第百六十一話:発表会当日
ついに発表会の日がやってきた。
この日は学園外からの来客も寛容になり、多くの貴族や商人達が集まってくる。
発表会が開催されるのはそれぞれの教室だ。一研究室につき一つ教室が与えられ、そこに訪れた人達に発表を披露することになっている。
発表は大体一回三十分程度の持ち時間がある。マイナー研究室はこの持ち時間を消費しきれず失敗することが大半だが、うちのヴィクトール先輩は優秀だ。やろうと思えば一時間だってできるだろう。
流石にそんなにやったらスケジュールがかみ合わなくなってくるからやらないが。
私達に与えられた教室は三階の一部屋だ。
混雑を避けるため、主要研究室は大講義室などの広い部屋が与えられ、マイナー研究室はあまり人の来ない端っこの教室を宛がわれることが多い。
私達も例にもれず人通りが悪そうな立地だった。
三階の一番奥だからわざわざ足を運んでくれる人も少ないだろうし、そもそも人がきてくれるかが怪しい。
いや、その辺は大丈夫か。
宣伝に関してはミスティアさんとサリアがやってくれている。それに今回は顧問であるルシウス先生も手を貸してくれるというのだから多少は人も来るだろう。
ルシウス先生、あまり興味はないように思えたけど、研究室が潰れるのはあまりよく思っていないらしい。
「ハク君、準備のほどは大丈夫かね?」
「はい、大丈夫です」
発表内容をまとめたテキストを確認しながらヴィクトール先輩が話しかけてくる。
今回の発表での私の立ち位置は実験台だ。
実際に魔法薬を使用してどのような効果が表れるのかを試す人。
発表するのはヴィクトール先輩であって、私はほとんど喋らない。
一応、私にもしものことがあった場合はサリアが代打として出ることになっているけれど、それはあまりやりたくないなぁ。
こんなことをするのは私だけでいい。それにサリアだと素直すぎて何言うかわからないし。
ミスティアさんは調合役だ。実際に目の前で魔法薬を調合するところを見せる。
この役は私でもいいんだけど、それだとミスティアさんの仕事がなくなっちゃうし、これでいいんだろう。
発表の時間が迫ってくる。
客の入りのほどは……まあ、そこそこ? 五、六人ほどはいる。
正直もっと少ないと思っていたから別にいい。少ない方が私の心の傷も浅いし。
来ているのは商人風の人が多いかな。魔法薬は時代遅れ感はあるけど、全く使えないわけではない。特に、魔法が使えない人にとっては重宝する時もある。
新たな商売のタネにしようとでも思っているのだろう。
認めてくれるかどうかはともかく、呆れられないようにはしたいな。
「さて、時間となりました。それでは我が魔法薬研究室の発表を始めたいと思います」
ヴィクトール先輩が挨拶をし、解説を始める。
まず知ってもらうのは魔法薬が決して万能薬ではないということだ。
昔はそれこそ未知の病を治すために魔法薬に頼ってきたという歴史もあるが、今ではある程度はポーションで代用することが出来る。
一応、ちょっとした病を治すために使用されることはまだあるようだが、多くは治癒術師に頼っており、魔法薬師はかなり数を減らしている。
あってもそこまで使わないが、なくては少し困るものというのが魔法薬だ。
魔法薬の歴史を紐解くとともに薬としての有用性を説明していく。
魔法薬のいいところは魔法を使うことでそれに付随した効果を付与できる点だ。
例えば火属性のボール系魔法を撃ちこめば燃える水ができる。使う素材によって多少効果が変わったりするが、基本的には魔法の効果に近い効果の物が作れる。
治癒魔法を撃ちこめばポーションすらも凌駕する効果の高い薬になることだろう。
まあ、そんなことをするくらいなら直接治癒魔法をかけるべきかもしれないが、直接治癒術師が見なくてはならないのと薬だけを持って行けばいいのでは全然違うだろう。
その他にも魔法では完全に再現できないようなものも魔法薬なら可能だ。
燃費が悪い変身魔法を一定時間とはいえ安定して使えると考えるとそこそこ便利かもしれない。
そして、今から披露する魔法薬もそんな魔法薬でしか再現できないものだ。
「できたよー」
説明と共にミスティアさんが魔法薬を作り上げる。
すでに作り終わっているものもあるが、これは試供品用だ。
私は渡された小瓶を開け、グイッと飲み干す。
「ああ、飲んじゃった。大丈夫かな、顔に出てないよね?」
普段なら初対面の人には敬語を使うが、今はそれもない。
なぜなら、この言葉は私の意志とは無関係に飛び出してくるからだ。
ミスティアさんが作ったのは人の心の声を聴く薬。
これを飲んだ者は一定時間思ったことをそのまま喋ってしまうのだ。
「み、みんな見てる……は、恥ずかしい」
そんなことを言っていても私は別に恥ずかしがったりしていないし表情も変わらない。そうなるように努めているからだ。
正直私は発表会というだけでとても緊張している。表情が動かないからそう思われないことが多いけど、これでも動揺しているのだ。
「早く終わって欲しい。サリアと一緒に部屋に籠ってたい」
いくら取り繕っているとはいっても限度がある。
言っていることはすべて本心だ。
最初は怪訝そうな顔をしていた観客達も私の表情との差異に気付いて面白そうにため息をついている。
「あ、あんまり見ないで……」
顔が熱くなっていくのを感じる。表情は変わらねども赤くはなっているだろう。
正直今すぐにでも逃げ出したいが、自分で言い出したことだし、そんなことをすれば研究室の評判が下がってしまう。
私を交えての説明も終わり、質問タイムに入る。
この時間が一番地獄だ。私は応えられた質問になんでも正直に答えてしまうのだから。
私の歳とか名前とかスリーサイズとか、流石にやりすぎと思われるものはヴィクトール先輩が止めてくれたけど、言われただけでも思ってしまうのだからあんまり意味はない。
「死にたい……」
私なんだってこんな提案をしてしまったのだろうか。昔の自分を殴ってやりたい。
でも、下手に犯罪に利用されかねないものを配るわけにはいかなかったし、そう考えるとこれしかなかったんだよ。
これならせいぜい、ちょっとした自白剤程度にしかならないだろうし。
本気で抵抗すれば多少は喋らないこともできるしね。
「お疲れ様。いや、思った以上に盛況で何よりだ」
発表が終わり、観客がはけた後にヴィクトール先輩が労いの言葉をかけてくる。
その手にはカップが握られていて、ちょうどさっきお茶を入れたのだということがわかった。
「私の羞恥心が犠牲になったけどね」
試供品はそこそこ配ることが出来た。
私の姿を見て何か思いついたことがあったのかもしれない。
中には私のことを同情したような目で見てくる人もいたが、その人にでさえ「同情しないで、惨めな気持ちになる」と口が勝手に滑ってしまった。
相手は貴族やそれに顔の利く商人ばかりなのだから不用意な発言には気を付けなくてはならない。
彼らの考え一つでこんなマイナー研究室なんて簡単に潰されてしまうのだから。
そういう点ではこの薬は失敗だったかもしれない。常に平常心を保たないとやってられない。
「この後の発表も頼むぞ」
そう、発表はこれで終わりではない。
今日一日は休憩時間を除いてずっと発表し続けなくてはならない。
もちろん、その度に私は薬を飲まなくてはならないわけで……。
はぁ、今日だけで私の尊厳は地の底まで落ちそうだ。
以降の発表を憂鬱に想いつつ、次の発表の準備を進めることにした。
感想ありがとうございます。