第百五十六話:研究発表会
釣り作戦から数日が経った。
あれから私の下にやってくる人はぱったりと途絶え、ちょっとしたいじめも鳴りを潜めている。
私のことをどういう風に受け止めたのかはわからないけど、少なくとも脅威としては見てくれているようだった。
あれだけ言い含めておいたのだ。少なくともしばらくは大人しくしているだろう。
シュリさんを始めとした同じクラスの派閥の面々の視線は相変わらずだ。私のことを憎々しげな目で、あるいは悲しそうな目で見ている。
あの時いたのは主に上級生ばかりだったから一年生にはあまり脅威が伝わっていないのかもしれない。
そのうちまた勧誘してくるだろうけど、その時はサリアの素晴らしさを伝えることにしよう。聞き入れてもらえる気はしないけど。
さて、今日は研究室の方に来ている。いや、研究室には毎日来ているけれど、今回はいつものように調合をしに来たわけではない。
研究室に入るといつもの面々が椅子に座って待ち構えていた。
「二人ともよく来てくれた。メンバーも揃ったようだし始めるとしよう。今回の議題は来月に開かれる研究発表会についてだ」
ヴィクトール先輩が高らかに宣言すると、ミスティアさんがわー、と合の手を入れる。
そう、研究発表会。それは研究室が一年間で得た成果を披露する発表会だ。
その日は授業はお休みとなり、学園の外部からも有力な貴族や魔術師達が足を運んでくる。
この発表会での評判が良ければ将来就職する時に有利になるし、研究費として多額のお金を寄付されることもある。ただし、評判が良くなければ不必要な研究室ということで潰されることもある。
良くも悪くも一年の集大成を見せる場であり、決して失敗できない研究室全体の一大イベントだ。
発表会ではその研究室で主に研究している内容を制限時間以内に披露する。
参加するのは生徒や先生他、外部から来たお客様方。当然、貴族が多く、発表にはそれなりの質を求められる。
学生の身分であるから多少の無礼は許されるが、不興を買えば下手をすればそのまま研究室取り潰しということにもなりうる。
だから、発表で出す内容は慎重に選ばなければならない。
「知っての通り我が研究室ではこれまで様々な魔法薬を開発してきた。だが、実用的と言えるものは少なく魔法を使った方が早いという意見も多い。このままの内容を発表したところで取り潰しは免れないだろう」
私達は最近入ったばかりだからあまり知らないが、この研究室はここ一年の間にできたもので、ずっと二人だけで研究してきたのだ。
ミスティアさんは魔法薬の開発の才能があるらしく、様々な魔法薬の開発に成功したが、その多くは魔法でやった方が早いというものであり、魔法が使えない者にとっても魔石や魔道具の方が使い勝手はいい。
だから、周囲を認めさせるためにはそれ相応のものが必要になるのだ。
「そこで、今ある魔法薬の有用性を模索し、その結果を元に少しでも多くの人々に魔法薬に興味を持ってもらおうと思う。今から新たな魔法薬を開発するのは間に合わないのでな」
今まで開発してきた魔法薬はどこで使うんだ? というものが多いが、だからと言って全く役に立たないというわけではない。局所的には役に立つ場面だってある。
発表としては何か目玉があった方がいいだろう。だが、元々地味な魔法薬研究室にそれを用意するのは無理がある。せいぜい、目の前で魔法薬を作るのを見せるくらいだ。
これでは有力貴族などの目に留まることはないだろう。だからこそ、まずは見てくれる人を増やす。
魔法薬の可能性を示唆し、少しでも多くの人に見てもらえればその有用性に気が付く人もいるかもしれない。その人が有力な貴族や魔術師との繋がりを持っているかもしれない。
これは一種の賭けだ。目に留まらなければそのまま潰れるだけ。目に留まれば生き残れる可能性が出てくる。
「ここにいくつかの完成済みの魔法薬を用意した。君達にはこれらの有用性を実証してもらいたい。インパクトがあるものだとなおよいが、一番は使えるということを証明することだ。無用の長物だと思われないようなアイデアを頼む」
机の上にずらりと並べられたのはこれまで作ってきた魔法薬。
中には私の知らないものもあるが、恐らくミスティアさんやヴィクトール先輩が開発したものなのだろう。
効果は様々で、以前実践してもらった燃える水や水自体が発光している光る水など。
さて、これらを有効的に使える場面を考えろとのことだが、どれから手を付けたものだろうか。
正直、燃える水は火の魔石があれば事足りるし、光る水に関しても光の魔石で代用できる。
原料自体は魔法薬の方が安いが、作る手間を考えるとそこそこ高くなってしまう。誰でも簡単に扱えて、そこそこ安価で買える魔石の使い勝手の良さには敵わない。
値段で勝てるものとなると、透明になれる薬や変身できる薬などだが、これをメインに考えた方がよさそうか?
中には媚薬とか同時に飲むと体が入れ替わる薬とか色々開発しているようだけど、一体どうやって作ったんだと問いただしたくなる。
全部ミスティアさんが作ったみたいだけど。ミスティアさんって一体何者。
姿を消す魔道具はあるけど、流石にここまで奇抜なものになると魔道具でも存在しない。魔法薬のみのオリジナルと言っていいだろう。
インパクトも、まああるかな。普通ではありえないようなことだし。
ただ、どうやって宣伝したものか。
魔法薬の効果を実証するには使ってみるしかない。何も知らないお客さんに見せるならなおさらだ。
でもじゃあ、誰が飲むんだって話。
ヴィクトール先輩はダメだろう。会長としてプレゼンしないといけないし。ミスティアさんはこの中では一番魔法薬の扱いに長けているし、先輩の補助や有事の際の対処として残しておきたい。となると、私かサリアしかいないわけだけど。
うーん、大丈夫かな。効果を心配しているわけではないけど、どう考えても目立つよねぇ。
かといってサリアに飲ませるのもなんか違う気がするし、やはり実験台になるとしたら私だ。
覚悟を決めた方がいいかなぁ。これで失敗したら魔法薬研究会がなくなってしまうわけだし。
研究室存続のためにも私が頑張るとしよう。さて、後の問題は使い道だな。
例えば変身薬だけど、あれは正直悪用されるのが怖い。
たった数時間で効果が切れるとはいえ、効果が続いている間は全くの別人になりきれるわけだし。
変身魔法を使える人はあまりいないようだから魔法で代用できるという点は問題ないけれど、犯罪以外で役に立つ場面があるかと言われたら、ないよなぁ。
せいぜい、パーティの余興に使うとかそのくらいだと思う。
魔法に負けず、実用的な使い方ができる魔法薬……いや、そもそもその考えが間違っているのでは?
元々魔法薬は治癒術師にかかれるほどお金のない人達のためにより安価で治療が施せるようにと開発されたものだと聞く。それが後に毒薬という形での暗殺の道具に使われるようになり、その後魔法が使えない人々のための道具として使われるようになった。
後世での使われ方はちょっとしたトラブルの解決だ。
例えば、治癒術師に見せるほどではないが、腰痛に悩まされていた人がそれを緩和するために使用したり、意中の人の気持ちを知るために相手の気持ちがわかるようになる薬を使用したり、飼い猫の機嫌を取るために気分が高揚する薬を餌に混ぜてみたり。
こういう、魔法を使うほどではないけど、解決できないと困るといった出来事を解決するための手段が魔法薬なのだ。
だから、大衆向けに役に立つというのは難しいし、それはポーションや魔石の領分になってしまう。
魔法薬がするべきことは、ちょっとしたトラブルを解決できるような効果だ。その中でもまだ人々に興味を惹かれそうなものと言ったら……あまりやりたくないけど一応ある。
気が進まないけど仕方がない。私は魔法薬の一つを手に取ると、これを使うことを提案した。