第百五十三話:派閥の様子
学園生活が始まって一か月ほどが過ぎた。
編入生補正がかかった騒ぎも次第に落ち着いていき、サリアや私に絡んでくる人も少なくなってきた。
それでも一部の生徒達は関係を保っている。シルヴィアさんやアーシェさんはその筆頭だ。他にも何人か友人と呼べるような仲になり、お昼休みには一緒に昼食を食べたり、放課後に校舎を案内してもらったりと色々世話を焼いてもらっている。
私も一緒に行動させてもらっているが、案外いい人ばかりだ。この分なら、仮にサリアの正体がばれたとしても良好な関係を築けるんじゃないか?
とはいえ、こちらからばらすのはやめておこう。それをするには流石に日が浅すぎる。もう少し仲良くなってからでも遅くはないだろう。
さて、サリアが学園に馴染めているのはいいことだが、一方で問題点もある。というのはもちろん、サリアの正体を知る一部の生徒達の反応だ。
あれから私の下に何人かそういう人達が現れた。皆一様にサリアの凶悪さをアピールし縁を切るように誘導してくる。
私はサリアのことを本当の意味で分かっているつもりなのでその選択肢はありえないが、その態度が気に入らないのか縁を切らないと酷い目に遭わせると脅迫してきたりすることもあった。
どうやら派閥のようなものが出来ているらしく、サリアのことを排除したい面々は私をその派閥に入れたいらしい。
そりゃ、現時点で一番仲良くしている私が裏切ればサリアに大ダメージを与えることにはなるだろうけど、何度も言うが私はサリアを裏切ることはない。
私を陥落させてからと思っているのか他の人にはまだ手を出していないようだけど、いつまで持つことやら。
露骨に嫌がらせをしてくるからちょっと面倒なんだよね。
例えば荷物を隠されたり、椅子に針を仕込まれたり、足をかけられたり。
まあ、この程度だったら子供のイタズラ程度で流せるんだけど、エスカレートして暴力沙汰にでもなったら困る。
でも、どうしようもないのも事実。あの人達、私の話聞かないからね。ほんとに困ったもんだ。
話を付けるならやはり派閥の長と対面しなければならないだろう。それが誰だかはわかっていないが、今までの行動を見る限りみんな取り巻きっぽいんだよね。
今のところ一番リーダーっぽいのはシュリさんだけど、彼女も恐らく違うだろう。というか、彼女なら真っ先にシルヴィアさん達にサリアの正体をばらしそうだ。
それが実行されてないってことは、それを止めてる人がいるってことだろうし、すなわち彼女はリーダーじゃない。
さて、どうやったらリーダーを引きずり出せるだろうか。直接リーダーに会わせてくださいって頼むのもいいけど、下手に癇癪を起こされても困る。できれば向こうから会いに来てほしい。
となると、やっぱり物で釣るしかない。
そう思って、今日は餌を持ってきた。
「おはようございます」
「おはよう!」
「おはようございます」
教室に入るとみんな挨拶を返してくれる。いつもなら軽く挨拶して終わりなのだが、今日は皆私にくぎ付けになっている。
理由は私が背負っている杖だ。
いつもは支給されている短いロッドを腰に差しているのだけど、今回持ってきたのは王様に下賜された杖だ。
私の身長以上ある杖はかなり目立つし、見ただけでいいものだとわかる。先生達だってこれほどの杖は持っていない。
「ハクさんおはようございます」
「ご機嫌よう、ハクさん」
「シルヴィアさん、アーシェさん、おはようございます」
「あの、その杖は一体?」
早速話しかけてきたシルヴィアさん達が杖のことについて聞いてくる。
この杖、学園に入学してからというもの目立つということもあってずっと【ストレージ】にしまっていたのだが、今回は奴らを釣るために持ってきた。
思っているようにうまくいくかどうかはわからない。ただ、私の弱みを握りたい彼らにとっては格好の餌になるはずだ。
「王様から賜ったものなのですが、ずっとしまっておくのももったいないのでたまにはと思って持ってきたんです」
「まあ、王様からですって? それはまた凄いものを……」
「これ、世界樹の杖では? 王国の中でも宮廷魔術師しか使えないとされている一品ですわ」
アーシェさんがキラキラした目で杖を見つめている。
これ、そんなにすごいものだったのか。確かに使いやすいとは思っていたけど、宮廷魔術師が使うような杖だというなら納得だ。
そんな貴重なものを私なんかに贈るのはどうかと思うけど。
「ちょ、ちょっと触らせていただいても?」
「ええ、構いませんよ」
背中から杖を抜くと机の上に置く。
アーシェさんがおっかなびっくりと言った感じでそっと触れ、ゆっくりと持ち上げた。
感動に打ち震えているのか、体は小刻みに震えている。私でも持てるくらい軽いはずだが、今にも取り落としそうで少し心配だ。
「こ、これが世界樹の杖の感触……ああ、学園に通っていてよかった!」
「わ、私にも触らせていただけませんこと?」
「どうぞどうぞ」
アーシェさんの様子に我慢できなくなったのか、シルヴィアさんも遠慮がちに触らせてほしいと言ってくる。
話を聞く限り貴重なものなんだろうけど、私にとってはちょっと便利な杖程度でしかない。触らせるくらいお安い御用だ。
それに、これだけ騒いでいれば彼らにもこの杖の情報は聞こえてくるだろう。
王様から下賜された貴重な杖。端から見たらとても大事なものに映るはずだ。
しばらく騒いでいたが、クラン先生が教室に入ってきたことでみんな席に戻っていった。
授業が始まり、先生の話に耳を傾ける。だが、多くの生徒はちらちらとこちらを見ているようだった。
その中には例の派閥の生徒もいる。やはり珍しいものだから気になるのだろう。
さて、勝負はお昼時でいいだろうか。うまく視線を誘導しないといけない。
『サリア、よろしくお願いしますね』
『おう、任せろ』
今回の作戦はサリアにも協力してもらうことになっている。と言っても、何も難しいことをさせようというわけではない。
ただ単にお昼の時に強引に私を連れ出して欲しいとお願いしただけだ。
私はその時に杖を偶然にも置き忘れてしまう。
さて、私の弱みを握れるものが偶然にも置き忘れられていたら彼らはどうするか? 当然利用してくるだろう。
弱みを手に入れられれば私に交渉をしようとしてくるはず。運が良ければその時に派閥のボスが出てくるかもしれない。
もちろん、出てこない可能性もあるけど、出てくるようになるべく貴重なものだと印象付けたつもりだ。
うまく釣れてくれればいいんだけど。
「昼休みだ! ハク、食堂に行くぞ!」
「あ、うん」
授業が終わり昼休みになる。
手筈通りサリアは私の手を掴み、強引に席を立たせてきた。
当然、杖は席に置きっぱなし。後はついでに動きやすいように何人か連れて行こうか。
「シルヴィアさん、アーシェさん、一緒に行きませんか?」
「え、ええ。それはいいのだけど……」
「杖が……」
サリアに手を引かれながら誘う。チラチラと私の席を見ているようだったが、誘いを断るわけにもいかない。
迷った挙句、二人は私についてきた。それにつられるように何人かの友達も席を立つ。
さて、どうなるかな?
感想ありがとうございます。