第百五十七話:発表会に向けて素材集め
私の提案にヴィクトール先輩は頷いてくれた。ミスティアさんも乗り気のようで、魔法薬の量産は任せてと意気込んでいた。
発表会で披露するだけだったらそこまでの量はいらないだろうが、もし狙い通りの効果が発揮されれば求めてくる人もいるかもしれない。
販売は認められていないが、試供品として物品を渡すことは認められている。
この魔法薬なら悪用されたとしてもそこまで酷いことにはならないとは思う。それでも少し心配だけど。
魔法薬の本分は使い勝手の良さではない。なくてもいいけどあったら便利だなと思うようなものだ。
そう言った悩みを抱えている人は多いだろうし、一定の人は呼び込めるだろう。私もそれ相応の覚悟を持って実験体となるのだから呼び込めないと困る。
プレゼンの内容はヴィクトール先輩が考えるということで、私とサリアに任されたのは素材集めだった。
別に難しい素材を要求されているわけではない。主な素材はダンジョンの浅い場所に生えている薬草だ。
最近はダンジョンに赴いていないこともあり、私は二つ返事で了承した。
寮で私服に着替えてから学園の外に出る。
最近は学園の方が忙しくてあまり外に出られていなかったが、街は相変わらずの賑わいを見せていた。
以前は英雄騒ぎで少し歩きにくかった場所でもあるが、今ではその噂も鳴りを潜めている。
屋台で串焼きを購入しつつ、歩いていくと、あっという間に街の外へと辿り着いた。
そういえば、最近お姉ちゃんに会っていない。帰りに顔を見せるのもいいかもしれないね。
放課後から出かけたこともあって辺りはすでに夕方だ。さっさと素材を回収して会いに行くとしよう。
「サリア、ちょっと急ぐよ」
「おう」
若干歩調を速めながら歩き、ダンジョンへと辿り着く。
門番の人にギルド証を見せ、中へと入っていく。
ダンジョンの落盤騒ぎは一応落ち着きを見せたというが、整備はまだ行き届いていないらしい。
奥に行くにしたがって道が複雑に入り組んでしまっているが、今日の目的は浅瀬の素材なのでそこまで奥に行く必要はない。
ダンジョンの壁から突き出している光石のおかげで光源の必要もなく、素材採取は順調に進んでいった。
「流石にもういないよね」
一応、ダンジョンの奥地に向かって探知魔法を飛ばしてみる。
かなり離れた場所でいくつかの気配を察知したが、以前出会ったオーガロードのような大物はいなさそうだった。
うん、まあ、あんなのがそう何度も何度も出てこられたらびっくりするけどね。
調査隊の手も入っているらしく、目立った危険は排除されたとみてダンジョンの危険度ランクも元に戻っている。
「こんなもんか?」
「そうだね。そろそろ戻ろうか」
私は【ストレージ】が使えるから片っ端から収納していると採りつくしてしまう。
素材は適度に取るのが暗黙のルールだ。根絶やしにしたなんてことになれば他の冒険者から恨まれてしまう。
カモフラージュに使っているポーチがいっぱいになるくらいには取れたので十分だろう。
他にも足りていない素材をいくつか採取し、ダンジョンを後にした。
「サリア、ちょっと寄り道してもいい?」
「いいぞ。というか、僕はハクに付いていくよ」
サリアが腕に寄り添ってくる。
サリアのほうが背が高いから腰をかがめるようにして縋り付いているけれど、歩きにくくないのだろうか?
スリスリと頬を擦り付けてくるその姿はまるで猫のようにも見える。
ふと、猫の獣人であるミーシャさんのことが頭をよぎった。
あの人も同じことしてきそうだな。というかされたことがある。
別に痛いわけでもないからいいんだけどね。ちょっと歩きにくいくらいだ。
しばらく歩いて、宿へとやってくる。
ここに来るのも久しぶりだ。
店主にお姉ちゃんのことを聞くと、部屋にいるとのことだったので会いに行く。
勝手知ったる廊下を抜け、扉をコンコンとノックした。
「はーい、どうぞー」
中からお姉ちゃんの声が聞こえてくる。
その声に少し頬を緩めつつ、扉を開いた。
「あら、ハク。いらっしゃい。久しぶりね?」
「お姉ちゃん、久しぶり」
両手を広げて迎えてくれたので思わず飛び込んで抱き着き、抱擁を交わす。
かれこれ一か月ほどだろうか? ちょくちょく外壁工事の現場やギルドには顔を出していたが、お姉ちゃんと会うのは本当に久しぶりだった。
一度一人ぼっちになったせいか一人でもある程度は大丈夫になっているけれど、やはりお姉ちゃんの傍は安心感がある。
年甲斐もなく甘えてしまった。いや、年相応かもしれないけど、精神的には私の方が年上だし。
「サリアちゃんも久しぶり。元気してた?」
「おう、元気だぞ!」
元気よく答えるサリアにお姉ちゃんが笑顔になる。
以前は二人ともサリアの魔の手にかかってぬいぐるみにされたこともあったが、すっかり仲良くなったものだ。
サリアは根がいい子だったからすぐに打ち解けられたんだろうけど、変に禍根を残さなくてよかったと思う。
「学園での生活はどう?」
「おおむね順調かな。ちょっと問題もあるけど」
釣り作戦のおかげで例の派閥には多少釘を刺すことはできたが、それもいつまで続くかわからない。その内また何か仕掛けてくるだろう。
根本的に解決できればいいんだけど、一体どうしたものか。
彼らの恨みもわからないわけではない。今になって解放されたからと言っても長い間監禁されていた事実は変わらないし、それによって精神的に大きなダメージを負っている人も多いだろう。
そんな彼らにサリアのことを認めろと言っても無理がある。
卒業までこんな空気が続くのかと思うと憂鬱ではあるけど、学びは何よりの宝だし、多少は目を瞑るしかないか。
「そう。困ったことがあったらいつでも言ってね、力になるから」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん」
せめてサリアが危険な存在ではないということを認めさせることが出来れば変わるんだけどな。
彼らの中ではサリアは人をぬいぐるみに変えて楽しんでる残虐非道なサディストみたいな感じだし。
一度話し合いの場を整えた方がいいのかもしれない。
今度試してみよう。
まあ、今はその前に研究発表会をどうにかしないといけないんだけど。
「そういえば、来月研究発表会があるんだけど、お姉ちゃんは来る?」
「もちろん。ハクは何の研究会に所属してるの?」
「魔法薬研究会だよ」
「ああ、やっぱりそういう系なんだね」
お姉ちゃんはある程度予想していたようで、ハクだものねと笑っていた。
お姉ちゃんも魔法薬研究会がどういう扱いを受けているかということは何となくわかるらしい。
なんだか私がマイナー好きの変人みたいに思われているようで釈然としないが、応援してくれるのだから文句を言うわけにもいかない。
「楽しみにしてるね」
「うん、頑張る」
その後、しばし学園について話をしてからお姉ちゃんと別れた。
あんまり遅くなると門を閉められてしまう。
事情を話せば開けてもらえはするけど、場合によっては怒られるからその前に帰るに越したことはない。
久しぶりにお姉ちゃんに会えたこともあって私は上機嫌だった。
一度研究室によって素材を置いた後寮に戻る。
必要量は取ったはずだから後は発表会に向けて気合を入れるだけだ。
うまくいくといいんだけどな。
感想ありがとうございます。