第百六十二話:動き出す悪意
発表は順調だった。
商人を中心に人が集まり、その過程で有力貴族も何人か足を運んでくれたようで、最低限研究室としての威厳は保てたと思う。
貴族のことをどう思っているか? と聞かれた時は少し肝を冷やしたけど、幸いそこまで変な回答にはならなかったのでよかったと思う。
私は別に貴族に対して憧れとかそういうものは抱いてないけど、王様と同じで敬うべき存在であるとは思っているのでそこまで印象は悪くなかった。
まあ、敬いはするけど間違った考えを持つ人だったら軽蔑するけどね。
特に、こちらが正しいことをしているのにそれをあたかも間違いであるかのように糾弾し、あまつさえ排除するような連中は嫌いだ。
それは平民だろうが貴族だろうが変わらない。
そうやって濡れ衣を着せようとしてくる奴がいたら私は全力で排除しに行くと思う。
下手なこと聞かれて不興を買いたくないから早く発表が終わって欲しい。
一応、心の声を聴く薬の他にもいくつか魔法薬は用意してあるが、魔法薬らしい珍しさがあり、且つ反応も面白いこの薬が一番受けがいいのは事実。
もうここまで来たら変身薬とか使ってもいいんじゃないだろうか。
配らなければ悪用されることもないだし。
……相手は貴族だから無理に迫られたら渡さざるを得ないから無理か。
ある程度は学園の威光で守られるとはいえ、一介の生徒が貴族に勝てるはずもない。もちろん、生徒の家柄によってはその限りではないこともあるけどね。
時間は過ぎて行き、お昼前となった。
私達のお昼休憩は少し遅めになっている。お昼の間ずっと発表がないという事態を避けるのもあるが、発表に参加している生徒達が他の発表を見れるようにという配慮でもある。
お昼休み以外にも何時間か置きに休憩が入るので割と他の研究室を見に行く機会は多い。
次の発表が終わればお昼になることだろう。
お客さんもそこそこ増え、生徒達の姿もちらほら見える。
そんな中、聞き覚えのある生徒の声が聞こえてきた。
「ハクさん、約束通りきましたわよ」
「どんな発表をするか楽しみですわ」
シルヴィアさんとアーシェさんが取り巻き達を連れてやってきた。
おおよそはいつものメンバーだったが、中には知らない顔もちらほらいる。
恐らく火属性魔法研究室の面々だろう。
「あはは、あまり期待しないでくださいね」
まあ、来るとは言っていたから覚悟はしていたけど、あれをこの二人に見せるのかぁ……。
正直気が進まない。というか、変な質問されそうで怖い。
他の生徒もいるんだから勘弁してよ? ほんとに。
「ハク、ここだったか」
シルヴィアさん達に次いで現れたのはまさかの王子だった。
王子が何の研究室に入っているかは知らないけど、ちょうど休憩時間が重なったらしい。
来るのはいいんだけど、タイミングが悪い……。
「王子、なんだかお久しぶりですね」
「あ、ああ。あれからしばらく経つが、体の方は大丈夫か?」
「はい。お陰様で何事もなく」
王子の態度はどこかよそよそしい。
まあ、理由はわかっている。主に私のせいなんだけどね。
以前、王子と共にゴーフェンに行った時、用事も終わったので観光しようってことになって王子と町を回ったことがあったんだけど、その時私は熱を出して倒れてしまったのだ。
竜の翼のせいで魔力の流れがおかしくなっちゃったのが原因だったんだけど、王子は私の体調に気付けなかったことを酷く後悔しているようで、ずっと付きっ切りで看病してくれた。
後から聞いた話だが、ギガントゴーレムを討伐した際に私が大怪我したこともかなり気にしているようで、心配するあまり私への接触を遠慮しているらしい。
あれから夕方のお茶会のお誘いもなくなったし、学園内で顔を合わせることも稀だった。
別に私は気にしてないんだけど、王子の中では大事なことらしい。
まあ、単純に改めて振ったから落ち込んでいただけかもしれないけど。
「そうか、ならよかった。ここは魔法薬研究会? だったな。ハクさえよければだが、休憩時間になったらぜひ私の研究会にも来てほしい」
「何研究会ですか?」
「魔法剣研究会だ」
聞いたことのない研究会だった。
聞くところによると、世の中には魔法剣士と呼ばれる職業があるらしい。
剣に魔法を付与して戦うスタイルのことで、使い手はかなり限られるらしいが剣士の憧れの職業であり、そう言った憧れを持つ者達が集ってできたのが魔法剣研究会らしい。
あれかな、アグニスさんがやってたみたいなやつかな?
確かに魔法の基本は攻撃だから付与系ってあまり見ないよね。
私はその気になればできると思うけど。というか、魔法そのものでできた剣を使えるし。
どっちが優れているかは……どっちもどっちかな?
実体がある分魔法を付与した方が威力は高そう。使用者の技量にもよりそうだけど。
「わかりました。後で伺わせていただきます」
「ありがとう。場所は二階の階段側だ」
まあ、これ終わったら休憩に入るし、元々色々見て回るつもりだったから問題ない。
とりあえず、シルヴィアさん達の研究室と王子の研究室が決まりかな。
後はなに回ろう。特に決めているわけではないからその場のノリで決めようかな。
「時間となりました。それでは我が魔法薬研究室の発表を始めたいと思います」
ヴィクトール先輩の挨拶に騒がしかった会場が静かになる。
今回は生徒が多いな。ちょうど休憩時間だったからかな? 上級生の数も多い。
同級生もいる中、ヴィクトール先輩の発表はゆるぎない。自分の発表に絶対の自信を持っているようだった。
まあ、この人は真面目という前に、たった二人で魔法薬研究会を立ち上げるような変人でもある。
魔法薬にかける情熱は恐らく誰よりも強いだろう。
内容もわかりやすいため、多くの人達はその発表に引き込まれていく。
やがて発表が進み、私が薬を飲む時がやってきた。
ああ、飲みたくない。飲みたくないけど、飲まなければいけない。
グイッと飲み干すと、また知らないうちに私の口から言葉が紡がれた。
「もう飲みたくない。私の心が覗かれるってどんな拷問?」
普段敬語を話している奴が急に砕けた態度をとるのは結構衝撃的なことらしい。
私を知る多くの生徒は目を丸くしていた。
そのまま説明は進み、質問タイムへと移行する。
「わかるぞ。絶対変な質問してくる奴がいる」
言ってからそんなこと言ったら余計に焚きつけてしまうじゃないかと思ったけどもう遅い。
一番前の席に座ったシルヴィアさん達がにやりと顔を歪めたのが目に入った。
「はーい。嫁のサリアのことはどう思ってますか?」
「ほんとに嫁にしたいくらい大切な親友だよ。ってなに言わせるの!」
「きゃー! 流石はハクサリですわ!」
「待って、サリハクという可能性も……」
「それはそれでいいですわね。正直なところどっちですの?」
「私としては攻めの方が……ってだからぁ!」
もうやだ、死にたい。
今頃私の顔は真っ赤になっていることだろう。
キャーキャーわめきたてるシルヴィアさん達を恨めしく思う。
後で覚えとけよ……。
しばらくそんなくだらない質問を繰り返され、そろそろ質問タイムも終了という時間になってきた。
ああ、ようやく解放される。
そう思っていた時だった。
「では質問だ。サリアの正体は何だ?」
「えっ……」
色めき立っていた会場が静かになり、質問者へと視線が向けられる。
そこにいたのは、金髪碧眼の美男子。
一か月ほど前にちょっかいをかけてきたフェリクスだった。
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