第百五十八話:問い詰められた
発表会まで残り数日。
クラスの生徒達は発表会に向けての調整で忙しいらしく、昼休みにも研究室に籠って色々やっているようだった。
シルヴィアさんやアーシェさんとは一緒にお昼を食べているけど、最近では研究室に呼ばれているらしく、名残惜しそうにしながらも早々に席を立っていた。
それに比べて私達はあまりやることがない。
というのも、プレゼンの内容はほとんどヴィクトール先輩が作っているし、細かい調整はミスティアさんがやるしで私達はあまり必要とされていなかった。
もちろん、魔法薬のための素材集めや細かい調整のための意見出しなんかのために毎日放課後に集まっているけれど、わざわざ昼休みにまで顔を出すほど忙しくはなかった。
おかげで授業までほとんど人がいない教室で暇を潰すことになる。
まあ、私の場合は図書室に行って本を読むのが日課となっているけれど。
編入当初にさらりと案内された図書室にはそこそこの蔵書がある。
流石に城にある図書館の蔵書には及ばないが、魔法学園だけあって数々の魔導書があった。
授業では一年のうちは魔法の基礎的なことしか学習しないけど、こうして図書室で魔導書を読めば色んな知識を学ぶことが出来る。
私は魔法についてかなりわかっているつもりでいたけれど、世間一般からするとまだまだ知識不足のようだった。
一口に魔法と言っても様々な考え方が存在する。
基本的には魔法は精霊を介して行われる奇跡であるというのが通例のようだが、それ以外にも魔法は魔力によって形作られる超常現象という考え方や魔力ではなく魔素という大気中に存在する微弱な魔力を用いて行われるものという考え方など様々だ。
私が考えたような魔法陣の形状によって魔法が構成されているという考え方はないようだったけど、魔法陣自体に触れているものもいくつかある。
中には世界の魔法図鑑みたいな感じでありとあらゆる魔法が載っている分厚い本もあり、今まで思いつかなかったような魔法もいくつか覚えることが出来た。
ほんと、魔法って考え次第でいくらでも生み出せるんだね。
ちなみにサリアだが、私と一緒に本を読んでいる。まあ、読んでいるのは小説のようだけど。
何の小説を読んでいるのか尋ねてみたら、恋愛小説だって言ってた。
この世界にもそういう本ってあるんだね。
「あ、いたいた。ハクさん、ちょっといいですか?」
図書室で本を読んでいると、不意に声がかかった。
顔を上げてみると、隣にはクラン先生が立っていた。
「クラン先生? なんでしょうか」
「ちょっと聞きたいことがあるの。ついてきてくれる?」
「? わかりました」
本を戻すために席を立つとサリアも付いてこようとする。
「あ、サリアさんはついてこないでね」
「ん? なんでだ?」
「ハクさんにだけ聞きたいことがあるの。先に教室に戻っていてくれる?」
先生の言葉にサリアがむっとしたような顔をする。
まあ、今までサリアと離れて行動したことなんてほとんどないからね。一緒に行きたい気持ちはわかる。
でも、私だけに聞きたいことって何だろう? 何かまずいことをしてしまっただろうか。
「サリア、すぐ終わるから」
「むう、ハクがそう言うなら」
ひとまず、サリアを説得しておく。もしかしたらサリアには聞かせられない話かもしれないしね。
サリアをその場に残し、図書室を出る。
しばらく廊下を歩き、連れてこられたのは空き教室だった。
この教室、入学テストの時にも使った教室だな。見覚えがある。
中には数人の先生がいた。
アンジェリカ先生にクラウス先生、それにルシウス先生。入学テストの時にお世話になった先生達だ。
「連れてきたか」
クラウス先生は体育の授業の時に何度か会っている。
熱血系で、気合と根性を謳っているが、相手は貴族の子女や子息ということもあって他の先生に毎回窘められている。
まあ、ちょっと厳しいところはあるけど悪い先生ではない。少しでも体調が悪くなれば過保護なくらい心配してくれるしね。
「まあ、とりあえず座って。お茶も用意するわ」
アンジェリカ先生が手際よくティーセットを並べていく。
わざわざ用意したのだろうか。ここに持ってくるくらいだったら職員室か応接室にでも行けばいいと思うんだけど。
「……」
ルシウス先生は相変わらず何も言わない。
というか、あなた魔法薬研究室の顧問ですよね? 発表会も目前なのに全然研究室に姿を現さないのはどうなんでしょうか。
どうでもいいと思ってるのかな。そんな薄情な先生ではないと思いたいんだけど。
「さて、ハクさん。なぜここに呼ばれたかわかるかしら?」
入口の扉を閉めながらクラン先生が話しかけてくる。
そんなこと言われても全然心当たりがない。
授業態度は真面目だし、大きな問題を起こしたわけでもない。
この前ちょっと絡まれたけど、あれは杖を取り返しただけだし、別に悪いことでもないと思うんだけど。
「すいません。わかりません」
「そう。できればあなたの口から言ってほしかったんだけど」
クラン先生の目が悲しげに伏せられる。
え、ちょっと待って、マジで心当たりがないんだけど?
「先日、旧校舎裏で騒ぎがあったことは知ってるな」
「騒ぎ?」
旧校舎裏というと、私が呼び出された場所だ。
それ関連なの? あいつらが何か言ったのだろうか。
「六年生が一年生を囲って脅迫してたって話。本当に心当たりがない?」
「いや、まあ、ありますけど……」
そんな問い詰めるように言わないで欲しい。
あれは正当防衛のはずだ。あいつらがどういったのかは知らないけど、私が怒られる筋合いはない。
「その一年生は六年生を逆に脅し返し、怪我を負わせたそうだ」
「え、怪我?」
なんだそれは。私は怪我なんて負わせた覚えはないぞ。
「報告では六年生はその一年生の大事なものを奪って脅迫していたと言っていたわ。だから、悪いのはその六年生で一年生は悪くない。だけど」
「脅し方は問題だな。容赦なく中級魔法を放ち、怪我を負わせた。正当防衛ではあるが、少しやりすぎだ」
「魔法は人々を守るためにあり、人々を傷つける手段ではない。いくら脅されていたとはいえ、魔法を使ったのはいただけんな」
えーと、つまり?
悪いのは六年生の方で一年生、つまり私の行為は正当防衛ではあるけど、魔法を使ったのはやりすぎだと。
いやいや、魔法使えなかったら私ただの雑魚なんだけど。
もしあの場で魔法なしで応戦しろと言われたら余裕で負ける自信がある。いや、多少は剣術を齧っているから武器さえあれば少しは戦えたかもしれないけど、身体強化魔法も縛れば勝ち目はないだろう。
数の暴力には勝てない。
「何か申し開きはある?」
「……魔法を使ったのがやりすぎだというのはわかりました。でも、先に手を出したのは向こうですし、そもそも怪我なんて負わせていませんよ?」
挑発したのは私だけど、先に魔法を撃ってきたのは向こうだ。しかも額に。まともに当たったら大怪我じゃすまないぞ。
なんだか情報が捻じ曲げられている気がする。これ、信じてもらえるかな。
「まあ確かに、怪我は掠り傷程度だったが……先に向こうが手を出したというのは本当か?」
「はい。額にガツンと」
「額!? よ、よく無事だったな」
クラウス先生が驚きの声を上げる。
まあ、額なんて普通死ぬよね。ちゃんとした魔術師だって多少の怪我はするだろう。
先生達が顔を見合わせる。
「ハクさん、初めから詳しく説明してくれるかしら?」
「わかりました」
私は奴らに呼び出されるまでの経緯を説明する。
まあ、わざと杖を置き忘れたって言うのはごまかしたけど、別にそこは重要じゃないしいいだろう。
よくよく考えたら先生達はサリアが入学した経緯を知っているはずだし、事情を話して対処してもらった方が楽かもしれない。わざわざ一人で抱え込む必要はない。
「なるほどね。確かに、彼らはサリアさんの被害者の家族ではあるけれど……」
「よくない兆候だな。これがエスカレートしてサリアに手を出されたらそれこそ被害者が出るぞ」
「言って聞くような連中でもないしね。あれでも侯爵家だし、プライドだけは高いわ」
「……彼らの監視を強める必要がありそうだな」
とりあえず、信じてもらえたのかな?
先生たちが味方してくれるのなら心強い。正直、私一人では解決策なんて浮かばなかったし。
彼らが変なことをしないように見張ってくれるだけでもありがたい。止められるかはわからないけど。
「ごめんなさいね、ハクさん。問い詰めるようなことして……」
「いえ、どうせ彼らの差し金でしょう? 気にしてませんよ」
「でも、何かあったらすぐに相談してね? なるべく力になるから」
そうさせてもらおう。
少なくとも、クラン先生はそう言った差別はしないだろうし、信用できると思う。
思わぬところで先生達の協力を得られたのは重畳だった。
感想ありがとうございます。