第百五十話:マイナー研究室の評判
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
翌日、いつものように教室に入るとみんなが挨拶してくれる。それに返しつつ席に着くと、シルヴィアさんとアーシェさんが近寄ってきた。
「聞きましたわよ。本当に魔法薬研究会に入ったのだとか」
「まさか本当に入るとは思わなくてよ。今からでも変更した方がいいんじゃないかしら?」
二人は心配そうな顔で迫ってくるが、一体どういうことだろうか?
確かに魔法薬研究会はマイナーな研究会ではあるが、別に評判が悪いというわけではないはずだ。もしそうなら話を聞いた時に言っているはずだし、私の耳にも何かしらの情報が入ってきてもおかしくないと思うんだけど。
「私は気に入ってるんですけど、何かまずかったでしょうか?」
「いや、まずいってわけじゃないですけど……」
「マイナー研究会は潰れやすいんですわ。ただでさえ主要研究会の圧力があるのに会員がたった二人しかいない研究会がいつまで生き残れるか……」
まあ、確かにそれはあるだろう。本校舎に部屋を貰っている研究会は人数も多く、会費だって多い。研究発表会でも安定して勝ち残れる。対して、マイナー研究会は人数が少なく、それに比例して会費も少ない。また、研究発表会で目立った成績を残せなければそのまま潰れることもある。
ただでさえ様々な思考によって研究会が乱立されているのに、いちいち末端の研究室まで会費を用意するわけにはいかないからある程度のふるい分けは必要ではあるけど、そうやってマイナー研究会が消えていくのはちょっと悲しいな。
「それに出来れば一緒の研究会になりたかったですわ」
「魔法薬研究会の惨状を見れば考えも変わると思ってましたのに」
研究会に関してはこの二人に聞いたが、魔法薬研究会のことはあまりよくは言っていなかった。主に勧められたのは二人が入っている火属性魔法研究室であったが、サリアは闇属性が得意属性だし、入りづらいというのもあって敬遠していた。
まあ、最大の理由は私が魔法薬に興味があったからなんだけどね。もしそういうのがなかったらサリアが行きたい場所についていったと思うし。
というか、サリアだけだったら別に魔法薬研究会に入らなくてもいいと思うんだけど。私が行くからって理由で一緒に入ったけど、今からでも別の盛り上がってる研究会に行った方がいいんじゃないだろうか?
「私は魔法薬に興味がありますから。でも、サリアは他の研究会でもいいんだよ?」
「僕はハクと一緒がいい!」
「うーん、そっかぁ」
私のことを好いてくれるのは嬉しいけど、それでいいんだろうか。魔法薬なんてサリアにとってはなんのこっちゃだと思うんだけど。
事実、私が調合している間もただ見てるだけだったし。退屈ではないのだろうか?
「サリアさんは本当にハクさんがお好きなのね」
「おう、親友だぞ!」
「まあまあ。その関係が羨ましいですわ」
人前だというのに子供のようにべったりと抱き着いてくるサリア。
うん、私も親友だと思ってるけど、恥ずかしいからあんまり言いふらすのは止めてね。
やんわりと引き離そうとするがなかなか離れてくれない。多少鍛えたとは言っても素の力はそんなにないから普通に負けてる。
身体強化魔法を使えば行けるだろうけどそこまでして引き離すのも可哀そうだし。
結局、私はされるがままに抱き着かれることになった。
「そういえば、二人はどうやって知り合ったんですの?」
「確かに気になりますわ。貴族と平民というだけでも珍しい組み合わせですのに」
二人して首を傾げているが、雰囲気が異なるせいか若干受ける印象が異なる。
シルヴィアさんは単純にわからないことを質問している風で、アーシェさんは好奇心から聞いているように見える。
さて、どう答えたものだろうか。私とサリアの出会いについてはあまり口外できるような内容ではない。
なにせサリアにぬいぐるみにされて連れ去られたという出会いだからね。サリアの能力について触れてしまうし、それはあまり話したくない。
「偶然、街を歩いてた時に出会ったんですよ」
「街で? でも、サリアさんは外に出ない生活をしていたんじゃなかったかしら?」
「まったく出ないというわけではありませんから。ね、サリア?」
「え? お、おう、そうだったような気がする」
とっさについた言い訳だったが、少し無理がある。だが、可能性がないわけではないだろう。
サリアに同意を求めたら困惑しながらも頷いてくれた。
当人が言っているのだから多少は信憑性を持ったのだろう。最終的にはそんなものかと納得してくれたようだ。
「偶然街で出会って、それからどうしたんですの?」
「えっと……サリアが私のことを気に入ってくれてその後もちょくちょく会うようになったんです」
「ふーん? なかなかの奇跡ですわね」
アーシェさんはまだ疑っているのか胡乱げな目をしている。
確かに、滅多に外に出ない令嬢が偶然街に出た時に出会った平民のことを気に入り、友人関係を築くなんてほぼないだろう。
異性だというなら整った容姿であれば一目惚れした、などという理由もできるが、同性であるし、サリアの私への心酔は尋常ではない。
誰が見ても何か特別なことがあったんだと思うだろう。
「仲良くなってからはダンジョンとかにもよく行ってたな」
「まあ、ダンジョンに? でもあそこは冒険者でなければ入れないはずでは?」
「僕もハクも冒険者だぞ」
「え、そうなんですの?」
「ハクさんはともかく、サリアさんまで冒険者なのは意外ですわ」
貴族にとって冒険者は面倒事を片付けてくれる便利屋のような存在だ。だが、礼儀作法などの教養はなく、荒くれ者も多いことから敬遠している人もいる。
ただ、家を継ぐまでに戦闘経験を得るためだったり、ダンジョンなどの冒険者しか利用できない施設を使うために冒険者の資格を取る貴族の子供は割といる。ヴィクトール先輩も冒険者の資格を持っているらしいし。
だから、生徒でも冒険者というだけで何か言われるということはない。親の影響を受けて毛嫌いしている人はいるかもだけど。
引きこもり設定のサリアが冒険者の資格を持っているというのはちょっと不自然だけど、まあ事実だし。
「でも、大丈夫ですの? ダンジョンは恐ろしい魔物がいると聞きますが」
「まだ魔法を満足に使えない私達では襲われたらひとたまりもありませんわ」
「大丈夫、僕は魔法使えるし、ハクだってめっちゃ使えるぞ」
「まあ……そういえば噂がありましたわね」
オルフェス魔法学園では一年時ではまだ魔法の実践練習はない。まず行われるのは詠唱句の練習や魔法の基礎の勉強であり、本格的な魔法の訓練は二年生以上からとなる。だから、別枠で勉強でもしてない限り一年生に魔法が使える生徒はほぼいない。
二人は火属性に適性があるようだが、初級魔法のボール系ですら使えないようだった。
そう考えると、王子って凄かったんだね。同じ11歳なのにギガントゴーレム相手にボール系とはいえバンバン魔法撃ってたし。
「噂?」
「ええ。入学テストの時に試験場の壁を破壊したって言う噂。まあ、流石に誇張だとは思いますけど、お二人がすでに魔法を使えるというのは事実でしょう」
そんな噂が立ってたのか。
確かにあの時は校庭に他の生徒もいたし、あの時の先生の誰かが喋って情報が洩れてもおかしくはないだろう。
「実際どれくらい魔法を使えますの?」
「僕は的を粉々にして、ハクは壁まで粉砕したぞ!」
「……待って、え、本当に? 本当に壁を破壊したんですの?」
「まあ、一応」
「嘘……あの壁は先生方ですら破壊困難なものですのに……」
二人とも顔を見合わせて絶句している。どうやらあの壁は予想以上に硬いものだったらしい。
まだ本気じゃなかったんだけどな。やろうと思えば粉砕もできる気がする。竜人状態になればなおのこと楽だろう。あの状態になると魔力の制御がやりやすいんだよね。
呆然とする二人を前に暢気にそんなことを考えていた。