第百五十九話:悪意ある噂
その後しばらく話し合い、何かあった際はクラン先生を通じて連絡するようにということになり、解放されることになった。
結局お茶飲めなかったけど、まあそれはどうでもいいか。
詳しい数は把握していないが、サリアのことをよく思っていない勢力は学園の中でも結構な数に上るようだ。
それだけサリアが多くの人達をぬいぐるみに変えていたということだけど、これはもうどうしようもない。
今まで国に口止めされていて大っぴらに問い詰めることもできなかった相手がわざわざ懐に飛び込んできてくれたのだから狙うのは当たり前だろう。
その悪意の質に差はあれど、このままではいじめに発展してしまう。
私がいじめられる分にはまだいい。でも、サリアがいじめられるのだけはだめだ。
サリアには人の愛情というものを知って欲しい。わざわざぬいぐるみにしなくても寄り添ってくれる人はいるのだということをわかって欲しい。
私を筆頭に少しずつ心を開いてきてくれているのに、ここでいじめにあって再び心を閉ざしてしまったのでは目も当てられない。
サリアのことは私が守る。
気づけばそろそろ授業が始まる時間だった。恐らくサリアも教室に戻っていることだろう。
私は図書室には戻らずに教室に直行する。
「お、ハクー、お帰り」
「うん、ただいま」
サリアは自分の席でシルヴィアさん達と談笑していた。
私にべったりなサリアではあるけど、こうして他の人とも仲良くしてくれるのは喜ばしい。
私は軽く返し、隣の自分の席へとついた。
「なんの話してたんだ?」
「うん、ちょっとね。それより、そろそろ授業が始まるよ」
私が席に着いてから一拍遅れてクラン先生が教室に入ってくる。
サリアに向けられる悪意があるということは、まだ伝えなくてもいいだろう。
出来ることなら、このまま何も気づかずに学園生活を送って欲しい。
引っ付いてくるサリアの頭を軽く撫でる。
その様子をシルヴィアさん達がにやにやと見つめていたが、あの視線の意味は一体何だったのだろうか。
授業を受けながら、先生達が言っていたことを思い出す。
サリアのことは公には知られていないことになっているが、被害者やその家族、友人、知り合いにはその限りではない。
国が秘匿しているから何もしていないだけで、サリアの事を知っている人は学園の中にも大勢いる。
先生の中にもサリアのことをよく思っていない人もいるらしく、今のところそういう先生は意図的に授業から外しているものの、学年が上がるにつれてそれも難しくなっていくという。
しっかりと知識を身に着けて欲しいと勧めた学園生活だったが、意外に障害が多い。
こんなことなら勧めなければよかったと後悔するが、いまさら言ってもしょうがない。国からの推薦で入った手前、下手に途中で退学するわけにもいかないし。
一応、先程話した四人はサリアのことはちゃんと理解しているらしく、そう言った反サリア勢力については色々牽制してくれていたらしい。
私と席を隣同士にしてくれたり、何人かの生徒にはサリアと仲良くするように言い含めて置いてくれたのだともいう。シルヴィアさん達はもしかしたらそれで話しかけてくれたのかもしれないね。
呼び出しに関しては案の定彼らが言ってきたことらしい。
彼らの中では話していたら私がいきなり切れて魔法をぶっ放してきたということになっているらしい。
掠り傷とはいえ怪我もしていたことから一応信じて私を問い詰めたようだったけど、他の生徒達の証言と食い違うこともあり、中には最初は自分たちが脅し付けていたんだと白状する者までいたしでほとんど信憑性はなかったのだそうだ。
だからあんな簡単に私の話を信じてくれたわけだね。
今後の彼らへの対応は追々検討していくと言っていたけど、先生という立場だからあまり一部の生徒に肩入れするのもよくないだろうし、せいぜい何か問題起こした時に注意する程度にとどまりそうだ。
いや、何か動きがあったら知らせてくれるとも言っていたし、先生が味方というだけで十分ありがたいんだけどね。
授業が終わり放課後となる。
いつものように研究室に向かい、発表会に向けての打ち合わせを済ませていく。
すでにプレゼンの内容は完成したようで、後は練習するのみだった。
魔法薬のテストも兼ね、実践形式で練習してみたのだけど……うん、やっぱり恥ずかしいこれ。
今はまだ観客がいないからちょっと恥ずかしい程度で済んでいるけど、これを大勢の前で発表するとかちょっと死ねる気がする。
でも、これを言い出したのは私だ。私が最後までやりきる必要があるだろう。
うぅ、こんなことなら変身薬にしとけばよかった。
「素晴らしい。ハク君が普段から私達のことをどう思っているのかがよくわかった。何、怒っているわけではない。むしろミスティア君の魔法薬がしっかり機能しているようで何よりだ」
「自信作だからねー。ハクちゃん可愛いよー」
やめて!
魔法薬の効果は一時間ほど続く。その性質上、質問をされてしまえば私は素直に答えざるを得ない。
やっぱりこれ問題があるんじゃないかな? 犯罪にも使えそう。
ミスティアさんはここぞとばかりに質問攻めにしてきてほんとに大変だった。
発表会が終わったら絶対使用禁止にしてやる。パーティとかの罰ゲームで飲むならまだしも、普通に飲まされたらただの拷問だ。
「ところでハク君、一つ噂を耳にしたのだが」
「噂、ですか?」
「うむ。君が魔法薬の素材集めのために生徒の私物を盗んだという噂だ」
は? なにそれ?
確かに私はここ最近素材集めに奔走していたが、間違っても生徒に手を出すなんてことはしていない。
そもそも、都合よく魔法薬の素材を持っている生徒なんていないだろうし、持ってたとしてもせいぜいちょっとした薬草とか魔石程度だろう。
それくらいなら採取するなり買うなりすればいいだけだし、わざわざ盗んでまで手に入れるようなものでもない。
「そういう反応ということはやはり事実無根ということだね。いや、わかってはいたとも。だが、会長として一応確認しておかなければと思ってね」
「そんな噂誰から聞いたんですか?」
「四年のセレーネという女子生徒だ。特に面識はなかったんだが、廊下でばったり会うなりそのようなことを言ってきたのだ。しかも、それを指示したのはサリア君だという。流石におかしいと思ったがね」
なんだそれ。
確かに魔法薬研究会は会費が少ないけど、盗みを働くほど切迫しているわけではない。そもそも、買えなくても取ってくればいいだけの話だし。
一体なんでそんなデマが流れているんだろう?
セレーネという生徒にも心当たりはないし……。
「ふむ、ミスティア君はこの件どう思う?」
「悪意を持ったー、攻撃かなー?」
悪意を持った攻撃。ふと、先日伸した彼らを思い出す。
まさか、あれの報復か?
あれほどサリアには手を出すなと言ったのに、まだ懲りないのか。ほんとにどうしようもないな。
サリアを直接狙うんじゃなくて私を仲介して目立たせないようにしてるのがまたせせこましい。
もう少し持つと思ったんだけどな。
「君達が無実なのは理解しているが、これが長く続くようだと研究室全体の印象を悪くするかもしれん。だが、対抗する手段もない。ここはほとぼりが冷めるまで何も反応しないようにするべきだと思うのだが、どう思う?」
「反応するとー、余計付け上がりそうだしねー」
確かに。渦中の人間が騒ぎ立てたところで事態は悪化してしまうだろう。
どういう意図をもってそんな噂を流したのか知らないけど、下手に反応しなければすぐに諦めるはずだ。
「一応顧問であるルシウス先生には報告しておこう。君達もくれぐれも注意してくれたまえ」
注意すると言っても、下手に反応しないってだけだけどね。
その日はそれで解散となった。
発表会まで残り数日。このまま何事もなければいいのだけど。
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