第百五十二話:勇者の歴史
魔法薬研究会に所属してからというもの毎日のように入り浸っているが、だからと言って別に勉強をおろそかにしているわけではない。授業はちゃんと聞いているし、ノートだってできる限りとっている。
つまり何が言いたいかと言えば、不意の小テストがあっても問題ないということだ。
何の告知もなしに始まった小テスト。クラン先生は事前に告知するし、そもそもテスト自体をそこまでやらないが、別の授業の先生はたまにやってくる。
クラスの間ではすでに恒例行事のようなものらしく、ある者は絶望したような表情をし、ある者は机に突っ伏して諦めムード。余裕がありそうなのはほんの一握りだ。
ちなみにサリアは余裕がない組に入る。小テストの存在を聞かされた時、ぽかんと口を開けていたからね。
一応、サリアの名誉のために言うならサリアは別に勉強嫌いというわけではない。授業は真面目に聞いているし、寮ではたまに私のノートを見ながら復習もしている。ただ、一気に知識を詰め込まれているせいか取り零してしまう知識が多いようだった。
特に今回は暗記が基本の歴史のテスト。小テストだからそこまでの範囲ではないとはいえ、ちゃんと授業を聞いていなければ答えるのは難しいだろう。
ちなみに今回出題されたのは魔王という存在についてだった。
今から約700年前、この世界は魔王に支配されていた。魔王は魔物や竜を率い、人間達を攻め滅ぼさんと各地を攻撃していた。圧倒的な力を持つ魔王の前に人間達は成す術なく蹂躙され、当時は数少なかった魔術師達も応戦したが、次第に数を減らしていった。
そんな中、魔王討伐のためにセフィリア聖教国が勇者召喚の儀を行った。異界より召喚された勇者は類稀なる力を発揮し、人間達を先導し、魔王を封印したとされている。
オルフェス王国はそれ以前にも存在していた別の魔王の脅威を退けるため魔法の教育に力を入れ、このオルフェス魔法学園を作ったという。当時、魔王を討つために力を合わせたいわゆる勇者パーティの一員の中にはそうして教育された魔術師もいたのだとか。
魔王が封印された後も生き残った竜やその子孫である竜人達は幾度となく魔王復活を試みたが、歴代の勇者達はそれを悉く阻止し、現在に至るまで魔王の復活は成っていない。
今の平和な世があるのは勇者とそれに協力した魔術師達のおかげである。
興味深いのは勇者召喚の儀によって異界より呼び出されたという勇者だ。初代の勇者はとくに有名らしく、名前が残っている。
ユウヤ・モチヅキ。
明らかに日本人の名前だ。教科書に載っている他の勇者の名前も大体はその名残が残っている。
勇者召喚の儀というのは地球の、しかも日本を対象にしていることが多いようだ。これは偶然なのか何なのかわからないけど、この世界と地球とが何らかの繋がりを持っていることは確かだろう。
私のような転生者がいるのも同じような理由なのかもしれない。
平和になった今は勇者召喚の儀自体はあまり行われていないようだけど、転生者を集めて保護しているとは聞く。
少し興味はあるが、面倒事の匂いがする。アリシアも保護される必要はないと言っていたし、あまり関わらない方がいいかもしれない。
テストは早々に終わり、その後は通常の授業へと移っていった。
思ったけど、この世界のテストって意外と難易度高い?
黒板はないから授業はすべて口頭で行われる。
前世では黒板に書かれることをノートに書き写して、重要そうな単語だけメモしてれば教科書と合わせてある程度の点は取れたような気がするけど、この世界ではノートを取るということ自体稀のようだ。
その分質問は多く飛び交っているけど、みんなそれをすべて暗記しているのだろうか。だとしたら凄いことだ。
私はこの体の記憶力がいいから何とかなっているけれど、以前ならば一週間もすれば忘れていそうだ。
すべての生徒が暗記しているわけではないだろうが、これで成り立っているのだからこの世界の子供達は結構頭がいいのだろう。
まあ、頭よくなかったら詠唱なんて覚えられないだろうしね。
魔物が闊歩するこの世界で魔法は身を守るための貴重な手段の一つだ。魔法を使えるかどうかで生死を左右される時もあるだろう。
覚えなければ生きていけない。日本人を英語圏の国で生活させたら嫌でも英語を覚えるみたいなものだろうか。
学園での勉強は非常に興味深い。この世界で産まれた身でも知らないことばかりだ。
本来なら通うことさえ叶わないような場所に通わせてもらえているのは幸運と言えるだろう。
この機会を逃すことなく、吸収できるものはすべて吸収していかなくてはね。
「はぁ、やってしまいましたわ……」
「まさか今日小テストが来るなんて、油断していましたわ……」
授業が終わると次の授業までの合間時間にシルヴィアさんとアーシェさんがやってきた。
どうやらテストの結果はあまり芳しくなかったらしい。がっくりと肩を落としている。
「ハクさんは大丈夫でしたの?」
「まあ、習った内容ですので」
「毎回そう言ってますわよね。どんな記憶力をしてるんですの?」
そこらへんは記憶力がいいとしか言いようがない。
今私が扱える魔法は軽く100を超える。つまり、そのすべての魔法陣を暗記することが出来ている。
まあ、系統によってある程度同じ形式だったりするからそこまで難しいというわけではないけれど、以前の私だったら絶対に覚えられない量だ。
子供特有の柔軟な頭の影響なのだろうか。だとしても、才能による部分が大きいかもしれない。
「でも、今回はまだ簡単な方だったぞ?」
唐突なテストに呆然としていたサリアだったが、この様子を見るとちゃんと答えられたようだ。
「まあ、確かに魔王の話は絵本でも取り上げられるほど有名な話ではありますが……」
「でも、正確な年代や具体的に何をしたかなんて覚えてませんわ」
魔王討伐の話は歴史の中でも結構有名な話らしく、世界平和をもたらした勇者の話は童話や絵本にも取り上げられているらしい。
まあ、勇者が魔王を倒すなんてありふれた話ではあるけど、凄い偉業には間違いないからね。
ちなみに史実では勇者は魔王と相打ちに近い形となり死亡したことになっているが、絵本では勇者は死なず、完全勝利したことになっているらしい。
まあ、子供向けの話だししょうがないと言えばしょうがないけど。
「まあ、このテストだけですべての成績が決まるわけでもないですし、あまり気負わない方がいいのでは?」
「甘いですわハクさん。こうした小さなテストの積み重ねが成績に響きますの。上のクラスに行くには一度のミスも許されませんわ」
「ハクさんはこの調子なら昇格確定でしょうし、このままでは別のクラスになってしまいますわ」
クラスにはそれぞれの能力に合わせてA~Fクラスが存在する。
これらは学年が上がる度に成績を精査され、能力の高い者は上のクラスへ、低い者は下のクラスへ移動する。
上のクラスに行けば行くほど授業の内容は充実したものになるし、卒業した後に就職する際には拍付けにもなる。
だからこそみんな頑張って上のクラスを目指そうとするのだ。
「出来ればハクさんとは卒業まで同じクラスでいたいですわ」
「姉様に同感ですわ。ハクさん、何か勉強のコツなどありまして?」
「コツかどうかはわかりませんが、ノートはとってますよ」
すべてを聞き取ることはできないから重要そうな部分だけメモしている。
見せてみると、シルヴィアさん達は目を丸くしていた。
「こ、これは……!」
「とってもわかりやすいですわ! なるほど、これが勉強の秘訣ですのね!」
二人は興奮した様子でノートを眺めていた。
ぜひとも貸して欲しいと言われたので快く了承する。
まあ、私もできることなら友達と一緒のクラスがいいからね。サリアの成績次第にはなるけど、次の学年もその次もシルヴィアさん達とは一緒のクラスでありたいものだ。
感想ありがとうございます。