第百四十九話:変身薬
「おお、出来たのか―?」
「うん、多分ね」
私は零さないように慎重に魔法薬を小瓶に移していく。
見る角度によって七色に変化する液体は神秘的ではあるが、ちょっと気持ち悪い。
効果的には飲むものだし、ちょっと色味を考えたいところだけど、こればっかりはしょうがないだろう。魔法の属性が反映されるのは仕方のないことだ。
「何、もう出来上がったのかハク君?」
一人で黙々と何やら作業していたヴィクトール先輩が反応した。
この人は結構真面目というか、研究者気質なところがある気がする。私も似たようなものだから意見は合いそうだけど、あんまり慣れ合うのは好きじゃなさそうだよね。いや、でも正義感は強そうだし仲間としてなら色々話してくれそうな気もする。まあ、それは今後わかることか。
ちなみにミスティアさんは相変わらずお茶飲んでる。もしかしてだけど、いつもこんな調子なんだろうか? 全然活動してないように見えるけど。
「はい、これです」
「ふむ。七色の燐光……もしや、変身薬かな?」
「え? あ、はい、そうです」
ズバリ言い当てられ、少したじろいでしまった。
そう、私が作っていたのは変身薬。飲むことによって自分の姿を一定時間別の姿へと変化させる薬だ。光魔法の一種で、系統的には隠密魔法に近い。
私が使ったのは七色草という薬草で、傷の回復や解毒作用、スタミナ回復など様々な効果を持つ代わりに効果が薄い、というちょっと使いづらい効果を持ったものを使った。普通に使うとどの効果が発動するかわからず、調合に使う場合は万能薬の材料になる以外は使い道がない。ただ、姿を変化させる変身薬とは相性がいいと思ったのだ。
なぜこんなものを作ったのかと言えば、やはり魔法薬というからには変わったものを作りたいと思ったからだ。
ただ単に攻撃魔法を撃ちこんだとしても出来上がるのは燃える水や凍る水と言った確かに凄いけどそこまで、ってものになるだろう。だから、魔法薬でしか再現できないようなものを作りたかったのだ。
実際に変身魔法を使ったことはないけれど、やり方はわかっている。変身って結構ロマンある魔法だからね、魔力消費がきつくて使っていなかったけど。あ、でも今なら魔力も増えてるし普通に使えるかも? 後で試してみようかな。
それにしても、なぜわかったのだろうか? 【鑑定】でも使えない限り、見ただけで効果がわかるとは思えないのだけど。
「やはりな。以前ミスティア君が作った魔法薬と酷似していたのでな。そうじゃないかと思ったんだ」
「えっと、ミスティアさんが作った魔法薬ですか?」
「ああ。彼女のセンスは素晴らしい。私のような頭の固い人間と違っていつも斬新な魔法薬を開発する。まだ一年生だというのにかなり期待が持てる逸材だ。彼女がいる限り、魔法薬研究会は安泰だろう」
ほうほう、今もお茶飲んでまったりしてるこの人がねぇ。あれかな、いつもは本気出さないけどいざという時に凄く頼りになるって奴かな。
ちらりと窺ってみると、ニコリと微笑まれた。
優しい笑みだけど、なんだか底が知れない恐怖のようなものを感じたような気がする。
「それにしても、君もそういう発想ができるのか。今年の一年は優秀者揃いだな。私もうかうかしていられない。新たなる魔法薬の研究を急がねば」
そう言ってヴィクトール先輩は再びすり鉢に目を落とした。
変身薬なんて相当マイナーなものだと思っていたけど、まさかもう先人がいるとは思わなかった。
先を越されて悔しいとは思わない。むしろ私と同じような考えの人がいることにちょっと親近感を抱いた。
よし、この調子でいろんな魔法薬を試していこう。ポーション作りの時もそうだったけど、やはり新たなものを作り出すというのは楽しい。
でもその前に、効果のほどを試しておいた方がいいか。
私は作ったばかりの変身薬の小瓶の蓋を外す。さて、何になってみようか。
「…………」
思案していると、ふと視線を感じた。
隣を見てみると、そこには物欲しげな目でじっとこちらを見つめてくるサリアの姿があった。
「えっと、欲しいの?」
「うん!」
「そっかぁ」
物欲しげな目線でそうかなぁとは思ったけど、こんなものが欲しいのか。
まあ、念じればどんな姿にだってなれるからね、憧れの自分にだってなれるわけだから欲しい人には欲しいものだろう。
絶対に私が使って試さなくてはならないというわけではないし、欲しいというなら上げてもいいかな。
零れないようにそっと小瓶を渡すと、サリアは嬉しそうに受け取り、一息にその中身を飲み干した。
「ど、どうかな?」
【鑑定】にもちゃんと効果が表示されていたし、効果は折り紙付きだとは思っているけど、やはり新薬を友達で試すのはちょっと心配になる。
身体が熱を持っているのか、上気した頬で荒い呼吸を繰り返すサリアの身体は次第に縮んでいき、やがて私と同じくらいの背になった。桜色の髪は次第にその色を失っていき、輝くような銀髪に。顔も丸くなっていき、幼さの残る顔立ちへと変化していった。
やがて変化が収まると、そこには小さくなってぶかぶかになった服に巻かれる一人の女の子が立っていた。
この姿ってもしかして……。
「それ、もしかして私?」
「ん……あー、おお? おお、ちゃんと声も変わってる!」
体をペタペタと触って確認しているその姿は私と瓜二つだった。違う点があるとすれば、表情豊かなことだろう。今も物珍し気に目を細めながら体のあちこちを触っている。
私ってあんな表情もできるんだ。当の私は表情筋が死んでいるせいかほとんど無表情がデフォだというのに。
「どうだ、ハク! 御揃いだぞ!」
小さくなったせいでダボッとしている服を押さえながら自信満々に言われてもちょっと反応に困る。
というかなんで私? 他にも色々あったでしょうに。
「ちゃんと効果が発動してくれてるのは嬉しいけど、なんで私?」
「ハクが好きだから!」
おおう、私の顔でそんな直球なこと言わないで欲しい。自分の顔とは言え、表情豊かなその姿はまるで別人のような気がする。
アリシアにも言われたけど、私は顔立ちだけなら可愛い方だ。そこに無表情というマイナス補正がかかっているせいで普通どまりになっているけど、その枷が外れてしまえば確かにこれは可愛い。
思わず見惚れてしまった私は悪くないと思う。すでになくなっている男性としての象徴が反応してしまいそうだ。
「これ、どれくらいで戻るんだ?」
「うーん、三時間くらいかな」
効果時間についてはもう少し素材を考えれば伸ばせそうな気はするけど、そこまで手を加える必要はないだろう。言ってしまえば面白グッズみたいな感じだし。
とはいえ、三時間もそんな格好はきついだろう。着替えた方がいいよね。
「ヴィクトール先輩。サリアがこんな感じなので今日は帰りますね」
「わかった。だがその格好では目立つだろう。ミスティア君、隠蔽魔法をかけてあげなさい」
「はーい」
そう言ってミスティアさんが詠唱をすると、着崩れていた服がきちんとサイズが合ったもののように見えるようになった。
もちろん、実際にはぶかぶかのままだが、これなら寮に帰るまでに変な目で見られることもないだろう。同じ顔というのは問題かもしれないが、表情豊かなサリアならそこまで疑われることもないと思う。
「ありがとうございます、ミスティアさん」
「いえいえー。気を付けてねー」
「失礼します」
その後、特に何事もなく寮に辿り着くことが出来た。
私と同じ姿になってはしゃいだサリアがテンション高く動き回っていたけど、なんだか妹ができたようで私も楽しかった。
また機会があれば変身薬作ってもいいかもね。