第百六十話:不安な発表会前日
不穏な噂が流れているという以外は特に何事もなく時が過ぎ、発表会も明日へと迫ってきた。
噂が流れているのは主に上級生の間だけで、一年生の間ではそこまで流れていないというのが気になる。
何か、意図的に情報を封鎖しているような。私を攻撃したいのならむしろ一年生の間で流行らせた方が効果的だと思うんだけど。
相手の狙いはどうであれ、私は特に反応しないことにしているから実害はあまりない。いや、上級生の私への好感度は下がってそうだけど、そこまで会うわけでもないしなぁ。
ただ、ただでさえ味方が少ない中でサリアの事を知らない生徒まで敵に回ってしまうのはちょっと困る。
うーん、それが狙い? だとしてもちょっと遠回しすぎるような。
わからない。
「ハクさん、サリアさん、おはようございますですわ」
「ごきげんよう」
「シルヴィアさん、アーシェさん、おはようございます」
「おはよー」
教室に入ればいつも通りの空間が広がっている。
ただ、明日が発表会ということもあって少しだけピリピリとしているような気がする。
和やかに挨拶してきたシルヴィアさん達だけど、そわそわとしてどこか落ち着かない様子だった。
「ついに明日が発表会ですわね」
「緊張しますわ。ハクさん、あなたの研究室の方はどうですの?」
「まあ、概ね順調ですね」
発表会の練習に関しては完璧と言っていい。
実際に魔法薬を飲んでの練習は数えるほどだけど、ちゃんと効果も実証できているし、今更本番で失敗するということもないだろう。私の羞恥心が死ぬだけで。
ミスティアさんがやたらと飲ませたがって来るのが困る。あの人あんな性格じゃなかっただろ。
「ハクさんの発表、ぜひ見に行かせていただきますわ」
「私もです。どんな発表になるのかしら」
「出来ればあまり見て欲しくはないんですけどね……」
友達にあれを見せるのはちょっと気が引ける。
知らない他人ならともかく、知り合いに見せたら絶対後で色々弄られるでしょ。
この二人はそんなことしなさそうに見えるけど、最近遠慮がなくなってきてるからどう転ぶかわからない。
「やっぱりハクさんも不安なんですの?」
「不安というか、恥ずかしいというか……」
「まあ、ハクさんもそういうところがあるんですのね」
普段私のことどう思ってるんだこの二人は。
確かに私はあまり感情を表に出さないけども。
「大丈夫、いざとなったら僕がハクを助けるぞ!」
「まあ、頼もしい」
「流石は嫁ですわね」
「嫁は止めてください……」
この二人に限ったことじゃないけど、みんなやたらと私とサリアをくっつけようとしてくる。物理的にじゃなくて、恋愛的な意味で。
物理的にならしょっちゅうくっついてるけどね。
まあそれはともかく、みんなの中で私とサリアは公式カップリングらしい。
クラスの中のみならず、一年生全般や一部の上級生達もそう思っているようだった。
確かに私は中身は男かもしれないけど、表面上は女同士なんだけどなぁ。そう言うのって理解あるのかな? 法律とかで禁止されているわけではなさそうだけど。
「私達の研究室の発表も見に来てくださいましね」
「ハクさんならきっと気に入ると思いますわ」
「あ、はい。それはもちろん」
二人が入っているのは確か、火属性魔法研究室だったかな。
会員もかなり多い主要研究室の一つ。発表会では毎回派手な火魔法を披露して観客を沸かせているとかなんとか。
まあ、普通に興味はある。魔法薬研究会に入ってはいるけど、他の研究室に興味がないわけではない。ただのマイナー好きというわけではないんだからね。
「確か一番手でしたよね。お二人は何をするんですか?」
「いえ、私達は裏方ですわ」
「研究室に所属はしていますが、まだ魔法を使うには未熟ですので」
まあ、それはそうか。一年生の中ですでに魔法が使えるのはほんの一部らしいし。
恐らく披露するのは六年生だろう。一年生はたとえ披露できなかったとしても、同じ研究室に所属しているというだけで注目されることもあるし全く無意味というわけではない。
そうやって後輩を後押しするのも先輩の役目だ。
「ハクさん達は魔法は披露する予定ですの?」
「いえ、あくまで魔法薬研究会ですので魔法薬の一部を紹介します」
「うーん、地味ですわね」
まあ、いろんな魔法を披露する魔法研究会に比べたら地味だろう。だが、それでいい。
魔法薬はあったら便利程度のものでしかない。それで派手さを出すのは無理があるというものだ。
まあ、珍しい魔法薬はあるけど。今回使うのもそういう系だし。
今さらだけどほんとにうまくいくのかな。心配になってきた。
「一応試供品も配る予定なので、よかったらどうぞ」
「まあ、それなら一つ貰ってみようかしら」
「どんな魔法薬なんですの?」
「それは発表会でのお楽しみということで」
これはあらかじめばらしていては面白くない。というか、サプライズでやっても面白いかは微妙だ。
だけど、変わり種の中ではそこそこ有用性があるのはこれくらい。
うーん、客引きのために魔法使うくらいだったら許されるだろうか? いや、ダメか。余計なことはしないでおこう。
「あ、先生来た」
クラン先生が入ってきたことによって話が中断される。
それぞれの席に戻り、授業の準備に入った。
とはいえ、今日の授業は午前中で終わる。明日の発表会に向けて準備しなさいという学園側の計らいだ。
研究発表会というのはそれだけ重要な行事であり、卒業後の就職先を左右することでもあるから気合の入れようが違う。
つつがなく授業が終わり、お昼を食べて解散となった。
「……ここにいたか」
昼食も食べ終え、研究室に向かおうかという時、不意に呼び止められた。
振り返ると、そこにいたのはルシウス先生だった。
珍しい。普段は滅多に顔を出さないのに。
「ルシウス先生、どうされたんですか?」
「少し話がある。こい」
そう言って歩き出す。
もしかして、何か動きがあったのだろうか?
私はサリアと顔を見合わせ、後を追った。
連れてこられたのは人通りの少ない廊下の一角。普段あまり使われない階段の下だ。
「お前達、例の噂については知っているな」
「噂って、私が盗みを働いたってやつですか?」
「そうだ」
噂が流行っているのは主に三年生以上の学年。一部の生徒が流布しているとのことで調べていたら、やはり彼らの仕業だったらしい。
「確認するが、噂はデマだな?」
「それはもちろん。誓って盗みなどしていません」
「そうか、ならいい。だが、明日は気を付けろ」
「気を付けるとは?」
「わからない。だが、何か仕掛けてきそうだ」
明日は研究発表会の日。私やサリアを貶めたいなら確かにうってつけの日だ。
ただでさえ発表会で緊張するというのにこれ以上問題を増やさないで欲しい。しかも具体的に何されるかはわからないみたいだし。
でも恐らく、彼らがやろうとしているのは情報操作だと思う。
わざわざ三年生以上に限定して噂を流しているんだ。そこに何か意図があるのは間違いない。
「わかりました。気を付けておきます」
「頼んだぞ。俺もできる限り目を光らせておく」
それだけ言うとルシウス先生は去っていった。
さて、何をされるのかわからないけど、気を張って行きましょうか。
感想ありがとうございます。