃がして囲まれたら困る。奴らの狙いはそうやってサリアを追い詰め、サリアに能力を使わせることだろう。
どんな状況であれ、サリアが能力を使用すればサリアを貶めるのはたやすい。
その状況だけは回避しなければならない。
「サリアを貶めたいの? サリアはもう何もしないのに」
「そんな保証がどこにある? サリアがやってきたことを言ってみろ」
「何人もの人達をぬいぐるみにして監禁してきた。私もぬいぐるみにされたことがある。でも、その人達はすでに解放されたはずだよ。全員ね」
なんとか言いつくろうが状況はかなり悪い。
観客達は私とサリアを交互に見ている。その目が疑念に駆られているのは誰にでも見て取れた。
今私が言っていることはすべて本心、つまり嘘がないということだ。
その説明が、私の言葉に信憑性を持たせてしまっている。
「今更解放されたところで被害者が救われるとでも? サリアは裁かれるべきだ。そんな危険な能力はこの世にあっちゃいけない」
「サリアは心を入れ替えた。もう誰もぬいぐるみに変えることはない。それは私が保証する」
「たかが平民風情の保証が何の役に立つ。貴様はどうあってもサリアの味方をしたいらしいな」
「サリアは私にとってかけがえのない人。サリアを貶めるというなら私も容赦しない」
「聞いたな? こいつは大罪人サリアにつく狂人だ。気を付けろ、近づけばぬいぐるみにされる。サリアもこいつもこの学園にいてはいけない存在なんだ」
生徒達の目に怯えが灯る。
ああ、なんてことだ。これではサリアが……。
私は別にどうなったっていい。でも、サリアはもう十分苦しんできた。
今更こんなことを言われる筋合いはない。たとえサリアが悪かったのだとしても、サリアはもう償いをしたはずだ。
だが、かといってあいつを黙らせるわけにもいかない。下手に攻撃すればそれこそこちらが悪いと認めているようなものだ。
貴族連中も侮蔑の篭った目を向けてくる。
なんでこんな危ない奴を学園に置いているのか、すぐに追放すべきだ、処刑すべきだと様々な声が聞こえる。
「やめて! サリアは悪くない! サリアはもう償いを済ませた!」
「さあ、みんなでサリアを放逐しよう。学園に平穏をもたらすためにも!」
私の言葉は届かない。
薬の効果は続いていれど、もはや私の言葉に耳を傾ける者はいなかった。
生徒達が立ち上がる。ある者は魔法を詠唱し、ある者は敵意を持った目でサリアを見つめる。
教室を包み込む殺気は同じ学園の生徒に向けていいものではなかった。
「……何の騒ぎだ」
その時、扉から何者かが入ってきた。
顔をすっぽりと覆うフードを被った渋声の男性。ルシウス先生だ。
「これは先生。今から罪人を断罪するところですよ」
フェリクスはサリアに目を向ける。その目は血走っており、サリアを排除することしか考えていないようだった。
「罪人がどこにいると?」
「そこのサリアですよ。そして、それに従う平民も同罪だ。こいつらはここで死ぬべきだ」
「……仮にその二人が罪を犯していたとしても、それを裁くのはお前達ではない。身の程をわきまえろ」
フードに隠れた眼光がきらりと光る。
その威圧感は並の人間を黙らせるには十分な威力があったらしい。
フェリクスがごくりと息を飲んだのがわかった。
「で、ですが、ここの貴族達はどうです? この方々は有力貴族だ。裁く権利を持っている」
「お前の言う罪がサリアの過去の罪状の事を言うならばそれを裁けるのは陛下だけだ。有力貴族だというならその辺りの事情はわかっていると思うのだが?」
ルシウス先生の言葉に貴族達が顔を見合わせる。
サリアの情報はかなり規制されていた。それを知るのは王城でも一部の者しかいない。
被害者家族にしても王様が口止めをしているはずであり、サリアの存在は公にではないが認められた存在なのだ。
それがたとえその能力を忌避してからのものだったとしても。
王様が認めている以上、サリアを裁けるのは王様しかいない。
むしろ、こうして敵対して危険を増やす行為は王様への反逆行為ともとれた。
「そもそも、サリアの入学を認めたのは陛下の判断だ。危険がないようハクをつけてな。それともお前は陛下の判断に疑問を抱くのか?」
「そんな、陛下に逆らう気などありません! ですが、サリアがいる学園で生活するなど、安心して眠ることもできません!」
「それが陛下の判断に異を申しているというのだ。大体、そうやってサリアを排除しようと動くことこそが危険を招くのだとわからんのか?」
サリアが怖いというのはわかる。だけど、だからと言って排除しようとすれば反撃されるかもしれないとわからなかったのだろうか。
彼らの一番の解決法はなるべく関わらないように遠巻きに見ていることだった。
今だってサリアが変な気を起こさないか気が気でない。
見てみれば、俯いてぎゅっと拳を握っていた。
心ないことを言われて、友達だと思っていた人からも蔑みの目を向けられて無事なわけない。
「サリア、大丈夫。私がついているよ」
「ハクぅ……」
ぎゅっとサリアが抱き着いてくる。私はそれを優しく抱き留め、背中を撫でてやった。
こんな子が罪人などと誰が思うのか。
彼らのそれは、被害者という免罪符を持ったただの八つ当たりでしかない。
「……ルシウス先生の言う通り、私達に彼女らを裁く権利はない」
声を上げたのは王子だった。
多くの人達が敵意を向ける中、王子は最後まで敵意を見せなかった。
私のことが好きだというのもあるんだろうけど、その瞳には理不尽に対する決意が見て取れた。
「私は王族故にサリアの事情も知っていた。だが、彼女は君の言うような恐ろしい存在ではない」
「なっ、アルト王子!?」
「ハクで不足というなら私が保証しよう。彼女は敵意を向けない限り安全であると」
王子が宣言したことによってざわめきが強くなった。
王子は私の方に目を向け、ウインクして見せる。
自分がついているから大丈夫というかのように。
「そうですわ。サリアさんが悪い子であるはずがありません。友達である私達が保証しますわ」
「たとえ過去に罪を背負っていたとしても、それはもう終わったこと。今更蒸し返すことではありません」
王子に次いでシルヴィアさんやアーシェさんも加勢してくれる。
敵意に満ちていた観客達は困惑に身を震わせ、どうしていいかわからないようだった。
「教師として言おう。サリアは安全だ。もし問題が起きるようなら俺が責任を取る。下手な気を起こすなよ」
ルシウス先生の言葉で教室が静かになる。
ずっと敵ばかりと思っていたけど、ちゃんと味方はいてくれたんだ。
私は彼らの勇姿に思わず涙を流していた。
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