第百五十一話:魔法薬の調合にはまる
結論として私は魔法が使えるし、しかもめっちゃ強力で規格外という話に落ち着いた。
そんな逸材がなぜCクラスに? とか飛び級だってあり得ますわとか色々言われたけど、サリアと一緒にいたいからと答えたら二人とも顔を赤くしてもじもじしていた。
その後、私とサリアは付き合っているだとか引きこもりのサリアを優しく諭して外に連れ出したとか私がサリアのために平民の身でありながら武功を立て、それを使ってサリアの入学を王様に認めさせただとかいろんな噂が流れるようになったけど、まあ、サリアの事を深く探られないのなら何でもいいだろう。
シルヴィアさんを始め、クラスの多くの人の目が微笑まし気なものに変わったのは少し気になるが、敵対されるよりよっぽどいい。あまり話しかけられなくなったのは少し残念だけど、別に避けられているというわけでもないし、むしろ優しくしてくれるしね。
さて、今日も魔法薬研究会に向かう時間がやってきた。
授業の方も色々ためになって楽しいが、私の最近の楽しみは魔法薬研究会に通い、新たな魔法薬を作ることだ。
もちろん、毎日毎日新しい薬が出来上がるわけではない。案はあっても素材がなければ完成はしないし、そもそも発想が間違っている時もある。地道な研究の積み重ねが魔法薬を生むのであり、ポンポンとできていたらそれはそれで楽しみがない。初日にできたのは偶然だ。
とはいえ、私の魔法薬調合スキルは結構なレベルらしい。ヴィクトール先輩が言うにはこれほどの速さで新薬を完成させる人は見たことがないという。
まあ、見たことがないと言っても他にはミスティアさんしかいないだろうからあまり参考にはならないだろうけど。
たとえ魔法薬が完成しなくても、それを作り出そうとする過程も楽しいものだ。懸念があるとすればサリアを暇にさせてしまうことだけど、最近ではサリアも調合に挑戦しているらしく、私の隣で見よう見まねでやっているのが微笑ましい。その調子で何かできるといいね。
「おっと、ハク君にサリア君。ちょうどよかった。少し留守番を頼まれてくれないか?」
いつものように研究室の扉を開くと、ちょうどヴィクトール先輩が出てくるところだった。その後ろにはミスティアさんの姿もある。
珍しい。いつもお茶飲んで微動だにしないのに。
「お出かけですか?」
「ああ。ミスティア君の頼みでダンジョンに素材を取りに行くところでね。遅くなるかもしれないから戸締りを頼みたい」
「それは構いませんが、ミスティアさんも一緒に行くんですか?」
ダンジョンに入るには冒険者のギルド証が必要だからヴィクトール先輩に頼むのは別におかしなことではないけど、ミスティアさんまで一緒に行く必要はあるのだろうか。
確かに、ミスティアさんが依頼者という形で採取の護衛という依頼ならついていってもおかしなことではないけど、ミスティアさんはまだ一年生だ。つまり、まだ魔法が満足に使えないはずで、端的に言えば足手纏いになる可能性がある。
そもそも、特定の素材を取ってくるというだけなら別に依頼者が一緒に行く必要はない。冒険者が判断して持ってくればいいだけのことなのだから。
訝しげに見ていると、ミスティアさんがくすりと笑った。
「こう見えてもー、私は強いよー?」
「その通り。彼女はすでに光魔法をマスターしている。実力で言うなら私より上だろう。むしろ、私が守られる立場にある。女性に守られるというのは男として恥ではあるが、これは変えようのない事実だからな。甘んじて受けるほかない」
……そういえば、以前サリアが変身薬を飲んだ時にさらりと隠蔽魔法をかけてくれていた気がする。
マスターしているというのがどの程度かはわからないが、ヴィクトール先輩より上ということは少なくともEランク以上の冒険者の実力があるということだろう。
正直、あんなおっとりとした人にそんな実力があるとは思えないのだが、ヴィクトール先輩は嘘は言わない。つまり事実なのだろう。
人は見かけによらないものだ。
「それでは、留守を頼む。帰宅のタイミングは任せるが、戸締りだけはしておいてくれたまえ」
そう言って部屋を出ていく。
二人がいないのは少し寂しいが、別に頻繁に話していたわけでもない。魔法薬の調合に集中できると考えれば別に悪いことでもないだろう。
二人を見送った後に研究室に入り、定位置となった椅子に腰かける。
さて、今日はどんなものを作ろうか。
素材箱を開きながら思案に暮れる。昨日やっていた調合の続きでもいいし、新たなことに挑戦してもいい。正直、選択肢が多すぎて広く浅く手を付けすぎている自覚はあるが、あれこれ試してみたいという欲は抑えられない。
結局、昨日の調合の続きをしようということになり、組み合わせやタイミングを変えながら色んなパターンを試していく作業へと入った。
一度没頭してしまえば時が経つのは早いもので、気が付いた時にはすでに日が暮れていた。
結局今日は魔法薬の完成とはいかなかったが、足がかりは掴めたような気がする。明日には完成させたいところだ。
休憩がてらしばらく待ってみたが、先輩達が帰ってくることはなかった。
少し心配ではあったが、ヴィクトール先輩はすでに何度もダンジョンに挑んでいるというし引き際はわきまえているだろう。
オーガ騒動で少しおかしくなっているとはいえ、あのダンジョンからオーガはすべて駆逐されたはず。私が入った時の様にとんでもないのが残ってる可能性は捨てきれないけど……いや、あんなのがそう何度もあってたまるか。
明日には戻ってくるだろうと考え、戸締りをして研究室を出る。
一抹の不安を抱えながら、寮へと戻っていった。
翌日、研究室を訪れるといつもの調子で二人は椅子に座っていた。
もしかしたら何かあったんじゃないかと不安だったが、杞憂に終わったらしい。
そのことに安堵しつつ、挨拶をする。さて、成果のほどはどうだったのだろうか?
「ヴィクトール先輩、お帰りなさい」
「うむ、ただいま。昨日は遅くなって済まない。道の先々で落盤が酷くてね。まだましになってきたとはいえ、挑むには少し早すぎたかもしれないな。もう少し慎重になるべきだった」
そういえば無理な拡張のせいで落盤が相次いでいたのだったな。もう収まったと思っていたけど、まだ続いていたのか。
あの後も結構な頻度で赴いていたけど、そこまで酷いとは思えなかったんだけどな。私達の運がよかったのか、先輩達の運が悪かったのか。
ともあれ、無事で何よりだ。
「お目当ての素材は手に入りましたか?」
「ああ。少々てこずったが、ミスティア君のおかげで無事に手に入れることが出来た。私一人では危なかっただろう、ミスティア君がいて助かった」
「手伝ってくれてー、ありがとねー」
「いやなに、会長として当然のことをしたまでの事。その素材を使い、新たなる魔法薬を完成させることが出来たなら、それが最大の報酬だ。これからも精進してくれたまえ」
にっこりと微笑むミスティアさん。ほんわかとした雰囲気になるが、ヴィクトール先輩の真面目な返答が空気を整える。
案外この二人は相性がいいのかもしれない。まあ、そうでなければ一緒の研究室になど入っていないだろうし、当然と言えば当然かもしれないが。
「ところで、何の素材を取ってきたんですか?」
「ダンジョンに生えているヒカリゴケを始めとした薬草類と光石を多数。ついでに魔物の素材も取れれば美味しかったが、そちらはあまり取れなかったな」
鞄から取り出される素材はいずれもダンジョン内でしか取れないものばかりだった。
ダンジョンと聞くと魔物の巣窟のように思えるけど、それだけじゃない。こうしたダンジョン特有の素材も立派な資源だ。
光石はともかく、それくらいの素材なら私はもう持ってるんだけど、まあ、別にいいか。こういうのも素材に使えるというのがわかっただけでもいいだろう。
その後、早速手に入れた素材を使った調合は中々にうまくいった。と言っても、出来たのは一定時間体を発光させることが出来るという代物でいつ使うんだというものだったが、魔法薬なんて大抵はそんなものばかりだ。
数ある中から使えるものを見つけ出すのも醍醐味の一つ。こうして調合して新しいものを作るというだけでも楽しいものだ。