第百五十五話:お灸をすえる
頭に血が上ったのか、感情のままに殴りかかってくる。しかし、その程度では私の動きを捉えることはできない。この程度なら身体強化魔法を使わなくても躱すことが出来る。
しかし、腐っても相手は多数。念のために身体強化魔法は施しておこうか。
瞬きすると周囲の動きが遅くなって見える。探知魔法も常に発動しているからどこから攻撃されても大丈夫だ。
拳が当たらないとみるや、フェリクス君は一度距離を取った。そして、杖をこちらに向けて睨みつけてくる。
「……いいだろう、そこまで言うならやってやる。この僕にたてついたことを後悔しながら死ぬがいい」
「ちょ、フェリクスさん!? 流石に魔法はまずいですって!」
詠唱を始めると隣にいた生徒が止めに入る。
宣言通り中級魔法が使えるというなら最低威力だったとしても人間相手なら致命傷になりうる。
どんな形であれ、中級魔法を扱える魔力というのは結構強大で、例えばウェポン系魔法で剣を形成したならば腕に当たれば腕は切断されるだろうし、腹に当たれば貫かれるだろう。
ちゃんと防具を着込んでいたりしていれば話は別だが、何の対策もなしに食らえば人間なんてあっという間に死んでしまう。
初級魔法であればめちゃくちゃ痛いですむかもしれないが、それでもまともに食らえば大怪我だ。初級と侮ってはいけない。
魔法は対魔物を想定された武器であって、それを人間に放てばどうなるかなんて目に見えている。
まあ、これは魔術師が普通の人間に魔法を撃った場合であって、魔術師同士の対決の場合はこの限りではないんだけどね。
なぜなら魔術師は身体強化魔法が使える。身体強化魔法を防御寄りに発動させればある程度の攻撃は防ぐことが出来る。
それに私が以前やったような防御魔法をかけることでも防ぐことが出来るだろう。仮にそれらがなかったとしても、防ぐって言う意志があれば魔力が自然と抗体を作ってくれるものだ。だから、魔術師は魔法抵抗が高いと言われている。
この世界の人間は大抵が魔法を使えるからある程度の魔法抵抗力がある。個人差はあるが、初級魔法程度なら多少の怪我で済む人もいるかもしれない。
さて、では学園の生徒の場合はどうだろうか。
一年生はほとんど魔法が使えないが、六年生ともなればそこそこ魔法を使える人も出てくる。魔術師の卵と言っていいだろう。
身体強化魔法の扱いにも心得があるかもしれない。六年生となれば成人したてでようやく魔力が馴染んできた頃合いだ。その防御力はたかが知れている。
対する私は身体強化魔法も防御魔法も使える。身体は幼いが、どういうわけか魔力だけは相当ある。
これは魔力溜まりにいたことが関係しているのだろうけど、通常の子供と比べて魔力がかなり馴染んでいる状態だ。
そんな二人が対決したらどちらが勝つかって言われたら、私になる。
別に驕っているつもりはない。純然たる事実を述べているまでだ。
そもそも、手加減されていたとはいえ宮廷魔術師とも一戦交えた私が学生に負けるのはちょっと格好悪い。舐められないためにもここは完膚なきまでに勝たなくてはならないのだ。
「遠慮せずどうぞ? 中級魔法くらいなら受けられます」
「このっ……! 後悔させてやる!」
制止を振り切り詠唱を再開すると、杖を中心に風の矢が生成された。
ふむ、フェリクス君は風属性か。
ただ、生成された矢は一本だけ。矢なんてウェポン系魔法の中では最も消費が少ないのだから三、四本くらい出してもいいと思うけどな。
「食らえ!」
撃ちだされた矢は一直線に私に向かって飛んでくる。
身体強化魔法を施した目によって動きはだいぶゆっくりに見えるから避けるのはたやすいけど、受けられるといったのだから受けなければ格好悪いだろう。
私は身体強化魔法を一点に施す。魔力の膜で体の一部を覆い、盾代わりにするという使い方だ。
狙いは正確のようで、私の額を捉えていたから額にかける。そして、そのまま受けた。
がくっと衝撃が走る。勢いで少々のけぞったが、別に痛くはない。
こんなものかと思いながら顔を戻すと、そこには驚愕の表情のフェリクス君がいた。
「ば、馬鹿な! なぜ平気でいられる!? 中級魔法だぞ!?」
「一発だけですか? 随分と優しいんですね」
簡単だとは言え、下手に数を増やすと死ぬ可能性もあるから一本に加減したんだろう。狙いは正確と思ったが、恐らくあれはまぐれだ。
殺す気は毛頭なく、だからこそ致命傷になりにくい矢を選んだのだろう。
だが、あまりにも威力がない。これでは初級魔法並みの威力だ。
手加減しすぎじゃないかな。まあ、殺す覚悟ができてない奴の攻撃なんてそんなものか。
「ではお返しです」
「……は?」
私は瞬時に水の矢を形成する。それも一本だけではない、数十本単位だ。
まあ、一発は一発だからね。殺しはしないけど、返させてもらおう。
ゆっくりと手を滑らせると、引き絞られた弦から放たれるように勢いよく矢が飛び出していく。
それらはすべてフェリクス君の身体を掠るように外れて行き、背後にある木に突き刺さった。
矢はすぐに消滅したが、木にはいくつもの跡が残っている。深く穿たれたそれが体に刺さったらどうなっていたか、想像に難くないだろう。
「う、ぁ……」
尻餅をつき、手にした杖を取り落とす。
ちょっと脅かしすぎただろうか? でも、これくらいしないと舐められてしまうからしょうがない。
私はそっと杖を拾うと背中に背負った。
「杖、ありがとうございます。これでもう用はありませんか?」
「な、なぜ……なぜ一年の平民風情がそんな魔法を使えるんだ!? 貴様何者だ!?」
「私はただのハクですよ。ご存じでしょう?」
こてんと首を傾げると情けない声を出して後退る。
失礼な奴だ。他の生徒達も呆然としているようで手を貸そうともしない。
「では、私はこれで失礼します。サリアを待たせていますので」
そう言ってフェリクス君に背中を向ける。
背後には退路を塞ぐように生徒が立っていたけれど、私が歩き出すと自然と道を開けてくれた。
「そうそう、忠告しておきますと、サリアに手を出すなら容赦しませんのでそのつもりで。もし手を出したらどうなるか、わかっていますね?」
最後に振り返って睨みを利かせたつもりだったけど、それは表情筋が死んでるせいでうまくできなかった。
最後の最後でちょっと情けない。
まあ、怯えたように息を飲んでいたから効果のほどはあっただろう。
私は気にせずその場を後にした。
校舎に戻るとシルヴィアさん達はまだ残っていた。どうやら心配して待っていてくれていたらしい。
戻った瞬間ものすごい勢いで迫られたけど、無事な体と背中の杖を見せるとようやく安堵してくれたようだった。
時間も中途半端になってしまったので今日はこのまま寮に帰ることになった。
四人で固まって帰る道中も特に邪魔が入ることもなく、部屋の前で別れる。
さて、これで大人しくなってくれるといいんだけど。
サリアにはそういう集団がいることは話していない。出来ることなら、このまま気づかれないまま平和な時が過ぎてくれたらいいんだけどな。
感想ありがとうございます。