第百五十四話:校舎裏への呼び出し
お昼ご飯を食べ、教室に戻ってくると席に置いてあったはずの杖はなくなっていた。そして代わりに一通の手紙が置いてあった。
『世界樹の杖は預かった。返してほしければ放課後一人で旧校舎裏に来い』
うん、絵に描いたような脅迫文。想定通りだ。
後はこの呼び出しに相手方が何人来てくれるかだな。私の目的は派閥のボスとの対面だからできれば来てほしい。そうでなくても、それなりに高い地位にいる人がいてくれると嬉しいんだけど。
「こ、これは……大変、世界樹の杖が盗まれましたわ!」
「どうしましょう。まずは先生に報告しなければ!」
食事中も杖のことをかなり気にしていたシルヴィアさんとアーシェさんは大慌てだ。
二人とも誰が盗んだのと大声を上げるが、生徒達は皆目をそらすばかり。
まあ、聞けば何らかの情報は教えてくれそうだけど、別にそこまでする必要はない。というか、大体の犯人は予想が付く。
このクラスでサリアをよく思っていない派閥の人間と言えば、私が知っている中では数人だけだ。他は別のクラスだったり別の学年だったりでこの教室に入るのはハードルが高い。
その中で今現在姿が見えないのは……シュリさんか。まあ、多分彼女だろう。
恐らく上の学年の派閥の人に見せに行ったんだろう。即座に行動しているのなら既に大まかな作戦が出来上がっているのかもしれない。そうでなければこんな手紙置かないだろうしね。
「二人とも落ち着いてください。大丈夫です」
「で、でも、あれは大切なものなんでしょう? せめて先生に報告くらいは……」
「放課後に来いと言っているのですから、そこで返してもらいますよ。私のためにありがとうございます」
もちろん、ただで返してくれるとは思ってない。返すことの見返りとしてどんなことを要求されるかわからない。ただ、どうしても飲めない要求をされたのなら杖を諦めればいいだけだ。
確かに使いやすい杖ではあったが、絶対に欲しいというわけではない。というか、長すぎて若干扱いにくさがあったのは否めない。
欲しいというならくれてやろう。その代わり、しっかり釘を刺しておかないとね。
なおも心配する二人を宥めつつ席に着く。昼休みが終わり、クラン先生が入ってきて何事もなく授業が始まった。
途中、シュリさんが帰ってきたけど、ちらりとこちらを見て勝ち誇ったような顔をしていた。やっぱり盗んだのは彼女で間違いなさそうだ。
まあ、別に誰が盗もうが構わない。派閥の人に渡してくれるならね。
やがて放課後になる。私は言われた通りに旧校舎へと向かうことにした。
シルヴィアさんとアーシェさんが所在なさげにしていたからサリアのことを頼んでおいた。
「ねぇ、やっぱり一緒に行った方が……」
「一人で来いと書かれていますし、一人で大丈夫ですよ」
「でも……」
心配してくれるのはありがたいが、今回は一人の方が都合がいい。下手に一緒についてきたら何をされるかわかったもんじゃない。相手は平気で脅迫とかするような相手だからね。
だからこそサリアを預けた。一応、サリアの方にも危険がないとは言いきれないしね。
玄関まで見送りに来てくれた二人に手を振ってまっすぐ旧校舎へと向かう。
旧校舎裏は小さな林の様になっている。本校舎とも離れているため人通りも少なく、木が遮蔽物となってぱっと見では誰がいるかはわからない。
なんだか定番だなと思いつつ、旧校舎裏へと辿り着く。
そこには数人の生徒がいた。学年はバラバラで、中には六年生もいる。
最上級生まで派閥に入っているのか、ちょっと面倒だな。
約束通り一人でやってきた私に対して生徒達はにやにやと気味の悪い笑みを浮かべている。
なんだか厳つい男ばかりだけど、威圧しようってか? だが残念、こちとらその程度ではビビらないよ。伊達に冒険者やってない。
「来たか。約束通り一人で来たんだろうな?」
「はい、一人できましたよ。見張りの方に確認して貰えればわかると思いますが」
「気づいてたのか、勘のいい奴だ」
本校舎からここに来るまでずっと視線を感じていた。
どうやら隠れて尾行しているつもりのようだったけど、私から言わせれば探知魔法すら使わずに見つけられるほどバレバレな尾行だった。
まあ、相手はプロでもなんでもないしそんなものなのかもしれない。せめて隠密魔法くらい使えって話だけど。
「ちゃんと一人で来たのは褒めてやるが、この呼び出しがどういうことかわかってるんだろうな?」
「ええ。杖を返していただけるんでしょう?」
「はは、そうだな。お前が俺達の要求を聞けば、な」
その時、茂みの奥から一人の生徒がやってくる。
金髪碧眼の美少年。服を着崩している他の生徒と違ってちゃんと身だしなみは整えているようだ。この場には似つかわしくない高貴なオーラを感じる。
スカーフの色を見る限り、こいつも六年生のようだ。
このオーラ。どうやら当たりを引いたかな?
「やあ、初めまして。僕はフェリクス・フォン・シモンズ。シモンズ侯爵家の長男だ。高貴な僕にお目通りかなったことを喜ぶといい」
侯爵って偉いんだっけ? まあ、こんな自信満々に言うってことは偉いんだろう。
フェリクス君は金髪をかき上げながら片手に持った杖を見せつけてくる。
私の杖だ。
「さて、君を呼び出したのは他でもない。君に僕達の派閥に入って欲しいからだ」
「はあ、派閥ですか。何の派閥でしょう?」
一応問いただしておく。シュリさんが関わっているなら多分間違いないだろうが、万が一にもサリアと関係ない人だったら困るから。
「知れたこと。サリアを学園から追放するために集った有志達のことだ。君も何度か勧誘を受けただろう?」
どうやら間違いないらしい。そして、この人はどうやら偉い立場にあるようだ。
ボスかどうかまではわからないけど、最上級学年だし、それなりの地位にいることは間違いない。
さて、うまく交渉できるかな?
「そうですね」
「覚えているなら話は早い。君にはこの派閥に入ってもらう。そして共にサリアをこの学園から追放するのだ」
「お断りします」
サリアを追放とか馬鹿げている。
そもそもサリアの入学は王様が直々に許可したものだ。それを否定するということは、王様を否定するということに他ならない。
まあ、その事情を知っているのは先生方だけだろうからこいつらが知らないのも無理はないけど。
「ははは、断れる立場だと思っているのかな? この杖、君のなんだろう? なんでも王様から下賜されたとか」
「そうですね、私の杖です」
「君が派閥に入るのならこの杖は返してやろう。入らないのなら、そうだな、俺が代わりに使ってやるよ」
フェリクス君が笑い声をあげると周囲の生徒達も併せて笑う。
うん、まあ、別にいいけどね? 別に杖がなくなったところで私の魔法に支障はない。便利ではあるけど、必ず欲しいものでもないし。
ただ持ってると魔術師っぽいから愛用していたにすぎない。
「それでも断るか? 杖、返して欲しいだろう?」
「お断りします」
「……聞き間違いか? 入らなければ杖は返さないと言ってるんだぞ?」
「サリアを裏切るくらいならば杖などいりません。それに、取り返そうと思えばいつでも取り返せますし」
彼らの実力はわからない。だが、一介の学生ならばそうそう強力な魔法を使えるわけでもないだろう。仮に使えたとしても私には防御魔法がある。それ以外でもやりようはいくらでもあるのだ。
フェリクス君は私の言い分が気に入らなかったのか眉間に皺を寄せた。
「平民風情が調子に乗るなよ。いつでも取り返せる? はっ、俺は中級魔法だって使えるんだぞ。お前なんぞ一瞬で殺せるんだ」
「では試してみますか? 尤も、殺す勇気もないでしょうけど」
「ッ!? 貴様ッ!」
掴みかかってこようとするのをひょいと下がって避ける。
周囲の空気がピリピリしてきた。
もっとまともな人だったら話し合いでもよかったんだけど、なんだかもう面倒になったので実力行使に出ることにする。
ちょいちょいと軽く挑発してやると簡単に乗ってきた。
さて、ご自慢の中級魔法とやらを見せてもらおうか?
感想ありがとうございます。